【069】帝国
一
「――――政務官の方でしたか。ローグデリカ帝国へようこそ。我々は一同、統一国家ユーエスからいらっしゃった皆様方を歓迎致します」
「ああ。丁寧な対応、感謝する」
場所はローグデリカ帝国、帝都ダルストン。
出入りに厳重な審査を必要とするローグデリカ帝国の帝都であったが、鹿羽達は麻理亜からもらった書類を提出しただけで、何のトラブルも無く、スムーズに帝都へ入ることが出来ていた。
「…………君って、肩書きは政治家みたいな扱いなんだね。少し意外だったよ」
「いや、まあ、確かに内政に関わる機会も、なくはなかったが……」
リフルデリカの言葉に、鹿羽は歯切れが悪そうにそう言った。
(――――全く、いつの間にこんなものを用意したんだ……? 麻理亜が用意周到なのは分かっているんだが、ここまで準備が良いと、俺の行動全てが見透かされているような気がするんだよな……。ていうか、特別政務官って何だよ……)
そして、返却された書類に目を落としながら、鹿羽は心の中でそう呟いた。
「僕は……、へえ。君の秘書ってことになっているんだね。確かに君を全力で支援するという点では間違っていないけれど、僕と君はあくまで対等なのだから、もう少し上手な言い回しを考えて欲しかったよね。きっとこれを用意したのは彼女なのだろうけどさ、やはり僕と君の関係性を誤解しているというか、理解が甘いような気がするな。やっぱり人の話を聞かないで、そして尊重すらもしようとしない彼女のことだから、このような詰めの甘さが露呈するんだろうね。きっと、周りの人がどれだけ迷惑に思っているのかなんて、全然分かっていないんだろうさ。君も君だよ。随分と彼女のことを買っているようだけど、あれは少しばかり、関わらない方が良い種類の人間さ。今すぐ別れろとは言わないけどさ、長期的かつ客観的な視点を持って、彼女との付き合いに関してもっと慎重に考えるべきだよ。きっと君も、僕が言わんとしていることが直ぐに理解出来る筈さ。不本意に感じるかもしれないけれど、僕と君は似た者同士だからね。そう遠くない未来に、そう思える時が必ず来ると僕は確信して――――――――――――――――おっと、待っておくれよ。まだ話の途中なのに」
リフルデリカは、この場を立ち去ろうとした鹿羽の肩を掴む形で、強引に引き留めた。
「……話長いって言われない? お前にある数多く欠点の中で、最も致命的なものの一つだと思うんだけど」
「…………? ごめんよ?」
「疑問形かよ……」
鹿羽は何度目か分からない、深い溜め息をついた。
二
ローグデリカ帝国。
大陸有数の大国であり、豊富な鉱山資源、そして領内に数多く存在する活火山による地熱エネルギーの有効活用によって、主に重化学工業において著しい発展を遂げていた。
そんな、突出した国内産業を抱えているローグデリカ帝国だったが、政治運営も盤石の一言に相応しいものであり、安定した政治が、まさに安定した経済成長をもたらしていた。
同じく大国であるラルオペグガ帝国とは川を一つ隔てるのみで、何十年もの間、お互いの正規兵が睨み合うという状況が続いていたが、同じく隣国である旧ルエーミュ王国、そして現統一国家ユーエスと戦火を交えたことは、お互いの長い歴史の中であっても、一度も無かったりする。
それは、ローグデリカ帝国と統一国家ユーエスを隔てる地理的な要因によるものが大きかった。
地図の上では隣接していても、険しいドラドラ山脈が両国を分かつようにそびえており、近年まで、そもそも山脈を越えての行き来すら不可能とまで言われていた。
現在は、専門家の同行のもと、ドラドラ山脈を越えての両国の行き来は比較的安定して出来るようにはなったものの、それでも死者が出るのは決して珍しい話ではなく、ましてや大軍を行進させて相手国を侵略するなんて、ドラドラ山脈を知る者からすればとんでもない話であった。
そんな、一つの巨大国家としての歴史を持つローグデリカ帝国にて。
鹿羽、リフルデリカ、そしてS・サバイバー・シルヴェスターの三人は、別名、“鉄と蒸気の国”と呼ばれるローグデリカ帝国の光景を見て、息を呑んでいた。
「――――凄い、な」
「そうだね。空を見上げれば、幾つもの白煙が絶え間なく噴き出し、あれもこれもそれもどれも、みんな金属で出来ている。真っ赤っかに劣化した部分は、今にでも崩れるんじゃないかって心配になるけれど、これも発達した金属産業がもたらした奇跡といえるんだろうね。いやはや、凄い光景だ」
リフルデリカは淡々とした様子でそう言った。
(――――中世や、近世どころの話じゃない……。産業革命の後の、近代の科学技術に匹敵するほどの……、とんでもない先進国じゃないか……)
赤く酸化し、ボロボロになった建物の金属部分が、鹿羽の目に映った。
それは紛れもなく、高度な加工技術によって生産された金属が、国内に広く普及していることの表れだった。
長い煙突状の建造物から噴き出す白煙が、鹿羽の目に映った。
それは紛れもなく、蒸気を用いた何かしらの機関を、大規模に利用していることに間違いは無かった。
まるで、現代へと続く世界史の光景を、現実として再現したような。
人々の営みが、更に高度な領域へと昇華していく過程を見せられているような気がして、鹿羽は何とも言い難いある種の驚きのような感情を抱いた。
「――――ねえ。これ、とても美味しいんだけれども。君も一つ、食べてみたらどうだい?」
「待て。なに勝手に露店で買い物してるんだよ。お金はどうした」
「実は研究資金として、まとまったお金をもらったんだよね。無論、普段は色んな実験器具を揃えるのに使っているんだけどさ。それですっかり無くなった訳でもないし、今回に関してはキチンとお支払いしたよ? 地方の農民出身の僕だって、流石に貨幣経済を知らない訳じゃないさ」
リフルデリカは真っ赤に味付けされた串焼き肉を頬張りながら、淡々とそう説明した。
「……誰がお金を渡したんだ? 麻理亜か?」
「彼女からなんて受け取っていないし、仮にくれたとしても、何か巧妙な罠が仕掛けられていそうだから遠慮願いたいね。――――お金はシャーロットクララ氏から頂いたんだ。色々事情を説明したら、快く渡してくれたよ。変に頭が回って、油断ならない人物だと警戒はしていたんだけれども、杞憂だったようだ。シャーロットクララ氏は、僕にも分け隔てなく接してくれる。良い意味でも、勿論悪い意味でもね」
「C・クリエイターか……。少し意外だな」
「そうかい? 別に僕は彼女のことを嫌ってなんかいないし、彼女も特別僕のことを嫌っている訳ではないと思うけど」
「そういう好き嫌いの話でも無いんだが……」
「ふむ……」
リフルデリカは、考え込むようにそう呟いた。
「――――まあ、とりあえず、とても美味しいから食べてごらんよ。きっと君も、気に入る筈さ」
「けっこう味付けがきつそうな感じがするんだが……。待て。自分で食べるから」
「そうかい?」
鹿羽は、差し出された串焼き肉をリフルデリカから受け取ると、そのまま口にした。
「んぐ……っ」
「どうだい? けっこう美味しいだろう?」
「か、辛過ぎる……っ。お、お前……っ」
「香辛料が効いていて、美味しいと思うんだけれども……」
涙を浮かべ、時々咳き込む鹿羽に対し、リフルデリカは困惑の表情を浮かべた。




