【087】覇に至る道①
一
リフルデリカが密かに仕掛けた、位置を特定する魔法により、“楓”と自称した少女の居場所はローグデリカ帝国の北に位置するラルオペグガ帝国だということが判明していた。
鹿羽達は、“楓”と名乗った少女――ローグデリカを捕縛する為、ラルオペグガ帝国北部の遺跡群を訪れていた。
「ひ、ひいいいい!」
「逃がしませんよ……?――――<竜巻/トルネイド>」
「うわあああああ!?」
G・ゲーマー・グローリーグラディスが唱えた魔法によって、目の前にいた男達は為す術も無く吹き飛ばされていった。
「こんな過酷な環境でも人はいるんだね。やはり彼女の求心力は健在か。――――最も、人を育てる力は相変わらず無いようだけどね」
「しかしこんな寒いところでよくやっていけるな。寒過ぎて凍死しそうなもんだが」
「……そうだね」
少年の言葉に、リフルデリカは何とも言えない表情を浮かべながらそう言った。
二
場所はラルオペグガ帝国北部の遺跡群。
その深部にて。
石造りの天井の隙間から差し込む日光に照らされながら、一人の少女は瞳を閉じて、静かに瞑想していた。
「カエデの姐さん! 侵入者が来てますぜ!? どうして戦わないんすか!?」
「黙れ。もう私には関わるなと言った筈だ」
「そりゃねえって! みんな姐さんを慕ってますぜ!? どうしてそんなこと言うんすか!?」
「――――」
瞬間、少女は青年の首に剣を押し当てた。
その抜刀は一人前の兵士でさえも反応するのが困難なほど速く、農村出身のただの青年が反応出来る訳がなかった。
「ひ、ひい」
「黙れと言ったんだ。辺境育ちのお前は言葉が分からないのか?」
「ど、どうして……」
「死にたくなければ直ぐに逃げろ。奴らは他国の精鋭達だ。お前達はおろか、騎士団すら相手にならない。情けも期待出来ないだろうな」
少女は押し当てた剣を鞘へと戻すと、元々座っていた場所へと戻った。
青年は剣を押し当てられた首を撫でながら、言いにくそうに口を開いた。
「ね、姐さんはどうするんすか……」
「全員倒すだけだ。それに、私が愛する男も居るかもしれない。もし居たのなら、そいつは生かしておくがな」
「……そんなに大事なことなんすか?」
「そうだな……。世界を敵に回し、人殺しに躊躇いを覚えなくなる程度には大事かもしれないな。――――――――まあ、農民崩れのお前達には関係のない話だろう」
「俺には分かんないっす……。姐さんの考えていることが……」
「はっ! お前も同じ事を言うか。忌まわしい」
少女は吐き捨てるようにそう言った。
「――――絶対、俺達は生き延びますから。姐さんもこんな寒いところで死なないで下さいね」
「黙って行け。ちゃんと皆を連れてな」
「……」
青年は黙ったまま、この場から居なくなった。
一人残された少女は青年がこの場から居なくなったことを確認すると、再び瞳を閉じて瞑想を再開した。
(――――分からない、か)
そして少女は、青年が口にした何気ない言葉を心の中で反芻していた。
(目の前にあって、でも届かないことが分かってて……。馬鹿で、臆病で、それでいて不真面目で……)
少女は、在りし日を思い出していた。
(――――それでも彼は、私に優しくしてくれて……。そんな彼をどんな手段を使ってでも奪うことは、間違ったことなのか――?)
ローグデリカ、或いは“楓”と呼ばれている少女は、一人の少年のことを考えながら、静かに自問自答した。
三
「もうすぐだね。そろそろ警戒を強めた方が良いかもしれない」
リフルデリカは気楽な様子で、そう呼び掛けた。
そして、S・サバイバー・シルヴェスターとG・ゲーマー・グローリーグラディスの表情が僅かに引き締まった瞬間。
「――――地の果てまで追い掛けてくるとは、この私も存外愛されたものだな」
圧倒的な闘気を纏った一人の少女が、静かに姿を見せた。
「やあ、ローグデリカ。久方ぶりだね。ああ、今は“カエデ”と名乗っているんだっけ?」
「はっ! 失われた筈の片腕が戻ったようだな。また斬り落とされに来たのか?」
「それは遠慮させてもらうよ。僕だって痛いのは嫌だ」
「ならば苦痛なく終わらせてやろう。――――――――しかし、四対一か……。その上――――」
瞬間、火花が飛び散った。
密かに距離を詰めていたS・サバイバー・シルヴェスターが少女――ローグデリカを後ろから斬りつけようとしたが、彼女が持つ剣によって容易く受け止められてしまっていた。
「――――不意打ちとは、随分と卑怯だな」
「では……、そちらの卑怯者ごと焼かれて下さい……。――――<水風地火/エレメンタルデストロイ>」
「ち――――っ」
圧倒的な熱量が、ローグデリカとS・サバイバー・シルヴェスターがいた場所で炸裂した。
叩くような爆風が吹き荒れ、その衝撃によって石造りの天井は崩落し、質量を持った岩が追い打ちをかけるように次々と落下した。
しかしながら。
「――――当たらなければ、どうということは無い。そうだろう?」
G・ゲーマー・グローリーグラディスの魔法は、ローグデリカに命中していなかった。
魔法の衝撃と天井の崩落に巻き込まれたS・サバイバー・シルヴェスターが僅かなダメージを負うのみで、肝心のローグデリカは無傷だった。
(何ですか何なんですか……。せめて道連れぐらいの仕事はして頂かないと困るんですけど……)
「隙を晒した魔術師ほど脆弱なものは無い。無能な前衛を恨むんだな」
「その通りですね……。私も無能な人間は嫌いです……」
「はっ! G・ゲーマー・グローリーグラディスだったか? 先ずは貴様からだな」
距離を詰められたG・ゲーマー・グローリーグラディスに、ローグデリカの剣が迫った。
「――――彼が無能なら、さしずめ僕は有能な前衛になるのかな? という訳で、後衛には手出しさせないよっと。――――――――<軛すなわち剣/ヨーク>」
「懲りない奴め……っ。次は胴体を二つに分けてやる……っ」
「そんなことされたら流石にこの僕も死んでしまうさ。――――前回よりも一割増で実力を取り戻した僕の剣技を、とことん味わうがいいさ」
リフルデリカは冗談めいた様子で、そう言い放った。
「――――死ね」
「さあ、手加減宜しく頼むよ」
剣が交錯し、火花が飛び散った。
ローグデリカが剣を振るい、それに対してリフルデリカは剣を合わせた。
壁が砕け、地面が割れるような猛攻を、リフルデリカは巧みに衝撃を逃がすことで回避していた。
しかしながら、リフルデリカは反撃の機会を見出せないでいた。
二人の攻防は前回同様、ローグデリカが優勢の一方的なものとなっていた。
(――――やっぱり強いね。そもそも魔術師である僕が、生粋の戦士である彼女に剣で勝とうなんて無理な話なんだよ。彼女の攻撃を引きつけることが主な目的とはいえ、全く厳しい仕事だ)
リフルデリカは心の中で愚痴を吐き捨てると、その油断につけこむようにローグデリカは攻撃の勢いを加速させた。
「あ、不味いねこれは」
「今度こそ死ね。一撃で終わらせてやる」
「ふむ。僕と君の仲だろう? 戦うなんて不毛じゃないか。お茶とお菓子を用意して、ゆっくり話でも――――」
「――――――――<黒の断罪/ダークスパイク>!」
「ち――――っ」
ローグデリカの剣がリフルデリカの首をはねようとした瞬間、漆黒の杭がローグデリカを目掛けて降り注いだ。
ローグデリカは剣を払うことによって降り注ぐ全ての杭を弾いたが、その間にリフルデリカは距離を取って体勢を立て直していた。
「いやあ、助かった助かった」
リフルデリカは気楽な様子でそう言うと、自身に滲んだ汗を拭った。
「――――愛する者よ。遂に私の邪魔をするか」
「当たり前だ。思い通りになんかさせねえよ」
「そうか……。ならば、倒すまで」
ローグデリカは剣を構え、少年へと迫った。




