【073】予選②
一
場所はローグデリカ帝国、帝都ダルストン。
現在、当帝都では毎年恒例の闘技大会が開催されており、国内の住民のみならず、国外からの観光客も加わって大きな賑わいを見せていた。
そして、闘技大会は四日間にも及ぶ一次予選が終了し、決勝トーナメントへの進出を賭けた二次予選が始まろうとしていた。
「二試合目は誰が勝つかにゃー?」
「ほら、一日目に凄い奴いただろ。無傷で周りの奴をバッタバッタ倒した奴」
「あー! あのイケメンのおじさまねー! やったー!」
「……せめて、彼氏の前でそんなこと言わないでくれよ」
「頑張れー! シルヴェスター様ー!」
観客による黄色い声援に反応することなく、S・サバイバー・シルヴェスターは昇降機に運ばれる形で闘技場に姿を見せた。
同様に、それぞれ異なる昇降機によって、他の参加者も次々と闘技場に入場した。
帝都ダルストン名物、闘技大会、二次予選。
その内容は一次予選とは打って変わって、隠れる場所も何もない中、五人が一人になるまで戦い続けるデスマッチだった。
多くの観客に見守られる中、試合が始まろうとしていた。
二
「――――――――どんだけ買って来たんだよ……」
「ほへへほひひにほほはへはいひょうにひほふへ」
「キチンと飲み込んでから喋れ」
「――――んぐ。これでも君に怒られないように気を付けたんだけどね。それに、食べたところで害がある訳でもないし、美味しいから君もどうだい?」
「どうせ全部辛い奴だろ?」
「辛いことは事実だけれども、美味しいよ?」
「いい。いらん」
「ふむ……。僕の時代では、香辛料をふんだんに使った料理は高価だったんだけどね。要らないなら、ありがたく全部頂くよ」
「……お腹壊さないのか? 素直に疑問なんだが」
「愚問だね。胃腸に届く前に分解して吸収しているよ。どんな毒も、僕には効かない」
「毒って言っちゃってるじゃねえか」
鹿羽の発言を意に介することなく、リフルデリカは赤い串焼き肉を口へと運んだ。
三
(――――ある程度の研鑽は積んだのであろうが、まだまだでござるな)
S・サバイバー・シルヴェスターは視界に映る四人を見て、心の中でそう呟いた。
四人は全員、それぞれの武器を構え、緊張した面持ちで試合開始の合図を待っていたが、S・サバイバー・シルヴェスターだけはリラックスした様子で立っていた。
S・サバイバー・シルヴェスターにとって、集中しなければいけないような強者は、少なくともこの四人の中にはいなかった。
試合開始を告げる鐘の音が響き渡った。
その瞬間、S・サバイバー・シルヴェスターから最も遠い位置にいた女戦士が手斧を投擲した。
放たれた手斧はS・サバイバー・シルヴェスターを正確に狙っていた。
「――――ち、やっぱり化け物か」
「見事。拙者には通用しないとはいえ、中々のものでござる」
S・サバイバー・シルヴェスターに手には、一丁の手斧が握られていた。
回転し、少なくない質量と威力を以って対象を破壊する筈の投擲は、S・サバイバー・シルヴェスターの右手によって易々と受け止められていた。
「が――――っ」
「全員で来れば、望みはあろう。無論、負けるつもりはないでござるが」
S・サバイバー・シルヴェスターは手斧を投げ返すと、取っ手の部分が女戦士の頭部へと命中し、女戦士はそのまま意識を手放した。
運が良かったのか、それともS・サバイバー・シルヴェスターが意図的にやったのかは不明だったが、持ち手の部分が女戦士の頭に命中した為に、中身が盛大に飛び出すことはなかった。
「うおおおおおおおおお!!!!!」
女戦士が地面に倒れこむ音と共に、他の二人がS・サバイバー・シルヴェスターへと殺到した。
二人の間に仲間意識や友情などは欠片も存在しなかったが、S・サバイバー・シルヴェスターを倒さなければ勝ち残れないという点では、二人の考えは一致していた。
「……」
「ぐは――――っ!?」
「……」
「――――っ」
しかしながら、協力したからといって通用するかどうかは別の話だった。
突き出された盾によって一人は向こうの壁まで吹き飛ばされ、間髪置かずに繰り出された手刀はもう一人の脳を揺らした。
そして、そのまま地に伏した二人が試合中に立ち上がることは無かった。
「――――あと、一人」
「ま、待った!」
「待たぬ。戦場でそのような戯れ言が通用すると思うな」
「棄権します! 審判! 棄権!」
「……」
試合終了を告げる鐘の音が、響き渡った。
四
場所はローグデリカ帝国。
帝都ダルストンにある闘技場の控え室にて。
「――――おい。待て」
仮面を身に着けた少女――アポロは、徒歩でこの場から立ち去ろうとしたS・サバイバー・シルヴェスターに声を掛けた。
「……」
しかしながら、S・サバイバー・シルヴェスターは足を止めることをしなかった。
「ち……。お前だ。シルヴェスター。待てと言っている」
名前を呼ばれ、ようやくS・サバイバー・シルヴェスターは歩みを止めた。
「……急いでいる故、御免」
「冒険者を辞めて、やることが腕試しか? 他の仲間はどうした」
S・サバイバー・シルヴェスターは、鹿羽、楓と共に冒険者として活動していた過去があった。
そして、仮面の少女――アポロは、そんな鹿羽達の先輩として、共に活動した過去があった。
二人はお互いに仮面で素顔を知らなかったが、お互いに知己であることに気が付いていた。
「…………話すことは無いでござる」
「ほう。元々無口な奴だったと記憶しているが、面と向かって口を開いても“それ”か。笑わせてくれる」
「用が無いのであれば、御免」
「待て。ニームレスは何処だ。私はそいつに用がある」
「……御免」
S・サバイバー・シルヴェスターは、立ち塞がるアポロを避けて強引に立ち去ろうとした。
瞬間、仮面の少女――アポロは魔力を集中させ、害意を感じ取ったS・サバイバー・シルヴェスターは剣に手を掛けた。
「――――――――多少は動けるみたいだな」
「……後日、縁があれば戦うこともあろう。万が一、拙者に勝つことがあれば、お主の用を聞くとしよう」
「…………良いだろう。手加減はしない」
「それが良かろう」
S・サバイバー・シルヴェスターはそう言い残すと、足早にこの場から立ち去った。




