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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
四章
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【075】凍②


 一


「はあ……。はあ……。はあ……」

「その闘志、見事でござる。敵ながらあっぱれ」

「侮辱と受け取っておく……。はあ……」


 闘技大会、決勝トーナメント二回戦。

 今までの相手を全員一撃で終わらせていたS・サバイバー・シルヴェスターだったが、仮面の少女――アポロは巧みに攻撃をかわすことで、粘りを見せていた。


「むん!」

「ち――――っ」


 何度目か分からない、S・サバイバー・シルヴェスターの攻撃が繰り出された。

 仮面の少女――アポロはそれを回避するために、再び“影渡り”を発動させた。


(不味い……。魔力も余裕が無くなってきたな……)


 鮮血が舞った。

 それも何度目か分からない、S・サバイバー・シルヴェスターの首から出たものだった。


「……化け物め」

「これが拙者の真骨頂と言っても過言では無かろう」


 そして、僅かな出血の後、S・サバイバー・シルヴェスターの傷は何事もなかったかのように塞がっていた。


(本当に僅かだが、奴の回復する速度は落ちている……。このまま削り切るのが定石なんだろうが、このままでは私の魔力が先に底をつくだろうな……。一か八か、勝負に出るしかないだろう)


「無理をすれば今後に障るであろう。降参も、一つの選択肢ではござらぬか?」

「はっ! 笑わせてくれる。追い詰められているのは貴様の方だろう」

「戦うのであれば、何も言うことは無い」

「――――いい加減、本気を出さなければいけないようだ。私の全力をぶつけてやる」

「そうすると良い。しからば、後悔も無かろう」


 S・サバイバー・シルヴェスターが言い終えた瞬間、再び空気が震え始めた。

 試合直前と同様、空気の振動は仮面の少女――アポロを中心に発生しており、更に言えば、その震え方は試合直前のものとは比べ物にならないほど激しかった。


「――――<氷結/フリーズ>」

「……効かぬぞ。時間稼ぎにしかならぬ」

「十分だ。時間稼ぎが戦いにおいてどれだけ重要か、知らない訳ではあるまい」

「……」


 S・サバイバー・シルヴェスターは、自身の身体に纏わり付いた冷気を払った。

 そして、再び相手を見据える頃には、仮面の少女――アポロは次の魔法の準備を完了させていた。


「――――<氷瀑の滝/アイシクルフォール>!」


 巨大な氷の塊が、S・サバイバー・シルヴェスターの頭上に出現した。

 本来、広範囲に及ぶ攻撃から仲間を守る為の魔法であったが、その圧倒的な質量を持つ氷の塊は、純粋な暴力として落下を始めた。


「――――迅雷!」


 S・サバイバー・シルヴェスターは咄嗟の判断で、その巨大な氷の塊に真正面から剣を叩きつけた。


 氷の塊にひびが入った。

 やがてそのひびは広がっていき、その隙間を大きくさせて、バラバラになっていった。


 たった一度の斬撃によって、突如出現した氷の塊は完全に砕かれた。


「残念でござったな」

「十分だ。時間稼ぎには、な」

「……っ」


 巨大な魔法陣が浮かんでいた。

 その色は白く、神々しかった。

 魔法学を修めたものであれば誰でも分かる通り、その術式は光に属するものだった。


「――――私に信仰心など無い。かつて信じた神は、私に救いなどもたらさなかった」


 魔法陣の輝きが増していった。


「――――私は悟った。救いを与うのは神ではなく、己自身なのだと。これも私の努力の成果だろうよ」

「――――っ」


 巨大な氷の塊を砕いたS・サバイバー・シルヴェスターは、目の前の仮面の少女が発動させようとしている魔法を防ぐ為、急いで体勢を立て直した。


 しかしながら、間に合わなかった。


「怠慢な天上の神に灼かれろ!――――<月光/ルナレイ>!」


 光が、闘技場を満たした。

 あまりにも大きな熱量が、S・サバイバー・シルヴェスターの肉体を正確に捉えた。


「――――」

「――――――――はあ……。はあ……。はあ……」


 アポロは肩を激しく上下させながら、必死に空気を肺へと取り込んだ。


(久しぶりだな……。意識が朦朧とするほど魔力を消費したのは……)


 仮面の少女――アポロは、静かに両膝をついた。


 限界だった。

 “月光/ルナレイ”は間違いなく、今のアポロが出せる究極の魔法であり、事実、この魔法に耐えられた者は今までに一人もいなかった。


(……はは。やり過ぎたか? 確か、決勝トーナメントでの死亡者は蘇生の対象に入っていた筈だが――――――――)


 光が晴れた。


 そこには、頭から血を流したS・サバイバー・シルヴェスターが力強く立っていた。


「――――は?」

「見事。効いたでござる」

「待て……っ。最上級に位置する光の大魔法だぞ……っ? その程度の怪我で済むはずがない……っ」

「……拙者は魔法も剣も苦手でござるが、身体の丈夫さで言えば右に出る者はいないという自負があるでござる。並の者であれば、お主の勝ちであっただろう」

「く……っ」

「お主の探している御方でござるが、拙者の方から進言しておこう。本来許されぬことでござるが……。お主の強い意思に心を打たれたでござる」

「…………ちっ。――――――――審判。私はもう動けない。棄権する」


 うなだれたまま、仮面の少女――アポロはそう吐き捨てた。


 二


 ローグデリカ帝国、帝都ダルストンの、とある喫茶店にて。

 アポロとエルフの女性は、鹿羽達と向かい合うように席についていた。


「…………」

「…………」

「……………………えっと、君は彼を探していた、ということで良いんだろう? 用件を話してもらえないと、流石に僕らも対応に困るかな」

「…………そう、だな」


 リフルデリカの言葉に、仮面の少女――アポロは気まずい様子でそう頷いた。

 しかしながら、アポロは何を喋ったら良いのか分かりかねているようで、助け舟を出すように鹿羽自身が口を開いた。


「――――何か、冒険者ギルドで問題でもあったのか?」

「いや、そういう訳じゃないんだけどね。完全にアポロちゃんの個人的な意向というか希望というか……」

「変なことを喋るのは止めてくれ! 誤解を招くだろう!」

「ご、誤解なのかなあ……」


 アポロの強い言葉に、エルフの女性は押し黙った。


「――――お前は優秀な魔術師だ。だからこそ、力ある者としての責任を果たしてもらいたいだけだ」

「成程ね。そういう話か。彼が優秀な魔術師であることには異論は無いけれど、彼には彼の考えがあり、自由がある。君には表現の自由というものがあるのかもしれないけれど、責任という言葉の名の下に彼の行動を制限する資格は君には無いんじゃないかい?」

「……」

「ニームレス。よせ」

「んー。まあ、話は最後まで聞こうじゃないか。ただ、こういう話をする輩と関わって良かったと思えた“ためし”が無くてね。ごめんよ。話を続けておくれ」

「……私からはそれだけだ。お前の行動を制限するつもりはない」


 仮面の少女――アポロは、小さな声でそう言った。


(――――要するに、冒険者に戻れってことなのか? 楓の件も解決していないし、それに悪いことも沢山やってきたからな……)


 現在の鹿羽の最優先事項は、楓の回復だった。


 無論、多くの命を一方的な理由で奪い、それによって表舞台で活動することに負い目があるということもあったが、何より冒険者として活動する理由が鹿羽には存在しなかった。


「――――冒険者に戻れ、ということなら、悪いが断らせてもらう。やるべきことがあるからな」

「それは、大事なことなのか?」

「……そうだな。そうなる」

「…………そうか」

「あ、あのー。さっきこの方のことニームレスさんって呼んでいましたけど、貴方もニームレスだったような……」

「ああ、それを先に話すべきだったな。ニームレスは彼女の名前だ。色々事情があって俺もニームレスと名乗っていたんだが……。今はその必要もなくなった」

「という訳で、僕の名前がニームレスさ。はじめまして。そして宜しく頼むよ」

「それじゃあ、お前の本当の名前は……」

「……鹿羽、という名前だ。あまり馴染みは無いかもな」

「カバネ……」


 仮面の少女――アポロは、心の中でその名前を何度も繰り返した。


「――――今は統一国家ユーエスで役人の補佐みたいな仕事をしている。ローグデリカ帝国に来たのもその一環だ」

「意外としっかりした仕事をしているのね」

「……どうなんだろうな。やりがいは、あるかもしれないな」


 鹿羽はお茶を濁すようにそう言った。


「そういうことなら、私から言うことは何もない。お前の好きなように頑張れば良い」

「ああ。そうさせてもらう」

「あ、アポロちゃん……」

「――――それと、何か困ったことがあればギルド連合に相談すると良いだろう。金さえキチンと用意してくれれば、私が仕事を受けてやらんでもない」

「それは頼もしいな」

「…………セリリ、行くぞ。用は済んだ」

「うん……。あ、ありがとね。話を聞いてくれて」

「こちらこそ面倒な手間を取らせて申し訳なかった」

「セリリ。早くしてくれ」

「待ってよアポロちゃん」


 冒険者であるアポロとエルフの女性は、自分達の会計を済ませると足早に立ち去った。


 そんな二人の背中を眺めながら、リフルデリカは淡々とした様子で口を開いた。


「――――君、流れるように嘘をつくね。案外詐欺師に向いているんじゃないかい?」

「勘弁してくれ。間違ったことは言っていない」

「まあ、どうでも良いんだけどね。それじゃあ美味しいものでも食べて、宿に戻ろうか」

「……そうだな」


 三


「……アポロちゃん、あれで良かったの?」

「どういうことだ。アイツにはアイツの事情があるだろう。無理強いする訳にはいかない」

「そりゃあそうだけど……。それよりカバネ君とニームレスちゃんって凄く似ていたね。兄妹なのかな」

「……あの女は少し苦手だ。嫌な感じがする」

「まあ、口は達者だったね……」


 エルフの女性は苦笑交じりにそう言った。


(――――仮面を外していたな……。私と同じ境遇ではなかった、か……)


「アポロちゃん。これからどうするの?」

「……朝一でギルド連合に戻る。それから考える」

「そう……」


(――――想像していた顔とは少し違っていたが、悪くなかったな。あれはあれで、良いかもしれない)


「あ、アポロちゃん。宿はコッチだけど」

「……」


(統一国家ユーエスの役人の補佐か。具体的にもっと聞いておけば良かったかもしれないな――――)


「あ、アポロちゃん!」

「んぎゃ!」


 上の空で歩いていた仮面の少女――アポロは勢いよく壁に頭をぶつけた。


「く……っ。もっと早く教えてくれ……」

「普通壁に頭なんてぶつけないよアポロちゃん……」


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