【070】国立図書館
一
場所はローグデリカ帝国内、帝都ダルストンにある国立図書館。
楓の体調不良の原因かもしれないとリフルデリカが言及した、ローグデリカという人物について調べる為に、鹿羽達はこの国立図書館でローグデリカに関する資料を読み漁っていた。
(目次くらいつけてくれよ……。時間がかかるったらありゃしない)
鹿羽は辞書を片手に色褪せた資料と格闘しながら、心の中でそう吐き捨てた。
鹿羽はこの地域の、ひいてはこの世界の文字を読めなかった。
どういう訳か、話し言葉は現地の人にも通じる為に、普段のコミュニケーションの中で特別困ることはなかったものの、それでも文字が読めないというのは、鹿羽にとっても決して喜ばしい状況ではなかった。
現在、鹿羽は日々の努力のおかげで簡単な読み書きは出来るようになっていたが、それでも格式の高い文章をスムーズに理解するほどの技量はまだ持ち合わせていなかった。
要するに、C・クリエイター・シャーロットクララが特別に用意した辞書を使わずに読むことが出来ない為に、一つ一つの資料を読むのに多くの時間がかかっていた。
(こいつには“ローグデリカ”に関する記述は無し、と……。はあ……)
鹿羽は手元にある資料を、読み終えた資料の束の上にそのまま重ねるように置いた。
「――――お隣失礼するよ。中々に面白そうな本があってね。折角だから読むことにしたんだ」
「……お前って、もしかして文字読めるの?」
「文字が読めないのに、どうやって本を読むんだい? 望んで習得した訳ではないけれど、更なる知識を身に着ける為に言語の勉強はしたさ」
リフルデリカは、胸を張って誇らしげにそう言った。
「早く言ってくれよ。俺もS・サバイバーも、読むのはあまり得意じゃないんだ。お前がちゃちゃっと読んでくれたら、直ぐに終わる」
「そういうことなら協力するよ。どれを読んで欲しいんだい?」
「先ずはこれだな。ローグデリカに関する記述があったら、詳しく読んで欲しいんだが……」
「ふむ…………」
リフルデリカは、鹿羽から差し出された資料を受け取ると、その内容を睨みつけるように凝視した。
「――――成程ね」
「あったか?」
「僕は古代文字しか読めないからね。このような形式の言語を目にした記憶はあるんだけど、残念ながらこの資料を読み解くことは中々に難しいみたいだ」
「……少しでも期待した五秒前の自分を殴ってやりたい」
「当時、魔法の教本を理解するには古代文字の勉強だけで事足りたからね。いわゆる大衆向けの本には全く興味が無かったし、僕も真面目な人間ではなかったからね。――――この本なら読んであげられるんだけど」
「……一応聞いておくが、何が書いてあるんだ?」
「“世界の香辛料、完全版”って書いてあるよ」
「何しに来たんだよお前ェ……」
鹿羽は深い溜め息をついた。
「――――まあ、自分達だけで解決出来ないのであれば、他の人を頼れば良いと思うけどね。大人しく、文字が読める人に訊いてみたらどうだい?」
「いや、まあ……、そうだな……」
「君って、案外消極的なんだね。赤の他人なんて、利用して初めて役立つというのに。――――――――おーい。少し良いかい?」
リフルデリカは突然、近くにいた男性に声を掛けた。
「……私でしょうか?」
「急に話しかけて悪いね。僕らはローグデリカに関する情報を探しているんだけれども、実は、彼も僕も文字を読むのがあまり得意では無いんだ。もし時間があるのなら、少しだけ僕らのことを助けて欲しいんだけれど」
「ローグデリカ、ですか……。この国の由来となっている、かの覇道の魔女のことで合っていますか?」
「そうそう。覇道の魔女ローグデリカのことさ。知っていることがあれば、是非、教えてくれると嬉しい」
「私の専門は哲学ですが……。――――分かりました。私で良ければ、協力しましょう」
「助かるよ」
「確か、丁度この辺りに……。ありました。こちらの資料には、かの覇道の魔女に関する記録が多く記されていた筈です。一緒に確認してみましょう」
男性はそう言うと、本棚から取り出した分厚い資料を机に置いた。
「――――ありがとうございます。自分達では、どうにも時間がかかってしまって……」
「いえいえ。実は研究の傍ら、学校で教師もしているのですが、生徒達はあまり学習意欲が無いみたいで……。こうやって、先人達が頑張って書き残した歴史に興味を持ってもらえて、少しだけ嬉しいんですよ」
「先生、なんですか」
「そうですね。中々上手くいかないことが多いですが……」
鹿羽とのやり取りに、男性は苦笑しながらそう呟いた。
「すみません。私の個人的な話になってしまいました。ローグデリカに関する情報ということでしたが、具体的に何を知りたいのでしょうか?」
「簡単な話さ。今、彼女が何処にいて、何をしているのか知りたいだけさ」
「何処にいて、何をしている、ですか…………」
男性は困惑した様子で、リフルデリカの言葉を繰り返した。
「――――彼女は、ローグデリカ帝国が成立する前の、いわば歴史上の人物だと思います。今、生きているかどうかは……」
「そうだね。彼女が生きているかどうかは、僕も疑わしいとは思っているよ。しかしながら、生きていてもおかしくない状況ではあるんだ。長い歴史の中で、彼女が一体何をして、どのように消えていったのか知りたいだけさ」
「そ、そうですか……。――――――――ローグデリカは、傭兵の長として名を上げたとされています。その後、彼女を慕う者達が、この場所でローグデリカ帝国を建国したとされていますが……」
「彼女がどのような最期を迎えたのか分かるかい? 最期というよりかは、最後に彼女が歴史の表舞台に姿を見せたのは――――」
「――――載っていませんね。そもそもこの時代の記録があまり残っていないということもございますが、ローグデリカ帝国成立時には、既に姿を消していたようです」
「…………その後で、彼女が現れた記録は残っていないのかい?」
「はい。記録は残っていないかと……」
「成程ね」
リフルデリカは特に感情を表に出すことなく、そう呟いた。
「――――お手上げみたいだ。打つ手なし、みたいだね」
「すみません。失礼な奴で……。親切に教えてくれてありがとうございます」
「いえ、こちらこそお力になれなかったようで、申し訳ない」
「そうだね。仕方の無いことさ」
「……本当にすみません」
「あはは……」
鹿羽は申し訳なさそうに頭を下げ、対する男性は再び苦笑した。
「――――これからどうするんだい? 図書館にはもう、彼女に関する手掛かりは無さそうだけれども」
「そうだな……。色んな人から話を聞く、ということも考えていたんだが……」
「――――あまり、こういうことを教えるべきではないのかもしれませんが……。ローグデリカ帝国の王家ならば、図書館には無い情報を把握しているかもしれませんね」
「王家、ですか」
「あくまで可能性の話ですので……。それに、そもそも一般の方が王家と接触することは出来ませんので、仮に何か知っていたとしても、それを確かめることは出来ませんね……」
「不本意だけど、マリア氏に相談したら何とかなるかもね」
「目立つことは避けたい。とは言え、何とかして確かめられると良いんだが……」
「――――――――丁度、明日から始まる闘技大会で優勝出来れば、王との謁見が可能ですが……。それは……、流石に不可能な話ですし……」
「……ちょっと待って下さい。今、何と?」
「と、闘技大会のことでしょうか?」
鹿羽達の次の目的地が確定した。




