【071】春の夢
一
とある、宿の一室と思われる場所にて。
「なあ……。良いだろ……?」
「な、や……、やめろ……。こ、こんなこと……」
仮面を付けた少年が、同じく仮面を身に着けた少女――アポロに迫っていた。
「君のことが好きなんだ。君のことをもっと知りたい。そんな仮面なんかで素顔を隠さないでくれ」
「……っ。これが無かったら……。お前は、きっと失望する……。お前にだけは……、知られたくない……」
「失望なんかしないさ。俺は……、君のその心に惹かれたんだよ。お願いだ。本当の君を、俺に見せてくれ」
「に、ニームレス…………」
仮面の少女――アポロは、怯えるように、しかしながら、愛おしそうに目の前の少年の名前を口にした。
「――――や、約束してくれ。私の素顔を見ても、決して私を拒絶しない、と……。お前に嫌われてしまったら、私は……」
「ああ。約束する。絶対に君を拒絶なんかしない。だから――――」
意を決したように、仮面の少女――アポロは、自身の仮面に手を掛けた。
そして、そのまま、ゆっくりと、仮面を顔から外した。
「――――綺麗だよ。アポロ」
「き、き、き、綺麗っ!? お、お前は、私が何なのか分かっているのか!?」
「何がおかしいんだ? アポロは綺麗だよ。俺には勿体無いくらいだ」
「そ、そんなこと――――」
仮面を外した少女――アポロは、赤面しながら顔を背けた。
「――――――――忌み嫌われている混血の私を、お、お前は……、受け入れてくれるというのか?」
「アポロ……」
「答えてくれ……。言葉にしてくれないと……、私には分からない……」
「言った筈だ。お前のその心に、俺は惹かれたんだ――――」
「ニームレス……」
ニームレスと呼ばれた少年は、仮面を外した少女――アポロを強く抱きしめた。
そしてそのまま、近くにあったベッドに二人は倒れこんだ。
「な、な……」
「アポロ……。俺を、俺を受け入れてくれ……」
「そ、そんな……」
「アポロ……」
「あ、あわわ……」
少年は、少女の耳元で囁いた。
(いや、嬉しいけど! 嬉しんだけれども! 展開が早過ぎるというか! そもそも彼の素顔を私は知らな――――――――)
少年に押し倒された形で、仮面の少女――アポロは上手く身動きが取れなかった。
そして、この急激な状況の変化により、アポロ自身の脳味噌は高速回転を始めていた。
そして少女は、夢から覚めた。
「――――――――は?」
「んにゃ……。アポロちゃん……、起きるの早いね……」
「ゆ、夢……?」
「良い夢見れた……? 怖い夢見たなら……、昔みたいに私が抱っこしてあげ……、むにゃ」
「ああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「うわああっ!? ど、どったのアポロちゃん!?」
「私は! 何という夢を見たんだ! くそ! くそ!」
「お、落ち着いてアポロちゃん! そんなにうるさくしたら他のお客さんに迷惑だから!」
頭を抱えて叫び声を上げる仮面の少女――アポロを前に、エルフの女性は宥めるようにそう言った。
「く……。何という羞恥……。死にたい……」
「ど、どんな夢を見たの……?」
「言う訳ないだろ馬鹿……」
「アポロちゃんをここまで悶えさせる夢って何……?」
(だ、第一! 私は! 彼を優秀な魔術師の卵だと認めているだけで! 好きだとか! 受け入れるとか受け入れないだとか! そういう感情は一切――――っ!)
「……あうう」
「所詮、夢だからね? 気にしない気にしない……」
(――――だが、咄嗟に私を助けたあいつが、本当の私を受け入れてくれることはありえるんだろうか……? で、でも、私を庇ったあいつなら……。もしかしたら――――――――)
仮面の少女――アポロはギルド連合に所属する冒険者だった。
友人であり、同業者であるエルフの女性と共に、彼女は帝都ダルストンを訪れていた。
二
場所はローグデリカ帝国、帝都ダルストン。
「シルヴェスター様、で間違いございませんね?」
「然り」
「では、こちらの予定表に従って、時間までに指定の場所に向かって下さい。遅刻は問答無用で失格、参加費用の返金も受け付けておりませんので、ご了承下さい」
「承知」
「――――登録致しました。ご武運を」
「……」
S・サバイバー・シルヴェスターは、闘技大会の参加受付を担当している女性から予定表を受け取ると、静かに頭を下げた。
「――――飛び入り参加も出来るんだな。これで優勝出来れば、王様と話が出来る、と……」
「まあ、僕と君には遠く及ばないとはいえ、彼なら優勝は簡単なんじゃないかな。弱くは無いみたいだしね」
「……必ず、結果を出して見せるでござる」
「ああ。そうしてくれ」
期待が込められた鹿羽の言葉に、S・サバイバー・シルヴェスターは深く頷いた。
「さて、僕と君は見守ることしか出来ない訳だから、どこか遊びにでも行こうか」
「試合はもうすぐ始まるぞ。待機だ待機」
「そうかい」
リフルデリカは淡々とした様子でそう言った。
鹿羽達はローグデリカに関する情報を集める為に、ローグデリカ帝国の王家との接触を次の目標に位置付けていた。
図書館で出会った男性によると、もうすぐ開催されるという闘技大会で優勝を果たすと、ローグデリカ帝国の王と謁見が出来るということなので、鹿羽達は急遽闘技大会に参加することに決めていた。
しかしながら、鹿羽とリフルデリカの二人は闘技大会への参加を見送っていた。
(――――流石に政務官の立場で大会に出場するのは不味いだろうし、リフルデリカなんてどんなトラブルを引き起こすか分からないからな……。S・サバイバー。頼むぞ……)
そんな鹿羽の視界に、見覚えのある人物達の姿が映った。
(――――あの二人……、もしかして……)
鹿羽が冒険者活動の一環として参加した、迷宮攻略にて同行した先輩冒険者の姿が、鹿羽の視界に映りこんでいた。
「どうしたんだい?」
「顔見知りだ。行くぞ」
「……案外、君も人付き合い悪いよね。僕とおんなじでさ」
鹿羽はリフルデリカとS・サバイバー・シルヴェスターを連れて、静かにこの場から立ち去った。
三
「――――アポロちゃん。本当に参加するの?」
「路銀になるなら損は無いだろう。それに、かなり大きな大会だ。もしかしたら、ニームレスもここに来ているかもしれない」
「アポロちゃんが一人の男を追いかけて、ローグデリカ帝国にまで来るなんて……」
「ばっ!? 馬鹿を言うな! あいつを探しているのはそんなんじゃない! 優秀な魔術師としての素質を持ったあいつに! 責任と自覚を持ってもらいたいだけだ!」
「素直に会いたいって言えばいいのに……」
エルフの女性は呆れた様子でそう呟いた。




