【065】魔女の手掛かり
一
場所はギルド拠点内部。
鹿羽とリフルデリカの二人は、楓がいる医務室を訪れていた。
途中まで、麻理亜は鹿羽達と共に行動していたが、仕事を理由に医務室には同行しなかった。
楓を避けるような素振りを見せている麻理亜に対し、鹿羽は薄情だと思いつつも、麻理亜が忙しいのも事実だった為に、厳しく追及することはしなかった。
そして、鹿羽とリフルデリカの二人が訪れた医務室で、楓は静かに眠っていた。
「――――――――彼女が、君が言っていたカエデ氏かい?」
「そうだ。…………身体に異常は無いんだが、かなり衰弱している。こんな症状に心当たりはないか?」
「ふむ……………………。そうだね。断定は出来ないけど、心当たりはある」
「本当か!? 治せるのか!?」
リフルデリカの発言に、鹿羽は身を乗り出して反応した。
一方、リフルデリカの表情は、そんな鹿羽とは対照的に、冷ややかなものだった。
「……それは論理の飛躍というものだよ。あくまで、幾つかの可能性を僕は知っているだけで、それが事実かどうかも分からないし、解決に繋がるかどうかは別の話だ。期待させてしまって申し訳ないけどね」
「…………そう、だよな。俺こそ……、悪かった」
リフルデリカの淡々とした説明に、鹿羽は打って変わって表情を曇らせた。
しかしながら、鹿羽は思い直し、再び口を開いた。
「――――でも、知っていることは教えてくれ。解決の糸口に繋がるかもしれない」
「勿論、僕が知っていることで、君がそれを知りたいというのなら、僕はそれを躊躇わずに教えよう。――――カエデ氏の症状についてだったね。確かに、彼女の身体に異常は無い。異常が無いというのは、勿論、いわゆる物理的な意味での異常が無いという話になるんだけど……」
リフルデリカの要領を得ない説明に、鹿羽は怪訝な表情を浮かべた。
「……つまり、どういうことだ?」
「簡単な話さ。物理的ではない要因が、カエデ氏の身体を蝕んでいるんだよ。そもそも、物理的というのをどう定義するかにもよるんだけれども、この際大した問題ではないね。言うなれば、カエデ氏は精神的な要因による神経衰弱状態にあるんだよ。更に簡単に言うとするならば、いわゆる心の病気って奴だね」
「楓に、精神的に辛い出来事があったってことか?」
「どうだろうね。辛い出来事に関しては、あったのかもしれないし、無かったのかもしれない。でも、確実に言えることがある。カエデ氏の中に、巧妙に隠れた、外部との魔力の繋がりがあるんだ。これが、カエデ氏に悪さをしているのかもしれないね」
魔力の繋がりという説明に対し、鹿羽は似たような説明を別の誰かから受けたのを思い出した。
「C・クリエイターも似たようなことを言っていたな……。何とか出来ないのか?」
「現状では無理だね。ただの魔力なら、それはカエデ氏の魔力とは全く性質が異なるものだ。異なる魔力に関しては、簡単に区別がつくし、切り離すことも容易だよ。――――でも、カエデ氏の中にある魔力の繋がりは、それには当て嵌まらない。何故だか分かるかい?」
「……俺とお前みたいに、魔力の性質が似ているとかか?」
「補足すると、僕と君の魔力はほぼ同じだから、似ているという表現は正確ではないんだけどね。でも、君の言っていることで間違いは無い。カエデ氏と同一の魔力を持った誰かさんの魔力と、カエデ氏の魔力が、何かの拍子で繋がってしまったんだろうね。僕と君の場合といい、本来はありえないことなんだけど」
リフルデリカは肩をすくめながら、そう呟いた。
「つまり、お前の楓バージョンが、楓に悪さをしているってことか?」
「そうだね。僕もその線を睨んでいる。そして、僕はその相手に心当たりがある」
「――――教えてくれ。頼む」
「……そうだね。君の頼みだ。教えよう」
リフルデリカは、ベッドで静かに眠る楓に視線を落としながら、続けた。
「――――――――名は、ローグデリカ。かつて覇道の魔女と呼ばれていた、一人の戦士さ。カエデ氏を見た時、真っ先に彼女のことを思い出したんだ。僕と君の場合と同じように、彼女とカエデ氏も、姿かたち、そして魔力もよく似ている。ありえない話ではないだろうね」
「……ローグデリカ帝国っていう国があるんだが、お前といい、そのローグデリカといい、ことごとく国の名前になってないか?」
「へえ。確かに彼女は一部の人間に持ち上げられていたけど、彼女の名前を国名にするなんて感性を疑うなあ。あまり尊敬に値するような人ではなかったと記憶しているんだけれどね。やっぱり、かの教皇国も僕から名前を取ったのかなあ。どうかしているよ。本当に」
「……まあ、帝国や教皇国の名前なんてどうでも良い。そのローグデリカが犯人だとして、そいつは今、何処にいる?」
「知らないよ。それに、彼女が今も生きているということ自体、不可解な話だ」
リフルデリカの説明に、再び鹿羽は怪訝な表情を浮かべた。
「お前みたいに、魂を残したんじゃないのか?」
「彼女は魔術師じゃない。そして、彼女は既に死んでいる筈なんだ。蘇生魔法だって、僕と同様に封じられていた筈だから、蘇生魔法で復活することもありえないんだ」
「じゃあ、ローグデリカは関係無し……。振り出しに戻ったってことかよ」
「……でも、この魔力の繋がりはローグデリカのものだと思うんだよね。根拠に乏しいし、僕の直感による部分が大きいから、断定は出来ないけどさ。あくまで仮説として、そうだと思うってだけの話さ。だけど、絶対にありえないって訳じゃない。ローグデリカは魔術師じゃないから、自分の魂を残すなんて芸当は出来なかった筈だけど、別の誰かがそれをやれば良いだけの話だ。そうして残ったローグデリカの魂が、今この時、何事もなかったかのように復活していてもおかしくはない。そして、それをやりそうな奴も、僕には心当たりがある」
「訊いてばかりで悪いが……。誰なんだ?」
「これは、僕の使命にも関わることだ。この使命は僕にとって、全てに優先される。出来れば、覚悟を持って聞いて欲しいんだけど」
突然、口調に真剣さが帯びてきたリフルデリカに対して、鹿羽は思わず押し黙った。
そして、鹿羽は意を決したように、口を開いた。
「…………言ってくれ」
「そうだね。どの道、君には話すつもりでいた。ふう、改めて口にすると思うと、やっぱり心がざわつくね。はあ、非常に不快な気分だ。よし、心して聞いておくれ」
リフルデリカは真剣な表情で、鹿羽を見据えた。
「――――その名は、エシャデリカ。かつて厭世の魔女と呼ばれていた、僕が唯一存在を許容出来ない、完全に討ち滅ぼされるべき最低最悪の“敵”さ」
リフルデリカは、続けた。
「そして、僕の使命は、彼女を完全に世界から消滅させることなんだ」
偏愛の魔女――リフルデリカは強い口調を崩さずに、そう言った。




