【072】予選①
一
帝都ダルストン名物、闘技大会。
四十年以上の歴史を持つこの闘技大会であるが、丁度十年前に、二年に及ぶ大規模な建設工事を経て完成した新設の闘技場によって、この闘技大会の人気は更に過熱していた。
ボタン一つで、その内部構造を大きく変形させる可変式の闘技場では、迷路の中生き残りをかけて戦うサバイバル、そして隠れる場所も何もない中でのデスマッチの両方を、この一つの会場で行うことを可能にしていた。
「――――該当する選手の方は、指定された場所までお進み下さい」
係員の誘導の下、一人の戦士が指定の場所に移動した。
その戦士の名は、S・サバイバー・シルヴェスター。
不精に伸ばされた髪や髭は、所々で色素が抜けてしまっており、彼が決して若くないことを示していた。
突如、S・サバイバー・シルヴェスターが立っていた足場が、簡易的なエレベーターのように浮上していった。
そしてそのまま、S・サバイバー・シルヴェスターは金属の壁によって囲まれた迷路のような場所に到着していた。
(――――気配を消せるほどの強者はいない、か。無論、演技である可能性もあろうが、わざわざ演じる必要も無かろう)
S・サバイバー・シルヴェスターが臨むのは、闘技大会一次予選。
その内容は、迷路の中、三十人が五人になるまで戦い続ける、いわゆるサバイバルだった。
S・サバイバー・シルヴェスターは、この闘技場の中に、自分を含めた計三十人が確かにいることを僅かな気配から感じ取っていた。
(――――メイプル様。拙者は、貴女様の為に戦い抜くことを誓うでござる)
S・サバイバー・シルヴェスターは、自身が身に着けている片手剣と盾を、更に強く握り締めた。
(貴女様が、貴女様が愛する御方と結ばれる未来の為に、拙者は――――――――)
試合開始を告げる鐘の音が、歓声の中でも掻き消されることなく響き渡った。
二
闘技大会の参加者が定位置へと移動している間、鹿羽とリフルデリカの二人は観客席で会話を交わしていた。
「――――自由参加ならこんなものか。少なくとも、彼がこの戦いで敗北するということは無いだろうね」
「そうか? まあ、負けてもらったら困るんだが……」
「……? 見た通りだろう? 皆、戦いに慣れている様子も無い。虚勢はあるのかもしれないけれど、実体が伴ってないよ。遠距離で戦える魔術師でも無さそうだし」
「そりゃあ、魔術師では無さそうだが……。見た目だけじゃ、強いかどうかなんて分からないだろ」
「ふむ……。いずれ、君にも分かる日が来ると思うけどね」
リフルデリカは考え込むような素振りを見せながら、そう呟いた。
三
「く、恨むなよ……?」
「……」
剣を構える男の前には、S・サバイバー・シルヴェスターが立っていた。
男は剣を強く握り締め、険しい目つきでS・サバイバー・シルヴェスターを睨みつけるが、一方、S・サバイバー・シルヴェスターの身体には力が入っていなかった。
「来るならば、来い。来ないというのなら、拙者から行こう」
「ち……っ。うおおおおおおおおお!!!!!」
男は叫び声を上げながら、S・サバイバー・シルヴェスターへと肉薄した。
そして、その手に握り締めた鉄剣を振るった。
「……」
対するS・サバイバー・シルヴェスターは、動かなかった。
剣や盾をぶら下げたS・サバイバー・シルヴェスターに、その刃が届こうとした瞬間。
「――――――――迅雷」
小さな呟きと共に、S・サバイバー・シルヴェスターの握り締めていた盾が、男を大きく吹き飛ばした。
「が――――っ」
「先ずは、一人」
そしてそのまま、吹き飛ばされた男は意識を手放した。
その様子を上から見ていた観客達から、大きな歓声が上がった。
しかしながら、S・サバイバー・シルヴェスターは歓声を聞いても無表情のままだった。
一撃で決着をつけたS・サバイバー・シルヴェスターだったが、そんな彼を後ろから睨みつける別の男がいた。
その男は、静かにクロスボウのような物を構えた。
そして、音を立てないように気を付けながら、金属製の弾丸をS・サバイバー・シルヴェスターの背中へと発射した。
「――――――――見えている。愚か者め」
「ぐは……っ!?」
S・サバイバー・シルヴェスターは振り返ることなく弾丸を打ち返し、弾丸を発射した男に命中させた。
そしてそのまま、その男も意識を手放した。
「――――これで、二人」
再び、大きな歓声が上がった。
四
S・サバイバー・シルヴェスターが参加していた試合は、予定通り、S・サバイバー・シルヴェスターを含めた五人だけが生き残り、無事に終了した。
十六人を撃破するという前代未聞の記録を打ち立てたS・サバイバー・シルヴェスターは、ニュースに困らない帝都ダルストンにおいても話題となっていた。
「――――圧倒的だったな」
「今日の参加者に、少なくとも彼を倒せそうな人はいなかったね。ふふ」
「……やけに上機嫌だな。何か良いことでもあったか?」
「誰が一番多くの敵を倒すかを予想する賭け事があったんだけれど、僕は、彼が勝つことを知っていたからね。全財産を投入して、大勝ちしたのさ」
「お前……。凄いな……。外れたらどうするんだよ」
「元々貰ったお金だし、無くなったら無くなったで、また誰かから貰うことにするよ。研究資金って言えば、シャーロットクララ氏は再び支給してくれるんじゃないかな?」
「他人から騙し取ったお金でギャンブルするんじゃねえよ……」
鹿羽は呆れた様子で、そう呟いた。
「――――カバネ様。只今、帰還したでござる」
「お疲れだったな。少し物足りなかったか?」
「相手が誰であろうと、任務を遂行するのみ。問題は無かったでござる」
「……そうか」
帝都ダルストン名物、闘技大会。
S・サバイバー・シルヴェスター、一次予選通過。




