【079】近付く気配
一
S・サバイバー・シルヴェスターは鳥のような形をした白い光を追いかけていた。
白い光はリフルデリカが使用した魔法――“導きの渡り鳥/ナビゲーター”によるものだった。
S・サバイバー・シルヴェスターは、ローグデリカが出現する可能性の高い場所にあらかじめ待ち伏せする為に、その場所まで導いてくれる白い光を追いかけていた。
突然、鳥のような形をした白い光は動きを止めた。
そしてそのまま、役目を終えたかのように消失してしまった。
(――――指定された場所に到着した、ということでござるか?)
S・サバイバー・シルヴェスターはしばらく白い光が消失した場所で立ち尽くしていたが、白い光が再び現れる気配は無かった。
光の消滅が予定通りのことなのか、それとも不測の事態によるものなのかはS・サバイバー・シルヴェスターには判断がつかなかったが、どうしようもないのでこの場で待機することに決めた。
(――――――――気配。それも……、強い)
S・サバイバー・シルヴェスターは気配のする方向へと振り向いた。
そして。
「――――ほう。よりによってお前か。面白い」
「……っ」
少女のような声だった。
振り返った先で笑みを浮かべる気配の正体に、S・サバイバー・シルヴェスターは言葉を紡ぐことが出来なかった。
二
「――――ひ、ひいいい!? どうして場所がバレておるのだぁ!?」
「僕が優秀な魔術師だったからね。仕方の無いことさ。それ。――――<強撃/ハードドロップ>」
「ぐはぁ!」
背中を見せながら逃走を図る男に、リフルデリカは容赦なく魔法を撃ち込んだ。
「――――――――我々は帝国兵である! 武器を捨てて大人しく降伏せよ!」
鹿羽とリフルデリカの二人は、帝国の近衛兵と共に王女が監禁されていると見られている廃工場に突入していた。
廃工場に潜んでいた集団は襲撃されることを想定していなかったのか、怒声と共に流れ込んだ近衛兵にあっという間に鎮圧されていた。
「――――王女様を保護しました! 大きな怪我はありません!」
「良くやった!」
そして、事実上の最終目的である王女の救出をもって、鹿羽達が引き受けた依頼は完了していた。
「――――あっけないな」
「そうだね。僕もローグデリカと再会したらどうしたものかと覚悟していたんだけれども……。――――ということは、彼女はシルヴェスター氏のもとに行っているかもしれないね」
「……ローグデリカは強いのか? 傍若無人なお前にしては、やけに警戒しているというか……」
鹿羽から見て、リフルデリカという人物は自由気ままな性格の持ち主だった。
目的の為なら自身の魂を切り離して他人に埋め込むことも躊躇しない、そんな恐れ知らずのリフルデリカが警戒しているというのは、鹿羽にはどうにも不自然に思えた。
「全盛期の彼女なら、少なくとも今の君よりかは強いよ」
そして、断言するように言い放ったリフルデリカに対して、鹿羽は何とも言えない表情を浮かべた。
「――――彼女は嵐みたいなものさ。避けられるなら避けた方が良いし、関わらないで済むなら関わらない方が良い。――――でも、そういう訳にもいかないのだろう?」
「……当たり前だ」
「ふふ。君ならそういうと思ってたよ。やっぱり僕と似ている。いや、一緒だね」
リフルデリカと似ているということに関しては全力で否定をしたい鹿羽だったが、協力してくれる仲間がいることは鹿羽にとってもありがたいことだった。
「それじゃあ、シルヴェスター氏と連絡を取った方が良いんじゃないかい? もう既に接触してしまっている可能性はあるけれども」
「そうだな……。――――<暗号伝令/ヒドゥンメッセージ>。シルヴェスター、聞こえるか? 聞こえるなら返事をしてくれ」
リフルデリカの言葉に同意し、魔法による通信を飛ばした鹿羽だったが、その返事が返ってくることは無かった。
「シルヴェスター……? おい。大丈夫か?――――返事が無いな……。まさか……」
「――――十中八九、彼女だね。僕としては関わりたくはなかったんだけど……、仕方ないね」
リフルデリカは淡々とした様子でそう言った。
瞬間、嫌な想像が鹿羽の脳裏に浮かんだ。
リフルデリカは、今の鹿羽より全盛期のローグデリカの方が強いと断言していた。
そして鹿羽は、S・サバイバー・シルヴェスターより強い自信があった。
もしローグデリカが万全の状態でS・サバイバー・シルヴェスターと戦った場合、どうなるのだろうか、と。
それはリフルデリカにとって、容易に想像がついたことなのではないか、と。
「……待て。ローグデリカは俺より強いって言ったよな。お前、こうなるのを分かってて――――」
「勘違いしないでおくれよ。現段階では、彼女が生きているかどうかはまだ分からない。仮に復活しているとして、全盛期と同じ力を持っているかも断定出来ない筈さ。確かにローグデリカが本来の実力を発揮してシルヴェスター氏と戦ったのなら、間違いなくローグデリカが勝つだろうけど、僕はあくまで君の願いであるカエデ氏の救済、ひいてはローグデリカとの接触を最優先したに過ぎないんだよ。そしてこの選択に少なくない危険が伴うことも伝えた筈さ。もし君がこの危険性に関して僕を非難しようとしているなら、それは君の危機意識が低過ぎると言わざるを得ない。――――――――そしてこの僕も、君やシルヴェスター氏を憎んでやった訳じゃない。あくまでこれが最善だと判断しただけさ。僕が君の味方であることを忘れないで欲しい」
リフルデリカはまくし立てるようにそう告げた。
S・サバイバー・シルヴェスターを一人で向かわせたことには、自分に非があったとしてもリフルデリカには責任が無いことを嫌でも自覚した鹿羽は、これ以上リフルデリカを問い詰めても仕方無いことを悟った。
「……っ。分かった。直ぐに向かうぞ。座標は分かるか?」
「勿論さ。準備は整っているよ」
一先ずS・サバイバー・シルヴェスターの安否を確かめることが大事だと判断した鹿羽は、急いでS・サバイバー・シルヴェスターの元へ転移魔法で移動することに決めた。
「すみません。急用がありまして、後は任せてしまって宜しいでしょうか?」
「特別政務官殿! あなた様のおかげで王女様は無事に――――」
「――――すみません。お先に失礼します」
近衛兵と会話する時間すらも惜しいと思った鹿羽は、遮るようにそう言った。
「それじゃ、行こうか。――――<転移/テレポート>」
「……」
鹿羽はただS・サバイバー・シルヴェスターが無事でいて欲しいと願っていた。
そんな鹿羽の心情を意に介すことなく、リフルデリカは気楽な様子で口を開いた。
「――――――――ああ。あと、伝えておきたいことがあったんだった」
「……何だよ」
「少し、覚悟をしておいた方が良いかもしれないね」
「……っ」
軽い口調でそう言ったリフルデリカに対し、鹿羽は心の中で舌打ちをした。




