【078】遠い気配
一
「私の娘が何者かに攫われた。シルヴェスター殿には、彼女の捜索と救出を依頼したい」
ローグデリカ皇帝――サマリア・フォン・デルカダーレは、淡々とそう告げた。
「……具体的に、私達は何をすれば宜しいのでしょうか」
「近衛兵数人を預けよう。詳しい話は彼らから聞いてくれ」
サマリア・フォン・デルカダーレはそう言うと、そのまま立ち去った。
自分の娘が攫われたという割には、鹿羽にはサマリア・フォン・デルカダーレの態度がとても淡白なものに見えた。
控えていた近衛兵達はサマリア・フォン・デルカダーレがいなくなったことを確認すると、鹿羽達の元へ足早にやってきた。
「――――特別政務官殿。依頼を引き受けて下さりありがとうございます」
「いや、まあ……。ところで捜索と救出と言っても、具体的に何をすればいいんでしょうか?」
「……申し訳ないのですが、犯人はおろか、手掛かりも見つかっていないのです。取り敢えずこの三日間は秘密裏に捜索が行われますが、長引くようなら正式に兵が動くでしょうね」
「その娘さんとやらは皇帝陛下と血が繋がっているのかい? 別に母親がいるならソッチでも良いんだけれども」
リフルデリカは近衛兵達に、そう質問を投げ掛けた。
「は、はい。それは勿論……」
「なら簡単さ。血の繋がりは魔力の繋がりだからね。肉親の魔力から逆探知すれば良いだけの話さ」
そしてリフルデリカは確信めいた様子で、そう言い切った。
二
場所はローグデリカ帝国、帝都ダルストン。
王族が寝泊まりする皇居にて。
リフルデリカ曰く、誘拐された王女の捜索は肉親の魔力から特定すれば良いということで、鹿羽達は近衛兵と共に王女の実母である女性を訪ねていた。
「――――ふむ。なるほど、ね」
リフルデリカは実母の女性に手をかざしながら、意味深にそう呟いた。
(図書館の時は、“なるほど”とか言いながら何も分からなかったんだよな……)
「位置は特定出来たよ。このまま迎えに行けばいいのかい?」
「ほ、本当ですか?」
「血と魔術の関係については研究対象として比較的取り上げられている主題だった筈だから、特段珍しい技術ではないと思うけどね。けれどまあ、正確に位置まで特定するのは容易なことでは無い訳だから、やはり僕の実力によるものも大きい訳だけれど。――――――――どうしたんだい? そんな意外そうな顔をして」
「…………いや、お前って良い意味でも悪い意味でも俺の予想を裏切るよな」
「ふむ。とりあえず誉め言葉として受け取っておくよ」
こうも容易く事態の打開への道筋が開けるとは思っていなかったのか、近衛兵達は顔を見合わせて驚きを露わにしていた。
「――――あ、みんな。伏せた方が良いかもしれない」
「どうした?」
「魔力の高まりを感じるね。ほら、窓から離れた方が良いよ」
「……?」
瞬間、地震のような僅かな縦揺れが起きた。
「…………なんだ?」
「思ったより規模が小さかったようだね。――――しかしまあ、もう勝負に出てくるんだね。さて、どうしたものか……」
突然の地震と、そのことについてあたかも予想通りのように振舞うリフルデリカに、鹿羽は状況を飲み込むことが出来なかった。
「ちょっと待て。何が起きているんだ? 分かっているなら説明してくれ」
「――――いや、これも根拠がある訳じゃない。けれど……、そうだね。ローグデリカが動いている可能性がある。ここで先手を打つことが出来れば、彼女と会うことが出来るかもしれないね」
「……っ! なら――――」
楓の体調不良はローグデリカという人物の仕業というのがリフルデリカの予想だった。
説得するにせよ脅迫するにせよ、とりあえずローグデリカと接触出来るのであれば、是が非でもそうしたいのが鹿羽の率直な意見だった。
しかしながら、そんな鹿羽とは対照的に、リフルデリカの態度は消極的なものだった。
「待っておくれ。そんなに簡単な話じゃないさ。彼女に会えば万事上手くいくという考えは捨てた方がいい。いずれにせよ、少なくない危険が伴うよ」
「今更だ。どうすればローグデリカに会える?」
しかしながら、多少の不安要素によって鹿羽の考えが変わることは無かった。
「……僕の予想では、さっきの振動は爆発によるものだ。きっと何かしらの目的を遂行する為に騒ぎを起こしたんだろうね。複雑な説明は省かせてもらうけれど、おそらく二か所に待ち伏せすれば彼女と接触することが出来るかもしれない。――――――――今、彼女と接触して、果たして大丈夫なのかは分からないけれど」
「二手に分かれれば問題は無いだろ」
「…………戦力の分散という点に目を瞑ればそうなんだけどさ」
リフルデリカはやや険しい表情でそう言った。
急に立ち入った会話を始めた鹿羽達に対して、近衛兵は自分達の仕事を遂行する為に口を開いた。
「――――申し訳ございませんが、その話は王女の救出の後にしてもらえませんでしょうか?」
「……いや、申し訳ありませんが重要な話なんです。もう少しお待ち頂けませんか?」
「その必要は無いよ。彼の目的地と君達の目的地は一緒だからね。ただ、多少は覚悟した方がいいかもしれないという話なだけで」
「ローグデリカが現れる場所と王女の監禁場所が一緒なら、もう一か所は何処なんだ? そこも潰さないといけないだろう」
「――――そうだね。そこはシルヴェスター氏に任せよう。――――<導きの渡り鳥/ナビゲーター>」
リフルデリカは魔法を唱えると、鳥のような形をした白い光が出現した。
白い光はリフルデリカの周りを素早く飛び回ると、S・サバイバー・シルヴェスターの元へと飛んでいき、そしてS・サバイバー・シルヴェスターの周りを飛び回った。
「シルヴェスター氏。“これ”についていけば目的地まで辿り着ける筈さ。――――これで良いんだろう?」
「……ああ。――――シルヴェスター。ローグデリカと接触するかもしれないそうだ。十分に気を付けてくれ」
「承知」
S・サバイバー・シルヴェスターは深く頷いた。
「――――それじゃあ僕達は王女救出、並びに彼女の待ち伏せに向かおうか」
「ちょ……、お待ち下さい。シルヴェスター殿は同行しないのですか?」
「不安に思うかもしれませんが、私も彼女も戦えます。ご安心下さい」
「そうだね。失望はさせないさ」
「さ、左様ですか……」
近衛兵は不安な表情を浮かべながら、そう言った。




