【088】覇に至る道②
一
鹿羽達がローグデリカ捕縛の為に用意した作戦は、前衛が攻撃を引き受けて、その間に後衛が攻撃するという至極単純なものだった。
ローグデリカ相手に接近戦でダメージを与えることは難しいというリフルデリカの情報のもと、リフルデリカとS・サバイバー・シルヴェスターの二人がローグデリカの攻撃を抑えることだけに集中し、残りの後衛が遠距離から攻撃を行うことになっていた。
そして、その作戦は上手くいっているように見えた。
(全盛期と相違ない動き……、いや、新たに習得したと思われるカエデ氏の能力も考慮すると、僕の知っている彼女より数段強くなっていると考えるのが妥当か。やっぱりシャーロットクララ氏辺りを連れてきた方が絶対良かったよね。このままじゃ誰か死ぬよ。――――たとえば僕とか)
「傷付いてもなお、怯まないか。本当に人間の血がかよっているのか?」
「隙を見せたら殺されるからね。嫌でも戦うしかないのさ」
「ならば死ね」
「……君の方が非人道的じゃないのかい?」
リフルデリカは呆れた様子でそう言った。
リフルデリカとローグデリカの二人は、遺跡群にそそり立つ塔の上で剣を交わしていた。
狭い足場は雪に覆われ、非常にバランスを崩しやすい場所だったが、そんなことは全く問題無いと言わんばかりに二人は戦いに集中していた。
(――――とまあ、僕は健闘している訳だけれど。もう駄目だね。僕とシルヴェスター氏では彼女の相手は務まらない、か)
ローグデリカの攻撃を一身に引き受けていたリフルデリカだったが、もはやリフルデリカには反撃する余裕は一切無く、自分の身を守ることで精一杯となっていた。
しかしながら、ローグデリカは一切油断することなく追撃を続け、遂に大きく踏み込んでリフルデリカに渾身の一撃を繰り出した。
そして、衝撃を受け流すことに失敗したリフルデリカは大きく体勢を崩した。
「――――その程度の実力で、よく頑張ったと言える。今度こそ死ね」
「死なないさ。――――そうだね、優しく頼むよ」
「……」
瞬間、鮮血が舞った。
ローグデリカの長剣が、リフルデリカの胸部を正確に貫いていた。
「――――うぎゃ」
ローグデリカは静かに剣を引き抜くと、リフルデリカはそのまま力が抜けたように塔から落下した。
「リフルデリカ!」
「…………死んでないから安心しておくれ。ただ、当分の間は動けそうもない。しばらく“三人”で頑張っておくれよ」
リフルデリカはそう言うと、地上に頭から墜落した。
「死にぞこないが。――――まあ良い。あと三人、か」
ローグデリカはリフルデリカが動けなくなったことを確認すると、残った三人に視線を移した。
(――――他の敵がいる中、わざわざ鹿羽を狙うことは無い。S・サバイバー・シルヴェスターは後回しでも良いだろう。となると……)
ローグデリカは一人の少女に視線を移した。
一人の少女――G・ゲーマー・グローリーグラディスは、ローグデリカの視線が自分に注がれていることに気が付くと、わざとらしく舌打ちを返した。
(次の標的は私、ということですか……。S・サバイバー・シルヴェスターといい、リフルデリカとかいう胡散臭い魔術師といい……。自分の役割くらい果たして下さい……)
G・ゲーマー・グローリーグラディスは忌々しそうに心の中でそう吐き捨てた。
「抵抗しなければ、苦痛なく殺してやる」
「何ですか何なんですか……。不甲斐無い人達と一緒にしないで下さい……。不愉快です……」
「はっ! そうか。ならば殺すだけだ」
「“やってみろ”、と、そう言いたいところなんですけどね……。御方の前で無様な真似は許されませんので……、せいぜい私の本気を見せてあげます……」
「――――死ね」
「――――<冥神/ハ・デス>」
ローグデリカが飛び出した瞬間、G・ゲーマー・グローリーグラディスを中心に“闇”が噴出した。
“闇”は地形を飲み込みながらローグデリカに迫ったが、ローグデリカは容易く“闇”を切り払うと、そのままG・ゲーマー・グローリーグラディスへと迫った。
(どうして魔法が“斬れる”んですかね……っ)
万物を喰らい尽くす筈の“闇”が簡単に斬り払われたことに、G・ゲーマー・グローリーグラディスは再び舌打ちをした。
「もはや逃げられないぞ。どうする?」
「――――っ!――――<夢幻の衣/ドリームオーラ>!」
「はっ! 姑息な!」
G・ゲーマー・グローリーグラディスが叫ぶように詠唱を完了させると、極彩色の“膜”のようなものがG・ゲーマー・グローリーグラディスの身体を包み込んだ。
G・ゲーマー・グローリーグラディスが唱えた魔法は、あらゆる状態変化攻撃に加え、微量のダメージであれば完全に無効化してしまう最高位の防御魔法であったが、ローグデリカの斬撃によって持続制限時間を待たずに破壊されてしまった。
(時間稼ぎすらままなりませんね……っ)
「“夢幻の衣/ドリームオーラ”を使い捨てるとは、随分と贅沢な戦い方だな」
「――――<飛行/フライン>」
「逃がすと思うか?」
「適切な距離を保つだけです……っ」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは吐き捨てるようにそう言うと、超高速で空中へと飛び出した。
対するローグデリカは冷静にG・ゲーマー・グローリーグラディスの位置を目で捉えると、大きく踏み込んで跳躍した。
(――――掛かりましたね……!)
G・ゲーマー・グローリーグラディスは、ローグデリカが自分に向かって飛び出したことを確認すると、静かに笑った。
「――――<虚空斬/リアリティブレイク>!」
追撃する為に跳躍したローグデリカを迎え撃つように、G・ゲーマー・グローリーグラディスは魔法の斬撃を繰り出した。
既に空中へと飛び出していた為に、回避することは出来ないことを悟ったローグデリカは、飛来した魔法の斬撃を強引に叩き落とした。
しかしながら、さばき切れなかった衝撃はローグデリカの肉体に確実なダメージを与えていた。
(流石に無傷では倒せぬ相手、か――――)
(ようやくダメージが入りましたか……。ほんっとうに面倒な相手です……っ)
動きが制限される空中に誘い込むことによって、G・ゲーマー・グローリーグラディスはようやくローグデリカにダメージを与えることに成功していた。
しかしながら、その傷はあまりにも浅かった。
「――――だが、所詮その程度だ。私の敵ではない。紙屑の如き貧弱なその身体で私の攻撃に耐えられるか?」
ローグデリカは絶対的な自信を滲ませながら、挑発するようにそう言い放った。
(――――“夢幻の衣/ドリームオーラ”で防御するしか……、いや……、これ以上魔力を浪費する訳にはいきません……。そうなると、私に残された選択肢は……)
G・ゲーマー・グローリーグラディスの強力な魔法が直撃してもなお、ローグデリカの勢いが衰えることはなかった。
“飛行/フライン”によって再び距離を稼ごうと試みたG・ゲーマー・グローリーグラディスだったが、ローグデリカの移動速度の前には殆ど意味が無かった。
(防御を展開して反撃……、それでは当たりませんね……。となると……、はあ……)
「――――諦めろ魔術師。何をしようと私には通用しない」
「そうかもしれませんね……」
「だが、一撃命中させたことは褒めてやろう。冥土の土産にでもするといい」
「……」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは、迫り来るローグデリカの動きをただ注視していた。
(――――肉を斬らせて骨を断つ、でしたか……? ことわざに興味はありませんが……、有り体に言えばただのノーガード戦法ですよね……。私の場合、骨が残ればいいのですが……)
「死ね」
「そちらこそ死んで下さい……っ。――――<冥神/ハ・デス>」
「――――っ」
ローグデリカの刃がG・ゲーマー・グローリーグラディスに届こうとした瞬間、再びG・ゲーマー・グローリーグラディスを中心に“闇”が噴出した。
G・ゲーマー・グローリーグラディスは、自分一人ではローグデリカに勝てないことを悟っていた。
しかしながら、G・ゲーマー・グローリーグラディスはどんな手段を使ってでも今回の作戦を成功させなければならないことを自覚していた。
ならば、作戦成功の為に、自身の犠牲を前提とした作戦に切り替えるまでだ、と。
自分の犠牲を前提とした上で、ローグデリカに対して最も効果的なダメージを与える方針へと、G・ゲーマー・グローリーグラディスは考えを切り替えていた。
「正気か貴様……っ」
「貴女が悪いんですからね……? さあ……っ! 共に“闇”に飲まれて死んで下さい……っ!」
G・ゲーマー・グローリーグラディスの目の前にいるローグデリカは、極めて回避力に優れていた。
攻撃を防御してから反撃するようでは、ローグデリカには攻撃は当たらなかった。
ならば、どうするか。
簡単な話だった。
ローグデリカが攻撃する瞬間に、自分の被害を無視して攻撃すれば、たとえローグデリカ相手でも攻撃を命中させることが出来た。
たとえそれによって、自身の命が潰えたとしても。
G・ゲーマー・グローリーグラディスにとってすれば、作戦を完遂させ、元気だった頃の楓を取り戻すことの方が遥かに大事なことだった。
「ち――――っ」
「逃がしません……!」
G・ゲーマー・グローリーグラディスが道連れを覚悟して攻撃しようとしていることに気が付いたローグデリカは咄嗟に距離を取ろうと試みたものの、その前に“闇”はG・ゲーマー・グローリーグラディスごとローグデリカを飲み込んだ。
そして、触れたもの全てを等しく消滅させる究極の“闇”は、中心にいたG・ゲーマー・グローリーグラディスとローグデリカの生命力を確実に奪い去っていった。
(ぐ……っ。やはりキツいものがありますね……っ。でも、これなら……)
G・ゲーマー・グローリーグラディスは、確かに“冥神/ハ・デス”がローグデリカに命中していることを確認していた。
しかしながら。
「は――――?」
しかしながら、ローグデリカは平然とした様子で立っていた。
「どう、して……っ! どうしてまだ死んでいないんですか……っ!」
「流石に効いたな。まだ相手が残っているというのに……」
もはや身体の先端の感覚が失われてしまったG・ゲーマー・グローリーグラディスに対して、ローグデリカは何事もなかったかのように自身の汗を拭った。
「化け物……、め……」
「はっ! 自滅に終わったようだな。とどめを刺すまでもない。地面に転がっている魔術師同様、自分達が敗北していくさまを眺めているがいい」
「――――っ」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは咄嗟に追撃を加えようと試みたものの、思うように身体が動かず、そのまま地面へと倒れ込んだ。
「――――残るは、あと二人」
当初の鹿羽達の作戦は、とっくに瓦解していた。




