【083】新たなる剣
一
場所はギルド拠点内部、訓練場。
「――――先ずは君に、ある魔法を授けようと思う。今まで僕が生み出した魔法の中でも最高傑作の一つとも言えるものだから、是非その素晴らしさに感動しながらこの僕に対する評価を改めて欲しいかな」
「それは俺にも習得出来るものなのか?」
「そりゃあ勿論。他人が習得出来ない魔法なんて魔法じゃない。ただの独りよがりな何かさ」
鹿羽の言葉に、リフルデリカは呆れた様子でそう言った。
(――――ゲーム上では習得出来る魔法の数には上限があって、俺はとっくにその上限を迎えていた筈だが……)
新たな魔法の習得ということで、真っ先にゲームにおける制約を思い出した鹿羽だったが、それを口にすることはなかった。
「僕がローグデリカと戦った時にも使っていたのを見てたかい? これは魔法というにはあまりにも地味なものに見えるかもしれないけれど、実用性で言えばこれ以上のものは無い。きっと君も気に入る筈さ。――――――――<軛すなわち剣/ヨーク>」
リフルデリカは魔法を唱えると、その右手には光り輝く長剣が握られていた。
「その剣、魔力で出来ていたのか」
「そうだね。この魔法の凄い点は、魔力の固体化によって散見される欠点を殆ど克服しているところにあるんだよ。魔法阻害、魔力吸収、魔法耐性もそうか。どんなに卑怯な手を使われたとしても、この剣の輝きが失われることは無い。たとえ魔術師にとって致命的な状況の中でも、この剣だけは僕達を裏切らないんだ」
「……流石に魔力が切れたら終わりだろ。一応、魔法なんだし」
「それが終わらないのさ。無論、君の言う通り魔力が全く無くなってしまえば、理論上はこの魔法は使えない。しかしながら、実際に僕らの魔力が完全に無くなることはありえない。例えるならば、“水がめ”からどれだけ水を手で掬ったところで、底に僅かな水が残るのと一緒さ。本当にごく僅かの魔力のみでこの剣は顕現し、堅く鋭く敵を葬り去ることが出来る。言っただろう? 僕の最高傑作の一つだって。懸念すべき要素があるなら、こんなこと言わないさ」
「そんなに便利な魔法なら、どうしてみんな使わないんだ? 魔力消費がとことん少ないなら誰でも使える筈だろ。とんでもなく術式が複雑ってことか?」
「そうだね。そうなるよ。この魔法を発明した日のことなんだけど、興奮のあまり本として残そうと試みたんだけどね。術式の説明を全て丁寧に文字に起こそうと思ったら、本が何冊あっても足りないことが判明したんだ。それに、僕が独自に使用している魔法体系も割合として大きい訳から、他の魔術師が習得しようとしても中々難しいと思うよ」
「……ちょっと待て。そんなことを言ったら俺も無理だろ」
「無理ならこんなこと言い出さないよ。確かに口頭で説明するのは途方もない話だけれど、僕と君の間には魔力の繋がりがあるからね。君の頭に直接流し込むさ。用意は良いかい?」
「いや、待て。待てって。明らかに嫌な予感しかしな――――」
「えい」
瞬間、鹿羽の頭に膨大な情報が流れ込んだ。
「…………おえ」
「流石カバネ氏だ。正直嘔吐しても仕方ない情報量だったんだけれどね」
「お前マジ覚えてろ…………。うぷ……」
鹿羽は必死に口を手で押さえながら、リフルデリカに恨めしそうな視線を投げ掛けた。
対するリフルデリカは感心した様子で頷くだけだった。
「それじゃあ早速、試してみておくれ。君ならきっと出来る筈さ」
「…………。――――<軛すなわち剣/ヨーク>」
鹿羽が呪文を唱えると、光の粒子が鹿羽の周りを漂い始めた。
そして光の粒子はゆっくりと集まり、細長く形を成していった。
「うん。流石はカバネ氏だね」
「……確かに凄い術式だな。隙間が無いって言えばいいのか?」
「その魔法の素晴らしさが分かるかい? 全くもってその通りなんだよ。緻密に無駄なく構成された光の剣は、外部からのあらゆる干渉を受け付けない。そして、あらゆる対象を容易く斬り捨てることが出来るのさ。――――見た目通り、射程が短いのが唯一にして最大の欠点だけどね」
「まさに、剣、か」
鹿羽は右手に握り締めた光の剣を眺めながら、そう呟いた。
「――――それで、具体的に何をするんだ? 流石にこの魔法を習得して終わりってことは無いだろ?」
「当たり前さ。これで終わりだなんて思われたら困るよ。――――――――覚悟した方がいいね。もしかしたら僕のことが心底嫌いになるくらい、大変なものに感じられるかもしれない」
「……必要なことなんだろ? 手加減はして欲しいところだが」
「必要も何も、君が望む未来を勝ち取る上で、君に必要だと“僕が勝手に思っている”だけなんだけれどね。まあ、お互いの利害は一致している訳だから、君に頑張ってもらうだけの話なんだけれども」
「覚悟は出来ている。苦しいからと言ってお前のことを嫌いになることはない」
「そうかい?」
「程度によるけどな」
「だろうね……」
リフルデリカは溜め息をつきながらそう頷いた。
「――――カバネ様。微力ながら、私もお手伝いさせて頂きます」
「……? C・クリエイターか。――――お前が呼んだのか?」
「そうだね。万が一君が命を落とすようなことがあっても、彼女がいれば何の問題も無いだろう?」
「少しでも不審な動きがあれば、直ちに貴女を排除してカバネ様を救出致します。ご留意下さい」
「はは。そうだね。そうしておくれ」
C・クリエイター・シャーロットクララの言葉に、リフルデリカは何とも言えない表情を浮かべながらそう言った。
「――――それじゃあ全員集まった訳だし、早速始めようか」
「繰り返しになるが、具体的に何をするんだよ。それくらいは説明してくれ」
「簡単さ。その剣で僕と戦ってもらうだけだよ。指示するまでは他の魔法の使用は控えて欲しい」
「剣術の訓練ってことか?」
「接近戦に慣れるという意味合いもなくはないんだけれど……。やはり心を鍛えるといった方が適切だろうね」
「……?」
リフルデリカは淡々とした様子でそう説明したが、鹿羽はイマイチ理解出来ていない様子で顔をしかめた。
「――――言い換えれば、“死”に慣れてもらうのさ。過度に死を恐れれば判断を間違えるし、逆に死に鈍感になってしまえば言うまでもない。“死線”が何処にあるのかを正確に理解してもらうことが、今回の目的になるね」
「……随分と物騒な話だな」
「そりゃそうさ。――――明確な死への認識。そしてそれを克服することで戦士も魔術師も次の段階へと進む。これは誰もが経験して、容易く習得出来ることじゃない。文字通り、命を懸けて、運良く手に入る類いのものさ。――――まあ、それを意図的に行う訳なんだけれど」
「……分かった。早く始めよう。時間がある訳じゃない。こうしている間にも、楓は苦しんでいるからな」
「戦う理由があるのはいいことだね」
リフルデリカは何かを思い出すように、そう呟いた。
「――――<肉体再生/ライフスプラウト>」
「あいたたた。シャーロットクララ氏。せめて一言言ってからやってくれないかい? ありがたいけれど、急にやられたら驚いてしまうよ」
「申し訳ございません」
「ふう……。改めて君も凄い魔術師だね。感謝するよ」
突然唱えられたC・クリエイター・シャーロットクララの魔法によって、無くなっていた筈のリフルデリカの左腕が綺麗に再生していた。
そして、C・クリエイター・シャーロットクララが唱えたその魔法は、鹿羽達がプレイしていたゲームには存在しない魔法だった。
「C・クリエイター……。いつの間にそんな魔法を……」
「魔法の研究成果につきましてはマリー様に報告しておりましたが、カバネ様にも報告すべきだったでしょうか……?」
「いや、単純に凄いと思っただけだ。欠損した部位が再生するなんてな……」
「ちょっと痛かったけどね」
リフルデリカは再生した左腕をプラプラさせながら、気楽な様子でそう言った。
「――――それじゃあ始めようか。言ったと思うけど、極力その剣で戦っておくれ。あと無用な配慮かもしれないけれど、手加減はいらないからね。是非、殺すつもりで来ておくれ」
「……分かった。そうする」
「はは。良い返事だね。うん。それじゃあ、今度こそ始めるよ。――――」
リフルデリカは鹿羽の方に手を伸ばすと、静かに呟いた。
「――――――――<一人牢獄/サイレントソリテュードュ>」
瞬間、空間が大きく歪んだ。




