【066】出会ってしまったドッペルゲンガー
失われた悲しみは、奪うことで埋まることはありません
奪うことでもたらされるのは、等しく失われた悲しみだけです
一
何も無い空間に、少女が一人立っていた。
「――――――――いい加減飽きたか? 自分の顔を見るのは」
「……来ないで。それ以上、私に近付かないで」
「酷い言い草だ。誰に向かって言っているのか、理解しているのか?」
「貴女は私じゃない。私はそんなこと言わない。私は……、貴女みたいなことなんて……」
一人の少女の前に、もう一人の少女が立っていた。
一人の少女は、もう一人と同じ服を着ていた。
一人の少女は、もう一人と同じ髪色をしていた。
一人の少女は、もう一人と同じ顔をしていた。
「――――私は、お前だ。私は、お前の中にある支配欲や独占欲が生み出した、もう一人のお前だ。いくら拒絶の言葉を並び立てようとも、事実が変わることは無い。私の真実の言葉がお前に届くことはあっても、お前の嘘が私に響くことはありえない」
「嘘! 嘘だ! 貴女は私のフリをしているだけの偽物! 嘘をつくな!」
一人の少女は、そう叫んだ。
しかしながら、もう一人の少女が怯むことは、遂に無かった。
「――――そうだな。私は偽物かもしれない」
「消えろ! 二度と姿を見せるな! 消えて無くなってしまえ!」
激しく肩を上下させ、少女は吐き捨てるようにそう言った。
それは完全な拒絶と云うに相応しい、相手を否定し尽くすものだった。
「――――――――だが、偽物と言ったって、お前だって偽物だろうさ。自分が一番分かっているくせに」
「…………嘘よ」
「じゃあ、どうしてお前はそこまで私を恐れる? 嘘なら嘘だと切り捨てればいい。事実と異なるなら、私を無視すれば良いだけの話だ」
「やめて」
「さあ! 何を怯える必要がある!? お前のその態度こそが! 何が真実なのかを物語っている筈だ!」
「やめて!」
少女は耳を両手で塞ぎ、発狂するように叫んだ。
しかしながら、もう一人が止まることはなかった。
「やめる訳が無いだろう!? お前は私! 私はお前の真の願いを代弁しているに過ぎない! お前は! 自分の心の奥底にある! どす黒い真実までも! 嘘だと言い張るつもりか!?」
もう一人の少女は、一人の少女に詰め寄ると、そうまくし立てた。
「やめて、よ……。私は……、そんな人間じゃない……」
一人の少女は懇願するように、そう呟いた。
「――――強情な奴だ。抱えきれぬ自己矛盾に苛まれてもなお、譲らないとはな……」
「私は……、貴女の言うことなんて聞かない……。絶対に……、貴女の思い通りになんてさせない……」
「ふん。ならば、私がお前の願いを叶えてやるまでだ。その時まで、無様にベッドの上で待つがいい」
もう一人の少女は、吐き捨てるようにそう言った。
「――――彼は……、貴女を絶対に許さない。貴女の野望なんて、上手くいく筈がない」
一人の少女は確信があるかのように、そう言い放った。
「…………そうだな。彼は許さないだろう」
「なら! 貴女のやろうとしていることは何の意味も無い! 全員が不幸になるだけだよ!」
そして、少女は畳み掛けるようにそう言った。
「――――だが、彼は必ず許してくれる」
「は――――?」
「彼は私に、散々非難の言葉を浴びせ、問い詰めて、怒りを露わにするだろうさ。だが、絶対に彼は私を許す。どれだけの時間がかかるかは想像もつかないが、いつの日か、彼が私を受け入れてくれる日が来るだろう」
「――――っ。嘘だ! ありえない!」
一人の少女は否定するように叫んだ。
しかしながら、もう一人の少女はただ、見透かすような視線を一人の少女に投げ掛けた。
「――――――――ありえると思っているから、お前は恐れているんだろう? どんなに悪いことをしても、どこまで彼の想いを踏みにじろうとも……! 彼が決して自分を見捨てない確信があるから! お前は恐怖しているんだろうさ!」
「…………っ」
もう一人の少女の言葉に、一人の少女は怯んだ。
「…………嘘よ」
「嘘かどうかは、いずれ分かる日が来るさ」
少女は笑みを浮かべて、そう言った。
「――――私は、必ず麻理亜を殺す。奴さえいなければ、彼は私のものだ」
「麻理亜は死なない。鹿羽君も、絶対に貴女の思い通りになんてさせない」
少女は、滑稽なものを聞いたかのように笑った。
二
「――――――――お目覚めでしょうか。メイプル様」
「……シャーロットクララ、であるか」
場所はギルド拠点内部、医務室。
ベッドの上で目を覚ました楓の傍らで、C・クリエイター・シャーロットクララが穏やかな視線を彼女に投げ掛けていた。
「何か、用件はございますか? 私に出来ることであれば、何でも」
「…………そなたの心遣い、感謝する。だが、そうだな……。何も思いつかぬ」
「左様でございますか。もし、何かございましたら、気軽に仰って下さい」
C・クリエイター・シャーロットクララの言葉に、楓は静かに頷いた。
楓は身体を起こすと、ベッドに座り込む自分自身に視線を落とした。
そして、何気ない話題を取り上げるように、口を開いた。
「――――――――もし、我一人と、麻理亜殿と鹿羽殿の二人が戦ったら、シャーロットクララはどちらが勝つと思う?」
「御方々は、何よりも強い絆で結ばれているかと。ですので……」
「仮定の話である。お主の意見を聞かせて欲しい」
「……」
C・クリエイター・シャーロットクララは、少し困ったような表情を浮かべると、意を決したように口を開いた。
「……メイプル様は、“マスターズ”の称号をお持ちでいらっしゃいます。戦いにおいてメイプル様を圧倒することは、たとえカバネ様やマリー様の御二人であっても、容易なことではないでしょう」
「さ、流石に二人であれば、たとえ我であっても負けるであろう?」
「勿論、勝敗を断ずることは出来ませんが……」
C・クリエイター・シャーロットクララは、何かを避けるように、そう言葉を濁した。
そんなC・クリエイター・シャーロットクララの態度に、楓は表情を曇らせた。
沈黙が、この空間を支配した。
「……シャーロットクララ。お願いがある。良いか?」
「はい」
C・クリエイター・シャーロットクララは、静かに頷いた。
「――――もし、我が鹿羽殿や麻理亜殿を傷付けようとしたら、躊躇いなく我を殺してくれないか?」
C・クリエイター・シャーロットクララは、その言葉に頷くことが出来なかった。




