【081】皇帝なる
一
「――――特別政務官殿。娘の救出、感謝する。公式の場で感謝を伝えられないのは大変心苦しいが……、闘技大会の余韻に浸る民に無用な心配はかけたくないのでな。理解頂きたい」
「こちらこそ微力ながらお役に立てたようで何よりです。皇帝陛下」
ローグデリカとの戦闘を終えた鹿羽達は、現ローグデリカ帝国皇帝――サマリア・フォン・デルカダーレに依頼に関することと、統一国家ユーエスに帰還する旨を報告していた。
「……依頼の完了後、急ぐように何処かへ向かったと聞いている。その傷は……、その時のものか?」
サマリア・フォン・デルカダーレの視線が、無くなってしまったリフルデリカの左腕に注がれていた。
本来ある筈の部位を失った少女の姿は、たとえその表情が気丈なものだったとしても、見る者全てに痛々しさを感じさせるものとなっていた。
「ああ、僕かい? 気にしないでおくれ。少しだけ不覚を取っただけさ」
「痛むようであれば、優秀な回復術師を連れてくることも出来るが……」
「気持ちは嬉しいけれど、遠慮させてもらうよ。傷は塞がっているし、別にその治療によって“生えてくる”訳ではないだろう?」
リフルデリカの言動は一国の皇帝に向けるものにしてはあまりにも砕けたもので、そして気楽なものだった。
「ニームレス。言葉遣いには気を付けろ。――――申し訳ございません。私の部下が失礼な言動を……」
「構わぬ。事実だからな」
対するサマリア・フォン・デルカダーレは一切の感情を感じさせずにそう言った。
「――――王女の誘拐、工場の爆破、そして帝国の秘宝と言える宝剣の盗難……。帝都の安寧を脅かすような事件が次々と起こった訳だが……。特別政務官殿には敢えて問おう。何か心当たりはあるかね」
「えっと……。政務官、僕が喋ってもいいかい?」
「……皇帝陛下。宜しいでしょうか」
「構わぬ。申せ」
「それじゃあ、遠慮なく。――――一連の事件はローグデリカによるものさ。目的は宝剣の強奪。少しでも成功率を上げる為に、王女の誘拐や工場の爆破といった騒動を起こしたんだろうね。ちなみに僕の左手を持ってったのも彼女の仕業さ」
「シルヴェスター殿がローグデリカに関する情報を集めていたのはその為か? そもそもどうしてローグデリカだと断定出来るのだ。この国の象徴とも言える“かの人物”が悪事を働くなどと……」
「シルヴェスター氏がローグデリカに関して調べていたのは、単純に僕達が彼女に用があったからさ。どうしてローグデリカだと断定出来るのかに関しては、悪いけど君達を納得させるだけの証拠は無いよ。あと彼女の道徳心に関しては……。うん、あまり期待しないことをお勧めするね」
リフルデリカは気楽な態度を崩すことなく、淡々とそう言った。
「――――主犯が誰であろうと、帝国はこの事件を容認しない。更なる情報提供を求める」
「残念ながら、お渡し出来るほどの根拠ある情報は無いんだよね。――――それに、彼女と関わるのはお勧めしない。良い思いはしないと思うよ」
「それは貴公らに後ろめたいことがあるからか?」
「僕個人としては、左腕を斬り落とすような人とは関わりたく無いんだけれどね。――――彼女は馬鹿だけど、弱くはない。邪魔をすれば国ごと消されるよ。今の彼女にはそれだけの力がある」
「……」
リフルデリカの強い口調に、サマリア・フォン・デルカダーレは無表情のまま押し黙った。
そしてしばらくの間、リフルデリカとサマリア・フォン・デルカダーレは睨み合うような形で視線を交わすと、サマリア・フォン・デルカダーレは大きな溜め息をついた。
「――――よい。貴公らは恩人だ。帝国として、この一連の事件を積極的に捜査する立場には変わりは無いが、貴公らが良くやってくれたことは事実だ。私的なもので心苦しいが、このサマリア・フォン・デルカダーレ、貴公らに感謝しよう」
「勿体無いお言葉です。皇帝陛下」
サマリア・フォン・デルカダーレの言葉に、鹿羽とS・サバイバー・シルヴェスターは頭を下げて応じ、遅れてリフルデリカも頭を下げた。
そして鹿羽は頭をゆっくりと上げると、幼気な少女が向こうからこちらを覗き込んでいることに気が付いた。
「――――お父様……? 彼らが私を助けて下さった統一国家ユーエスの方々でしょうか?」
その少女は、サマリア・フォン・デルカダーレと同じく鮮やかな赤髪の持ち主だった。
そして彼女は言うまでもなく、鹿羽達が救出した皇帝の娘だった。
(――――別に親子関係が険悪な訳ではないのか……?)
鹿羽は、皇帝の娘がこの場に姿を見せたことに少し驚いていた。
娘が誘拐されたことを説明したサマリア・フォン・デルカダーレの態度は、鹿羽からすれば非常に淡白なものだった。
それはまるで、大きな騒ぎになるから仕方なく動いているだけであって、父親としての愛情であったり、心配なんてものは微塵も感じられないものだった。
それ故に、鹿羽は皇帝とその娘の仲は決して良いものではないと思っていた。
しかしながら。
「タレーツァ! 怪我はもう大丈夫なのか!?」
救出された王女が姿を見せた瞬間、一貫して無表情だったサマリア・フォン・デルカダーレの態度が過保護な父親の“それ”へと変化した。
「はい。お父様。皆様のおかげで私は大丈夫ですわ」
「おお……っ。そうか……、そうか……。ずっと心配していたぞ……っ。お前に何かあったら……、私は……、私は……っ!」
ローグデリカ皇帝――サマリア・フォン・デルカダーレは鹿羽達がいるのを全く気にする様子を見せずに、膝をついて声を震わせながらそう言った。
(皇帝として気丈に振舞っていただけだったのか……?)
「きちんと治癒魔法を受けただろうな? 医者は何と言っていた? ご飯だって食べられなかっただろう。熱はないか? 小さな傷が祟ることもあるぞ。どんなに些細なことでも良いから、遠慮しないで周りの大人に相談するんだぞ?」
「お父様……。皆様の前ですよ……?」
「む」
サマリア・フォン・デルカダーレは思い出したかのように鹿羽達の方へ振り向くと、やや気恥ずかしそうに咳払いをした。
「――――ごほん。見苦しいところを見せてしまったな」
「い、いえ……」
サマリア・フォン・デルカダーレの言葉に、鹿羽はそう返すことしか出来なかった。
「……取り敢えず、依頼の報酬に関する話もせねばなるまい。こちらの一方的な条件も快くのんでもらったのだからな。然るべき金額を用意しよう」
「そのことでしたら、直接統一国家ユーエス側と話をつけてもらえないでしょうか。私達は直ぐに次の目的の為に移動しなければなりませんので……」
「それは我々に一任するということか? この話を無かったことにするかもしれないぞ」
「それはそれで仕方の無いことかもしれません。あくまで私的な依頼でしたから」
鹿羽としては、あくまで統一国家ユーエスとローグデリカ帝国の関係維持の為に奔走しただけであって、具体的な報酬には興味は無かった。
更に言えば、それに伴う手続きが面倒であるならば、この話が無かったことになっても鹿羽としては構わなかった。
「お父様……? それは誇り高きサマリア家の振る舞いとしてはあまりにも……」
「――――タレーツァ。皇帝である私がそんなことする筈も無かろう。――――特別政務官殿。貴公の言い分は理解した。忙しいのであれば、代わりにこちらが責任をもって報酬に関する話を進めておこう。念の為聞いておくが、報酬に関する話は統一国家ユーエスの何処に話を通せば良いのだ?」
「でしたら、現統一国家ユーエス指導者であるグラッツェル・フォン・ユリアーナ様個人に話を通すのが宜しいかと思われます。この私、鹿羽特別政務官に報酬に関する話がある、と……」
「……では、そのように話を進めておこう」
グラッツェル・フォン・ユリアーナの名前を聞いて、一瞬サマリア・フォン・デルカダーレの表情は険しくなったものの、直ぐにそう告げた。
「――――では、改めて感謝する。娘を救ってくれてありがとう」
「皆様の尽力あってのことと聞いております。助けて下さり、ありがとうございます」
こうして鹿羽達はローグデリカ帝国王家からの極秘の依頼を完遂させ、統一国家ユーエスへと帰還した。
二
「――――これから、どうすれば良いんだろうな」
「簡単な話だよ。万全の態勢を整えて、ローグデリカに会えばいい」
「あれだけ強かったんだ。追いかけるのも難しいかもしれない」
「ああ、その心配をしているのか。――――実は、位置を特定出来る術式をこっそり彼女に仕掛けておいたんだよね。ほら、彼女は馬鹿だからさ、多分バレていないだろうね」
リフルデリカは肩をすくめて、ニヤニヤと笑いながらそう言った。
「――――急に頼もしくなったな。胡散臭い奴だったのに」
「“急に”は余計だったね。まあ、いつでも頼りにしてよ。僕は君の味方であり、理解者であり、家族みたいなものさ」
「……そうか」
リフルデリカの言葉に、鹿羽はそう頷いた。
「――――そうそう。帝国から君宛てにお金が振り込まれるみたいだけどさ、他の人に仲介させて良かったのかい? 他国からお金を受け取るって、けっこう怪しまれるというか、あらぬ疑いを掛けられそうなものだけれど」
「あ」
「やっぱり考えていなかったのか……。君はしっかり者に見えて、少し抜けているよね」
「気付いたんなら早く言ってくれよ……。俺は政治に詳しい訳じゃないんだからよ……」
「ま、誤差の範囲内かなと思ってさ。君がどんなに重大な政治問題を抱えたところで、君の味方は幾らでも揉み消しそうだし。良い勉強になったね」
「くそ……」
鹿羽は頭を抱えながら、吐き捨てるようにそう言った。




