【068】彼らは動く
一
場所はギルド拠点内部。
鹿羽と麻理亜は、二人きりで話をしていた。
「――――――――そう。決意は固いみたいだね」
「確かに俺が出来ることなんて殆ど無いのかもしれない。でも、少しでも楓の体調が良くなる可能性に繋がるなら、俺は行動を起こすさ」
「私の方でも調査は進めているし、一応はローグデリカ帝国にも情報網は広げているんだけど……。まあ、そうね。結果が出ていないことも事実だし。何か助けて欲しいことがあったら気軽に言ってね? 出来る限りのことはしてあげるから」
「……悪いな」
「悪くなんかないよ。楓ちゃんに早く元気になって欲しいのは、私も同じだから」
「そうか」
鹿羽は穏やかな表情で、そう頷いた。
「――――でも寂しくなっちゃうなー。私、一人ぼっちで可哀想」
「直ぐに解決策を手に入れて戻って来るさ。それに、そこまで寂しがり屋でもないだろう?」
「あー! 酷ーい! 仮にそうだったとしてもー、女の子にそんなこと言っちゃ駄目なんだよー? 女の子はみんな寂しがり屋なんですー」
「……そうか」
明るく振舞う麻理亜に対し、鹿羽は再び、そう頷いた。
二
場所はギルド拠点内部、鹿羽の自室。
鹿羽は、革製のショルダーバックに詰め込まれた品々を入念にチェックしていた。
「――――やあ、熱心だね」
「いつの間に居なくなったと思ったら……。別に、俺の近くにいる必要はないぞ」
「そんな寂しいこと言わないでおくれよ。そもそも、僕と君は一心同体みたいなものじゃないか。僕は、あらゆる面で君に協力する。君は、僕のたった一つの願いの為に協力してくれればいい。そこには何の矛盾も存在しないし、君にとっても決して悪い話ではない筈さ。――――そうだね。どうして僕が一瞬だけ君の元から居なくなったのかというと、言うなれば気分の問題さ。君にだって、好き嫌いという感情は理解出来るだろう? いくら論理的に説明が難しいからといって、嫌いなものは嫌いだし、好きというのも同様さ。そうそう。僕としたことが……、結論を伝えていなかったね。僕の中では当たり前のこと過ぎて、君に説明することを怠ってしまったよ。単純に、マリア氏のことが苦手なんだ。見た目もそうだし、性格だって良いものだとは思えない。無論、僕が彼女を嫌う理由には、当の彼女には何の落ち度が無いことも事実なんだけれども……。言っただろう? 嫌いなものは嫌いだと。僕はあえて、その事実を隠すことなく、君に伝えようと思っているんだ。君に嘘はつきたくないからさ。嘘は罪深い。一度でも嘘をついてしまえば、言葉から信頼が失われてしまう。信頼が失われた言葉には、もはや何の価値も無い。価値の無くなってしまった言葉をいくら吐き捨てたところで、もう誰かを動かすことは出来ないんだよ。恐ろしいことだよね。信用というものは、積み上げるのに途方もない時間を要するくせに、無くなるのは一瞬なのさ。そうだ。良い例え話があるんだよ。これはだね……、確か、僕が生きていた時代の――――――――――――――――何処に行くんだい? これからが面白いところなんだけれども」
「準備が終わったから、あとは出発するだけだ。その話は是非とも、俺以外の誰かに聞かせてやってくれ」
「やだなあ。君以外にこんな話はしないよ」
「皮肉っぽいこと言うくせに皮肉が通じねえ……」
鹿羽は呆れた様子で、溜め息をついた。
「もしかして、外でお仕事かい? 君が許してくれるのであれば、是非とも同行させて頂きたいところではあるんだけれども」
「騒がない、邪魔をしない、俺の言うことには基本従う、ということを守ってくれるなら構わないぞ」
「問題は無さそうだね。いつものことだ」
「……………………そうだな」
鹿羽は喉まで出かかった言葉を飲み込んで、そう言った。
「おや、誰か来ているみたいだね」
「……自分の部屋でお前といるのを誰かに見られることに、強い抵抗を覚えるのは俺だけか?」
「…………? 悪いね。どうしてそんなこと言うのか理解に苦しむけれど、いつも通り僕が悪いみたいだから、とりあえず謝っておくよ」
リフルデリカは飄々とした様子で、そう言った。
「――――カバネ様。少しだけ、宜しいでござるか?」
「ああ。今、扉を開ける」
数回、ドアをノックする音が鹿羽の自室に響き渡ると、男の声がした。
鹿羽は自室のドアにあった内鍵を外すと、そのまま開け放った。
そこには、S・サバイバー・シルヴェスターの姿があった。
「突然押しかけて、申し訳ないでござる」
「問題無い。用件は何だ?」
「――――メイプル様の治療法を見つける為に、ローグデリカ帝国に向かうと聞いたのでござるが…………。まことでござるか?」
S・サバイバー・シルヴェスターは真剣な表情でそう言った。
「確かにそうだが……」
「……ならば、拙者を連れて行って欲しいでござる。必ず、お役に立って見せるでござる」
S・サバイバー・シルヴェスターは強い口調で、断言するようにそう言い切った。
「――――楓を心配する気持ちは良く分かる。だが、ローグデリカ帝国に行くといっても、何か確信や確証があるから行く訳じゃないんだ。楓の為に、拠点でいつでも動けるように準備しておくことも、大事なことだと俺は思うぞ」
「……もはや、居ても立っても居られないのでござる。どうか、拙者にも手伝わせて欲しいのでござる」
そして、S・サバイバー・シルヴェスターは深々と頭を下げた。
「どうか、同行をお許し頂きたい」
「…………そうか」
鹿羽は、そう頷いた。
S・サバイバー・シルヴェスターの気持ちを、鹿羽は痛いほど理解していた。
日に日にやつれていく楓を前に、無力な自分を呪い、もどかしい思いを抱いて過ごしたのは、鹿羽も、そしてS・サバイバー・シルヴェスターも同じだった。
(無口で強面だが、根っこの部分は俺と似ているのかもな――――――――)
「……カバネ様」
「無論だ。一緒に行くぞ。必ず、解決の糸口を掴んで見せる」
「…………ありがたき幸せ。このS・サバイバー・シルヴェスター、必ずや……、必ずや、お役に立って見せましょう」
「ああ。頼りにしている」
S・サバイバー・シルヴェスターは、深くお辞儀をした。
「僕のことも、頼りにしてくれたって良いんだよ?」
「お前はな、何ていうか……、軽薄なんだよ」
「それって物凄い人格否定じゃないかい!? 心外だよ!」
こうして鹿羽、リフルデリカ、そしてS・サバイバー・シルヴェスターの三人は、楓の回復の糸口を掴む為に、ローグデリカ帝国へと出発した。




