表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
一章
9/200

【009】すれ違い


 一


「……カバネ様、メイプル様、マリー様。このB・ブレイカー・ブラックバレット、召喚に応じ、参上致しました」


 B・ブレイカー・ブラックバレットはその場に跪いて、そう言った。


「顔を上げてくれ、B・ブレイカー。少しだけ話を聞きたいだけなんだ」

「わ、私の話……、ですか」


 鹿羽の真剣な眼差しがB・ブレイカー・ブラックバレットを捉えた。


「……っ」


 B・ブレイカー・ブラックバレットは動揺した様子で、一瞬だけ鹿羽から顔を逸らした。


「……? B・ブレイカー。大丈夫か?」

「は、はい。申し訳ございません。私は大丈夫です」


 B・ブレイカー・ブラックバレットは気を取り直した様子でそう言った。


(玉座に君臨するカバネ様、か……)


 B・ブレイカー・ブラックバレットは、自分の心臓が早く、そして大きく動いていることに気が付いていた。


(――――不味い……っ。 恥ずかしくてカバネ様の顔が見れない……っ!)


 B・ブレイカー・ブラックバレットは極めて緊張していた。


 B・ブレイカー・ブラックバレットは鹿羽に思いを寄せていた為に、恥ずかしくて鹿羽の顔を見ることが出来ないでいた。


(急に呼び出され、通常の装備で来てしまったが、問題なかっただろうか? カバネ様だけでなく、メイプル様、マリー様が居るこの状況では、やはり礼服といった格式の高い装備を身に着けた方が良かったような気もするな……。いや、今更それを考えても致し方ない。そもそもL・ラバーもL・ラバーだ。何故もっと早く連絡を寄こさないのか。丁度座学に取り組んでいたからよかったものの、訓練中だったら汗臭くなっていたではないか。――――今日はまだ訓練していないから、臭いは大丈夫な筈……。いや、でも少し心配だな……)


 とりとめのない思考がB・ブレイカー・ブラックバレットの頭の中を支配していた。

 B・ブレイカー・ブラックバレットは自分自身が緊張に弱いタイプではないと自覚していたが、好きな人と会話を交わすという状況に、少しだけ思考回路がおかしくなっていた。


(しかし、今回は一体どのような用事で私を呼んでくれたのだろうか。殲滅して欲しい相手がいるならば、直接会わずとも命令を下せば終わりの筈。つまり何かしらの事情で、私自身と直接会った方が都合が良いということだろう。――――カバネ様が私と話をしたいということも可能性としてはあるかもしれない。あくまで可能性の話だが……)


 B・ブレイカー・ブラックバレットは何とか心を落ち着かせると、鹿羽に顔を向けた。


「――――単刀直入に訊こう。B・ブレイカー、君は……、味方か?」

「わ、私は御方々の味方ですが……。もしかして、それは踏み込んだ意味での……、カバネ様の“味方”、ということでしょうか?」

「……? 踏み込んだ意味……? どういう意味だ……?」

「そ、それは……、私から申し上げるのは……」


(も、もしかして間違えたか!? でも私が御方々に尽くす兵士であることは自明のこと……。わざわざ味方って表現するって言うことは、比喩的で特別な意味があるということではないのか!?)


 鹿羽には、B・ブレイカー・ブラックバレットの言っていることが理解出来なかった。

 心なしか、B・ブレイカー・ブラックバレットの顔は赤かった。

 B・ブレイカー・ブラックバレットの言わんとしていることが理解出来ず、鹿羽はただ、怪訝な表情を浮かべることしか出来なかった。


(比喩的で特別な意味……。た、たとえば……、こ、恋人とか……)


 そして、耐えきれなくなったように、麻理亜は笑い出した。


「ふ、ふふ」

「ま、麻理亜……?」

「ご、ごめんね……っ。ふふ。あまりにも、おっかしくって……。ダメ、お腹痛い……」

「楓は分かるか?」

「鹿羽殿には酷であろうが……、我は分かってしまったぞ」

「教えてくれ」

「……女神の勘、とだけ言っておこうか」

「どういうことだよ……」


 鹿羽は吐き捨てるようにそう言った。


「はい! バレットちゃんは真っ白だねー。久しぶりに純粋な感情を垣間見ることができて楽しかったわ。バレットちゃん、もう帰って大丈夫だよ?」

「あの、私。もしかしてとんでもない勘違いを……?」

「いーのいーの! バレットちゃんが最高に可愛い子って分かったからねー」

「麻理亜。それはどういう意味なんだ? 教えてくれ」

「だーめ。分からない鹿羽君が鈍感なの」

「か、楓……」

「我が語ることは何もない」


 鹿羽は、最後まで皆が言っていることが理解出来なかった。


 二


 NPCが味方か否かの確認を終えた鹿羽達は、再び作戦会議を行った大部屋に移動していた。


「まー、みんな好意的な反応で良かったね。私達三人に加えて、八人も協力してくれるなら怖いものなんて何も無いんじゃない?」

「計十一人なんて限界集落の住民にすら届かないだろ……。楽観視し過ぎじゃないか?」

「もー。ネガティブなことばかり考えたってつまんないよー? 今を楽しまなくちゃ」


 NPCが誰一人敵対的ではなかったという結果を得られたことによって、楓と麻理亜は晴れやかな表情を浮かべていた。

 一方で、鹿羽はまだ懸念していることがあるのか、その表情は優れなかった。


「とりあえず、ギルド拠点内部の問題は一先ず大丈夫だろう。後は……、外、だな」

「拠点の外、であるか?」

「そうだ。ゲームと同じ世界なら、それはそれで良い。でも調査して確かめる必要はある。拠点で大人しくしている間、未知の勢力が着々と侵略の準備を進めてたらどうにもならない」


 あくまで未知の勢力がいる、という仮定の話になるが、と。

 鹿羽は心の中で付け加えた。


 しかしながら、見当違いな懸念ではないと鹿羽は思っていた。

 見知らぬ勢力がいきなり国のど真ん中に現れて、好意的に迎えてくれる国は恐らく存在しなかった。

 無論、博愛主義者を含めた個人ともなれば話は別だろうが、真っ当な感性や本能を備えていれば、未知のものに対して良い感情を抱くことは無いだろう、と。


 未知なものは恐ろしい。

 恐ろしいものは視界から排除したい。

 排除される側からすればたまったものではないが、鹿羽には排除する側の気持ちは共感出来るものだった。


 いきなりこの世界にやって来た自分達が排斥され、疎まれる可能性があることを鹿羽は理解していた。

 そして、それが自然の摂理に近いことも理解出来ていた。


「私も賛成かなー。未知の勢力が一日二日で私達に害なすとは考えにくいけどー、情報は幾らあっても困らないからねー。この未知で不可解で意味の分からない、そんな素敵な世界での身の振り方とか、きちんと考えなきゃ」

「……何か悪いことでも考えてるのか?」

「鹿羽君たら酷ーい。乙女の笑顔をそんな風に捉えるだなんてー」


 鹿羽の言葉に、麻理亜は不満そうな声を上げた。


「――――それで、だ。NPCを数人連れて、調査に行きたい。いいか?」

「おお、調査隊の派遣であるか。腕が鳴るな」

「いや、行くのは俺とNPCだ。麻理亜と楓は残って欲しい」


「どうしてそうなるの?」


 麻理亜は笑顔のまま、やけに通る声で言った。


「……危ない場所に二人を連れていけない」

「理屈は分かるけど、そうだったら鹿羽君も行って良いことにはならないよね? 鹿羽君は男の子だからカッコイイこと言いたいのかもしれないけどさ、正直鹿羽君が良くて私達が駄目な理由が分からないわ。それなら切り捨てる覚悟でNPCを行かせた方がずっと良いと思うの」


 まくし立てるように、麻理亜は早口で言った。

 対する鹿羽は、怯むことなく主張を続けた。


「NPCが従順で、俺達に好意的なのも理解している。でも俺はまだNPCを信頼している訳じゃない。もしかしたらNPCの常識が俺達とは全然違ってて、独断専行で要らないトラブルを招く可能性だってある。なら、俺達三人のいずれかが指示役として同行した方が良いと俺は思う」

「なら三人で行けば良いよね?」

「だから危険な場所に二人を連れていきたくないって言ってるだろ」


 鹿羽は少し苛立った様子でそう言った。


 鹿羽から見て、麻理亜はとても賢い人間だった。

 だからこそ、麻理亜が鹿羽の言っていることを理解しているのにもかかわらず、その上で譲らないことに、鹿羽は何とも言えない寂しさのようなものを感じていた。


「じゃあ、あんまり言いたくなかったんだけど言うね。“私”にとって私と楓ちゃんがここに残るメリットは無いわ」

「……どうしてだ」

「じゃあ外がみんな死んじゃうくらい危険だとするよね。それで鹿羽君は死んじゃうの。この時点で私は受け入れられない。絶対ぜーったい拒絶するわ」


 尚更だ、と。

 鹿羽はそう思った。


「それは我が儘だ。理解しているんだろ麻理亜」

「うん、鹿羽君の言いたいことは全部分かってるよ? でも、外がどんなに危険でも、私がいたら、みんな生き残る可能性が高くなるわ。だって私、こう見えて頭良いもん」


 麻理亜は自分の胸に手を当てて、誇らしげにそう言った。


 麻理亜の頭が良いのは、鹿羽にとっても否定しようのない事実だった。

 もし窮地に追い詰められたとしても、麻理亜の機転によって難を逃れる可能性は十分にあった。


 しかしながら、鹿羽はその“かもしれない”の為に、二人を余計なリスクに晒したくはなかった。


「麻理亜が死ぬ可能性が出てくる」

「受け入れるわ。私がありとあらゆる手を尽くして、それでも届かないなら、最初から道は潰えてる。この未知で不可解で意味の分からない、そんな素敵な世界で生きていくことは最初からありえないことだったんだよ」

「俺がくたばっても二人が生き残る可能性が残る。俺の気持ちは分かるんだろ麻理亜」

「なら私の気持ちも分かるよね?」


 鹿羽は麻理亜を睨みつけ、麻理亜はただ鹿羽を見据えた。

 そこに憎しみや“わだかまり”は無かった。

 互いに尊敬、尊重し合い、大切に思っているからこその対立だった。


 そして。


「ば、ば、ば、馬鹿者――――――!!!!!!」


 そして、鹿羽でも麻理亜でもない、楓の怒りが爆発した。


「か、楓……?」

「何が気持ちが分かるだ鹿羽殿! 馬鹿! アホ! 鈍感! 女たらし!」

「いや、ちょっと待て。ていうか女たらしって何だよ」

「麻理亜殿も同罪である! 麻理亜殿は極端過ぎるのだ!」

「やん。褒められちゃった」


 楓の怒りが鹿羽と麻理亜、両者に炸裂した。

 普段は大人しい楓の強い主張に、鹿羽はただただ困惑するしかなかった。


「確かに二人の言う通り、外は想像を絶するディストピアかもしれぬ! 鹿羽殿の見栄っ張りな気持ちも、麻理亜殿の我が儘な気持ちも理解出来る! しかしだ! 二人が感情のままに言い争うのが間違っていることぐらい、我にも分かる! 一旦落ち着くのだ!」

「私は冷静だけどね」

「麻理亜殿!」

「ごめんなさーい」


 麻理亜は反省するような素振りを見せずに、語尾を伸ばしてそう言った。


 珍しく自分の意見をストレートにぶつけた楓に対し、鹿羽は驚きを隠せなかった。

 そして、真っ当な意見だとも思った。


「しかし、だ。楓、代案とかあるのか?」

「馬鹿な我にある訳なかろう!? 鹿羽殿は馬鹿か!?」

「馬鹿はお前だよ……」


一瞬でも楓に期待した鹿羽は、とりあえず後悔した。


「と! に! か! く! 異なった意見をぶつけ合っても平行線を辿るのは目に見えていよう! 互いの気持ちを真に理解し合い、時に譲歩することが必要なのだ!」

「やっぱり楓ちゃんがいてくれて良かった。私と鹿羽君も現実主義者だから、どうしても意見がぶつかっちゃう時があるのよねー」


 気楽そうな口調で麻理亜はボヤいた。

 鹿羽は顔をしかめながらも、麻理亜を見据えて口を開いた。


「……麻理亜。君の絶対に譲れない点はどれだ?」

「無いよ?」

「楓の意見ガン無視じゃねえか……」

「逆に鹿羽君が譲れない点はどれ? 何となく分かるけど、一応ね」

「俺は二人が傷付くのだけは許容できない」

「うん、分かった。でも私も楓ちゃんも被虐趣味がある訳じゃないから、結局無用な心配よね?」


 麻理亜は優しい口調ながらも、断言するようにそう言った。


 鹿羽から見て、麻理亜はコミュニケーション能力に長けていた。

 それは、相手に譲ることが出来るからだった。

 譲って良いことと譲れないところの境界線を明確に理解しているからこそ、更に言えば、他人に譲って良いと思っているところが多いから、コミュニケーションが円滑に進めることが出来ていた。


 しかしながら、麻理亜は決して他人本位の人間ではなかった。

 譲れないところが少ないからと言って、譲れないところを譲る弱さは、麻理亜という少女には存在しなかった。

 譲れないところは、絶対に譲れない。

 否、譲らない。

 それを、鹿羽は知っていた。


「……分かった、分かったよ。過剰な心配だった。悲観主義の現実主義者で悪かった」

「はい。それで良いのです。これがきっとベストだからね」


 そして、自分が譲るであろうということを確信していた麻理亜に、鹿羽は若干の恨めしい感情を抱いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ