【089】覇に至る道③
一
「――――残るは、あと二人」
ローグデリカは淡々とそう言うと、S・サバイバー・シルヴェスターへと視線を移した。
「――――っ」
「今度は楽しませてくれそうか?」
「拙者は負けぬ。それだけでござる」
S・サバイバー・シルヴェスターは真剣な表情でそう言うと、静かに剣を構えた。
「はっ! よく言うな。何も出来ずに死んだくせに」
「……」
「実力差が分からぬというのなら、もう一度殺してやる。――――――――迅雷」
「――――迅雷」
ローグデリカは一瞬で距離を詰めると、剣が交錯した。
二
かつて鹿羽達がプレイしていたゲームには、他の“RPG/ロールプレイングゲーム”と同様にステータスという概念が存在した。
体力――いわゆる“HP/ヒットポイント”は一部を除いて同じ数値で固定されていた為に、それがステータス上で取り扱われることはなかったが、物理攻撃力(筋力)、物理耐性、“MP/マジックポイント”(魔力)、魔法耐性、敏捷性(速さ)の五つが、鹿羽達がプレイしていたゲームの主な要素として存在していた。
無論、どのステータスもゲーム上において無視出来るものは一つもなかったが、“敏捷性”は特にプレイヤー同士の対戦において重要視されていた。
それは何故か。
足が速ければ攻撃が当たらなくて済む。
攻撃が当たらなければ、負けない。
負けないということは、それは対戦において勝利と同義だった。
たとえ他のステータスを犠牲にして、更には高いプレイヤースキルが要求されたとしても、“敏捷性”は攻撃が当たるかどうかを決定付ける大きな要素として重視されていた。
「打つ手無しとはこのことだな。S・サバイバー・シルヴェスター」
「……っ」
S・サバイバー・シルヴェスターはチーム戦やモンスター相手を想定した、いわゆる“タンク”と呼ばれる、敵からの攻撃を一心に引き受ける役割を得意としたNPCだった。
その場から動かずに戦闘を継続することが求められていたS・サバイバー・シルヴェスターにとって“敏捷性”とは無用な能力であり、事実S・サバイバー・シルヴェスターは“敏捷性”を一切犠牲にすることによって優れた防御力を会得していた。
しかしながら、たとえどんなに優れた防御力を持っていたとしても、攻撃され続ければいつかはやられてしまった。
“敏捷性”の欠如が、現在のS・サバイバー・シルヴェスターに致命的な相性の悪さをもたらしていたのは否定しようがない事実だった。
ローグデリカの苛烈な攻撃を前に、S・サバイバー・シルヴェスターは為す術も無く圧倒されていた。
「むん!」
「遅い」
「ぬ……っ」
隙を晒すことを覚悟で斬撃を繰り出したS・サバイバー・シルヴェスターだったが、攻撃が命中しないばかりか、ローグデリカから強烈な蹴りを食らう羽目となっていた。
そして次々とローグデリカは追撃を加え、S・サバイバー・シルヴェスターの身体は傷だらけになっていった。
ローグデリカは間髪入れずに攻撃を続けながら、一瞬だけ視線を少年の方に向けた。
(――――鹿羽は何故手を出さない? 攻撃することによって仲間を巻き込むことを恐れているのか、私の戦い方を見極めようとしているのか、或いはそもそも怖気づいて動けないのか……)
ローグデリカは目の前のS・サバイバー・シルヴェスターに集中しながらも、決して周りの警戒を怠っていなかった。
何処から不意打ちを仕掛けられても対応出来るように、ローグデリカは常に余裕をもって戦いに臨んでいた。
そんなローグデリカからすれば、空中で消極的な立ち回りを続けている少年の行動が少し不可解だった。
ローグデリカが警戒しているとはいえ、少年からすれば絶対に攻撃した方が良い筈なのだから。
全員で一気に攻撃を仕掛けられた方が厄介だと考えていたローグデリカは、一対一の状況を許容している少年の真意を推し量ることが出来ないでいた。
(何を企んでいるにせよ、一人ずつ葬るまでだ)
むしろありがたいことだと、と。
ローグデリカは心の中でそう笑った。
「情けないな。なぶられるのが趣味か?」
「……っ」
「――――なお屈しないか。良いだろう。蘇生が困難なほどに滅してやる」
瞬間、“闘気”ともいうべき衝撃波がS・サバイバー・シルヴェスターの肉体を貫いた。
それ自体に威力は殆ど無かったが、S・サバイバー・シルヴェスターの体勢を崩すには十分だった。
そして、ローグデリカが致命的な一撃を繰り出すには十分だった。
(――――ふん。どいつもこいつも見込み違いだったな)
ローグデリカはS・サバイバー・シルヴェスター達のぬるい戦い方に呆れながらも、握り締めた長剣に力を込めた。
瞬間。
「G・ゲーマー! 今だ!」
瞬間、少年の声が響き渡った。
(なんだと……っ)
G・ゲーマー・グローリーグラディスはふらつきながらも、鋭い視線をローグデリカに向けていた。
そして、S・サバイバー・シルヴェスターも体勢など崩していなかった。
「貴様……っ! 演技だったということか……っ」
「演技などという“おごり”は一切無いでござる。――――お主ほどの戦士だからこそ」
S・サバイバー・シルヴェスターは、僅かに隙を晒したローグデリカの腕を掴んだ。
「離せ!」
「離しはせぬ! グローリーグラディス! 拙者ごと焼き尽くすのだ!」
S・サバイバー・シルヴェスターは叫んだ。
「――――言われなくてもそうします……っ! 死んでも離さないで下さいねS・サバイバー・シルヴェスター……っ!」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは吐き捨てるようにそう言った。
「――――<深淵の呪縛/エブリシングルデバフス>」
そしてG・ゲーマー・グローリーグラディスは、あらゆるバッドステータスを付与させる最高位の魔法を唱えた。
しかしながら、G・ゲーマー・グローリーグラディスはそれをローグデリカに使用するのではなく、あろうことか自分自身に使用した。
(自滅……? いや、違う……っ。まさか――――)
ローグデリカは、G・ゲーマー・グローリーグラディスが一体何を企んでいるのかを理解した。
「良い顔ですね……っ。流石にこの魔法は誰であろうと耐えられませんよ……っ?」
「く……っ! 離せ!」
「ふふ……っ! ははは……っ!」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは笑い声を上げた。
そして、空を覆い尽くすように魔法陣が広がった。
「終わりです。――――――――<呪禁の妖星/デバフチャージ>」
最強の魔法の一つが発動した。
禍々しい光の球が幾つも出現し、ローグデリカとS・サバイバー・シルヴェスターを覆うように膨らんでいった。
やがて禍々しい光の球は耐え切れなくなったように破裂すると、想像を絶する熱量が解き放たれた。
「――――っ!」
瞬間、爆発が起きた。
音が消失した。
光が、見る者全員の視界を塗り潰した。
空に点在していた雲は掻き消え、ただ何も無い青空が広がっていった。
かつて文明が存在していた筈の遺跡群は、ただ剥き出しの地面を残すのみで粉々に吹き飛んだ。
魔法と呼んでいいのかも分からない圧倒的な“破壊”は、ただ、そこにあったもの全てを焼き尽くした。
「……は、はは」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは思わず、乾いた笑いを漏らした。
G・ゲーマー・グローリーグラディスが発動させた“呪禁の妖星/デバフチャージ”は、自身を蝕む呪いの数が多ければ多いほど威力が上がるという仕様があった。
そしてG・ゲーマー・グローリーグラディスはその威力を最大限引き出す為に、ありとあらゆる呪いを自分に付与させる魔法を使用していた。
俗に“デバフチャージコンボ”と称されるこの戦い方は、現に鹿羽達がプレイしていたゲームにおいても、一発逆転の奥義として度々使用される非常に強力な戦法の一つだった。
その筈だった。
「……………………な、な、何ですか……、何なんです、か……」
音が消え、遺跡が消え、何もかも消失した筈だった。
“破壊”の中心にいた少女は、頭から血を流しながらも堂々と立っていた。
「――――“デバフチャージコンボ”か……。まさか実行する馬鹿がいるとはな……。驚いた」
「ありえない……っ! 御方から頂いた威力を高める宝玉も使用しました……っ! 誰であろうと五体満足で立っていられる筈がありません……っ!」
「貴重なアイテムまで使ったのか。まあ、確かに危なかったな。まともに食らえば私もくたばっていただろう」
ローグデリカはそう言うと、割れた宝石のペンダントを放り捨てた。
「私が現地で手に入れた、ダメージを軽減させるアイテムだ。こいつも貴重なものだったんだがな。まあ、ここまで仕事してくれたのなら文句はない」
「そ、そんな……っ」
「――――これで貴様の魔力は底をついた。S・サバイバー・シルヴェスターは見ての通り、お前のおかげで死んだ。残念だったな」
「く……っ」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは虚脱感のあまりふらついて、そのまま膝を突いて倒れこんでしまった。
「もう容赦はしない。とどめは刺させてもらう」
「が――――っ」
そしてローグデリカは無慈悲にも、倒れこんだG・ゲーマー・グローリーグラディスの心臓を長剣で串刺しにした。
「――――」
「死んだか。やはり手加減も容赦もすべきではないな」
力が抜けて動かなくなったG・ゲーマー・グローリーグラディスの身体を、ローグデリカはその場からどかすように蹴り飛ばした。
「――――さて、愛する者よ。あとはお前だけだ」
「……」
「随分と余裕そうだな。部下は死に絶え、もはやお前を守ってくれる者は一人も居ない。どうするつもりだ?」
「そんなこと言われてもな。戦うだけだろ」
「――――そうか。はは……っ。そうだな。その通りだ」
ローグデリカは笑った。
対する少年は、不気味なくらいに冷静だった。




