【007】NPC②
一
場所は鹿羽達のギルド拠点内部、玉座の間。
吸い込まれそうなほどに高い天井は、照明の光さえも吸収し、良く見えなかった。
一方、鹿羽達のいる地面付近は、数々の巨大なシャンデリアによって鮮明に照らされていた。
無論、留め具の無い、勿論支えるものすら存在しない巨大なシャンデリアがふわふわと浮いている様子は、些か異様であったが。
鹿羽、楓、麻理亜の三人が立っている玉座付近は、周りより数段高くなっていた。
上から見下ろす形で、鹿羽はL・ラバー・ラウラリーネットを見据えていた。
「S・サバイバー・シルヴェスターを呼んで参りましタ。扉の前で待機させていマス」
「……見る限り、どんな様子だ? 問題は無さそうか?」
「特に不審な様子はありませン。問題は無いカト」
「そうか。なら、ここに呼んでくれ」
「畏まりましタ」
L・ラバー・ラウラリーネットは了承すると、玉座の反対側にある巨大な扉に手を掛けた。
そして、息を大きく吸い込み、口を開いた。
「心セヨ、S・サバイバー・シルヴェスター。御方々の前デハ、如何なる無礼も万死に値すると知レ」
L・ラバー・ラウラリーネットの凍り付くような声が響いた。
そして、扉は開かれた。
「S・サバイバー・シルヴェスター。召喚に応じ、参上した」
男性特有の低い声が響いた。
長身の男だった。
その眼光は鋭く、鍛え上げられた肉体は鋼を彷彿とさせた。
しかしながら、無精に伸びた髪や髭は白が目立ち、男が若くないことが如実に窺えた。
S・サバイバー・シルヴェスター。
ギルドに所属するNPCの一人。
楓が創造した、“生き残り戦い続けること”に特化した戦士の姿がそこにあった。
二
「質問したいことがある。良いか?」
「無論」
「S・サバイバー、お前は……、味方か?」
「……質問の意図が理解出来ないでござる。拙者が皆様の剣であり盾であることはもはや自明――――」
「――質問には簡潔に答えロ。御方々の前で言葉遊びでもするつもりカ?」
再び、L・ラバー・ラウラリーネットの凍り付くような声が、S・サバイバー・シルヴェスターに投げかけられた。
心なしか、この場の緊張が更に張り詰めたような気がした。
「ラウラちゃん。私達は大丈夫だから、ね?」
「……失礼致しましタ」
麻理亜は、優しげな声色でL・ラバー・ラウラリーネットを宥めた。
対するS・サバイバー・シルヴェスターは、L・ラバー・ラウラリーネットの言葉を否定するかのように弁明した。
「拙者は味方でござる。裏切りなど、ありえませぬ」
「……麻理亜」
「嘘には聞こえないかなー。私も質問良い?」
「無論」
「シルヴェスター……、そうね、シルバ君にとって一番大切なものってなーに?」
麻理亜は気楽な様子のまま、そう質問を投げ掛けた。
S・サバイバー・シルヴェスターは一瞬、答えに詰まったような様子を見せたが、直ぐに口を開いた。
「……無論、御方々こそが、拙者にとって代えがたいものであると――――」
「んー? それって本当かなー?」
麻理亜は無邪気な表情を浮かべながら、S・サバイバー・シルヴェスターを見据えた。
それは、何かを見透かすような視線だった。
「どういうことだ麻理亜」
「だから、嘘とまでは言えないけど正確な事実なのかどうかは疑わしいってこと。何となく察するにー、例えばー、私達三人の中で優先順位があるとか?」
「……」
S・サバイバー・シルヴェスターは目を逸らさずに、ただ黙っていた。
「……詳しく訊くべきだろうか」
「知らなーい。どっちでも良いんじゃないかなー」
麻理亜はこの張り詰めた雰囲気を気にする様子を見せずに、気楽な様子でそう言った。
「S・サバイバー。先の言葉に嘘が混じっているか?」
「ふふ。“嘘ではない”けどねー。“一番”大切なものって聞いたから、一瞬考えちゃったんだろうねー」
麻理亜は、鹿羽の質問を補足するように付け加えながら、ケタケタと笑った。
S・サバイバー・シルヴェスターは冷や汗を垂らしながら、観念したように口を開いた。
「……拙者が最も代えがたいと考えているのは、メイプル様のことでござる」
「わ、我であるか?」
「御方々に対する忠誠には一点の曇りもありませぬ。しかしながら、拙者の創造主であるメイプル様に対しては、より一層の忠義を尽くしたいと考えていることは、否定出来ない事実でござる」
「……これは本当のことみたいだねー」
うんうん、と麻理亜は頷いた。
対照的に、L・ラバー・ラウラリーネットの目は鋭くS・サバイバー・シルヴェスターを捉えた。
「S・サバイバー・シルヴェスター。貴様は自分の言っていることが理解出来ているのデスカ?」
「誤解しないで頂きたいでござる。御方々に対する忠誠には一点の曇りも無い。それゆえ、拙者が御方々を裏切ることなど、未来永劫ありえぬ」
S・サバイバー・シルヴェスターは強い口調でそう断言した。
「シルバ君のことを踏まえると……。私がデザインしたラウラちゃんはー、私のことを特別扱いしてくれるのかなー?」
「マリー様が私の創造主であることは承知しておりマス。しかしながら、御方々に優先順位を付けるナドト……」
L・ラバー・ラウラリーネットの返答に対し、麻理亜は考え込むような仕草を見せた。
「まー、いずれにせよ創造主の影響があるのは間違いなさそうだね。それが致命的な事態をもたらすかどうかは分からないけど」
「拙者は決して……」
「大丈夫。楓ちゃんの味方なら、貴方は私達の味方。疑ってなんかないよ? ほら、楓ちゃんも言ってあげて?」
「む、そうであるな……」
楓は咳払いをし、S・サバイバー・シルヴェスターを見据えた。
「シルヴェスターよ。其方が我の忠誠を誓うと言うなら、我が友にも“力”を貸して欲しい。出来るか?」
「……無論でござる。メイプル様」
S・サバイバー・シルヴェスターは固く拳を握り、そして自分の胸に当てると、静かに頭を垂れた。
「まー、シルバ君が裏切るとは考えにくいかな。彼は味方だね」
「そうか」
鹿羽は心の内で、ホッと息をついた。
鹿羽自身が人見知りというのもあったが、やはり他人と対面して、その中で味方かどうか聞き出すのは、鹿羽にとって神経が磨り減る作業だった。
「鹿羽君、ちょっぴりお疲れ?」
「いや、大丈夫だ。続けるぞ。――――L・ラバー。次はE・イーターを呼んでくれ」
「畏まりましタ」
三
「心セヨ、E・イーター・エラエノーラ。御方々の前デハ、如何なる無礼も万死に値すると知レ」
「ふわ……、無礼……? 私、失礼なこと、しない、よ?」
E・イーター・エラエノーラと呼ばれた女性は、ゆっくりとそう言った。
どこか抜けた雰囲気を漂わせる、不思議な女性だった。
「E・イーター。君に訊きたいことがある」
「はい、カバネ様。何でも、どうぞ」
「……君は、我々の味方か?」
「ふわ……、味方……? 私は、みんなの味方、です」
「そのみんなが一体誰なのか、具体的に教えてくれると助かる」
「え、えっと……。カバネ様と、メイプル様と、マリー様と……、あと……、グーラちゃん、シャーちゃん、ラウラちゃん、バレットちゃん、アダム、シルバ、テレンもだから……」
「エラちゃんはー、ギルドのみんなの味方って訳ね?」
「そう、です、はい」
麻理亜の言葉に、E・イーター・エラエノーラは納得したように頷いた。
「麻理亜。どうだ?」
「そうねー。ビックリするぐらい素直で良い子に見えるけど……。ちっちゃい頃の楓ちゃんみたい」
「え、我あんな感じだったの……?」
「E・イーターも“白”か」
「そもそも“黒”がいるのかどうかも分からないけどねー」
軽くショックを受ける楓を横に、麻理亜はニコニコと笑っていた。
「――――E・イーター。念の為に訊いておくが、ギルドメンバーで不審な奴はいなかったか?」
「ふわ……、不審……? いないと、思う、けど」
「そうか。なら良い。急に呼び出して悪かった」
「……? 私は、お喋り、好き」
「……そうか」
E・イーター・エラエノーラは僅かに首を傾けながら、静かに微笑んだ。
「L・ラバー。次は、A・アクターを呼んでくれ」
「畏まりましタ」
四
「――――これはこれは。ミス・マリー、ミス・メイプル、そしてミスター・カバネ。皆様お揃いで……。わたくし、A・アクター・アダムマンに何か御用ですか?」
一人の“少女”は物怖じした様子を見せずに、むしろある種の愉快さを感じさせる口調で鹿羽達に挨拶をした。
“少女”の一つ一つの動作は堂々としており、まるで舞台で踊る若い女優のようだった。
「……A・アクター・アダムマン。御方々の前で、そのような無礼が許されると思っているのデスカ?」
L・ラバー・ラウラリーネットの凍り付くような声が、一人の“少女”に向けられた。
対する“少女”は気にする様子を見せず、むしろ笑みを浮かべた。
「無礼……? ミスター・カバネがわたくしの為だけに用意したこの肉体を、ミス・ラウラリーネットは無礼だと断ずるのですか?」
「鹿羽殿……。かの少女は一体……? アダムマンは男ではなかったのか?」
「……A・アクター。本来の姿に戻れ」
「おや、あえてコチラの肉体を選んだのですが……、お気に召されなかったようだ」
少女は残念そうにそう言った。
瞬間、“少女”の身体は潰された粘土のように変形し、極彩色の塊へと姿を変えた。
熱によって柔らかくなった飴のような“それ”は混ざり合うように蠢くと、再び人型へと形を成していった。
「――――まあ、好青年であるわたくしも、悪くは無いですが」
やがて“少女”は、手足の伸び切った青年へと変貌を遂げた。
A・アクター・アダムマン。
自身の見た目や能力を自由自在に変化させる力を持つ、鹿羽が創造したNPCだった。
「して、わたくしを召喚した御用、とは?」
「A・アクター。君が味方かどうか知りたい」
鹿羽の言葉に、爽やかな青年へと姿を変えたA・アクター・アダムマンは考え込むような素振りを見せた。
「左様ですか。しかし困りましたね。皆様方の味方であることを自覚することはあれど、演じたつもりは微塵もございませんので……。何か懸念されていることでも?」
「いや、疑わしいことがあった訳じゃない。ただ、確認したかっただけだ」
「ふむ……。お望みであれば靴をお舐めすることも、記憶を覗かれることもやぶさかではございませんが……。如何にして、わたくしの潔白を証明致しましょう?」
「いや、問題ない。麻理亜。どうだ?」
確実な方法で敵か味方を確かめる方法なんて存在しなかった。
なぜなら、心の内を覗き込む術など存在しないのだから。
魔法でない限り、相手の心を読むことなどできないだろう、と。
しかしながら、そんな魔法のようなことができるのが、鹿羽の隣に立っている麻理亜という少女だった。
麻理亜は並外れた観察力と推測力を持っていた。
彼女を良く知る者であれば、彼女の前で嘘をつける者など一人もいなかった。
「……ごめーん。アダム君、とっても感情を隠すのが上手くて、何も分からないわ」
初めて心を読むことに失敗した麻理亜に、鹿羽は少なくない衝撃を受けた。
「成程、読心術でしたか。熱心に見つめられておりましたので、てっきりミス・マリーはわたくしに興味がおありなのかと邪推しておりましたが……、これはこれは申し訳ございません」
「おー、良い性格してるねー。そういうの嫌いじゃないよ。絶対に好きにはなれないけどね」
A・アクター・アダムマンの言葉に、表情では笑っていても、声が笑っていない麻理亜だった。
「鹿羽殿。どうするのだ?」
「麻理亜が分からないとなると……、難しいな……」
「まあ、敵ではないと思うよー。ちょっぴり癪にさわるけどねー」
「……麻理亜がそう言うなら、信じることにしよう」
「疑いが晴れたようで何よりです」
A・アクター・アダムマンは、飄々とした様子で頷いた。
「となると……、残り半分であるな」
「あと四人か。気を張って行こう」
NPCとの対面は続いていた。