【006】NPC①
一
二十、いや三十に届くほどの数であろうか。
色褪せ、土汚れが目立つボロ布を纏った“骸骨”が、楓を囲んでいた。
楓の表情に焦りは見えなかった。
むしろ、この先の展開に期待しているかのような、一種の歓喜すら感じさせた。
瞬間、蒼い雷が瞬いた。
そして暴風が巻き起こると、抵抗すら許さずに骸骨達を飲み込んでいった。
楓の手には、彼女の背丈に匹敵するほどの大剣が握られていた。
そして最後に立っていたのは、楓ただ一人だけだった。
「ふはははははは!! 我、最強!!」
楓の高笑いが、訓練場に響き渡った。
「……<召喚:骸骨戦士/サモンズ・スケルトンウォーリアー>」
「鹿羽君頑張れー」
鹿羽は呆れた表情を浮かべながら、ただ淡々と呪文を唱えた。
魔法の実験の後、楓が自分の武器の性能を試してみたいと言い出したことが、事の始まりだった。
魔法の性能と同様、自分達の近接における戦闘力を知りたかった鹿羽は、それを了承した。
そして楓は動かない“的”に向かって斬撃を繰り出し、魔法の時と同様、“的”を木っ端微塵に破壊していた。
その圧倒的な破壊力に感動した楓だったが、鹿羽は出来心で弱いモンスターを召喚し、楓に倒すよう勧めていた。
勧められるままに鹿羽が召喚したモンスターを倒した楓は、動く“的”を破壊することにハマってしまっていた。
「さあ、次の挑戦者を!」
「言わなきゃ良かったかもな……。――――<召喚:死霊/サモンズ・レイス>」
「ほう、物理攻撃が効きにくいアンデッドであるか。だがそんなもの、我には通用せんぞ」
(主人、命令を)
(彼女の周りを適当に漂ってくれ。攻撃はするな。あと……、良い感じに倒されてくれ……)
(……承知)
鹿羽は召喚系の魔法を使用してみて、一つ分かったことがあった。
それは、召喚したモンスターと意思疎通が出来るということだった。
しかしながら、意思疎通と言っても、高度な会話のやり取りが出来る訳ではなかった。
召喚されたモンスターは、ただ命令を求め、召喚者は、ただ命令を下す。
そこには、ただ“命令する側”と“される側”が存在するだけだった。
「罪を数えよ! 迅雷!!」
再び、旋風が巻き起こった。
鹿羽が召喚した“死霊/レイス”はその暴風に巻き込まれ、為す術無く消失した。
「楓。もう良いだろう」
「鹿羽殿! もう魔力切れであるか!? 情けないぞ!」
「煽るんじゃねえよ……」
鹿羽は思わず、溜め息をついた。
「宜しければ、私が模擬戦の相手を務めさせて頂きますガ……」
「いや、大丈夫だ。楓。終わりにするぞ」
「むー」
呆れた様子の鹿羽に代わり、楓の相手を申し出たL・ラバー・ラウラリーネットだったが、鹿羽はその提案をやんわりと断った。
楓は頬を膨らませ、不満を露にしつつも、大人しく戻ってきた。
「まだ試していない奥義が数多く残っておるぞ」
「それはまた後で、時間がある時にな。まだ分からないことが多いんだ。遊んでいる場合じゃない」
「むー。次も付き合ってもらうぞ鹿羽殿!」
「分かってるって」
一先ず、魔法及び自分達の防衛能力の確認は一段落ついたと鹿羽は判断した。
この“力”が、この先どれ程通用するのかは不明だったが、無いよりかは遥かにマシだった。
ふと、麻理亜はL・ラバー・ラウラリーネットに視線を移した。
「ラウラちゃんは……、銃とかで戦うんだよね?」
「はい。そうなりマス」
「じゃあ、ちょっとだけ見せてくれない? ラウラちゃんの実力、見てみたいの」
麻理亜は笑顔を浮かべながら、そう言った。
麻理亜の提案は、鹿羽も気になっていたところだった。
ゲーム内におけるNPCの強さというのは、プレイヤーに準ずるものだった。
数値の上では同等と言っても過言ではないものの、やはりNPCを動かすプログラムとしての限界が、プレイヤーとNPCの強さを大きく分ける要因となっていた。
しかしながら、今のL・ラバー・ラウラリーネットがAIによるプログラムによって動いているとは考えにくいと鹿羽は思っていた。
L・ラバー・ラウラリーネットは流暢にコミュニケーションを取り、人間と同じように柔軟な考えをすることが出来ていた。
プログラムとしての限界を超越し、自身の力を客観的に把握しているNPCの強さとは、一体どれ程のものなのか、と。
そして、それは自分達の脅威になり得るものなのか、と。
鹿羽は人知れず、鋭い視線をL・ラバー・ラウラリーネットに向けた。
「分かりましタ。では、あちらの“的”ヲ……」
L・ラバー・ラウラリーネットは静かに“的”を見据えた。
その瞬間、耳を覆いたくなるような破裂音が響いた。
「わあ」
「皆様を満足させられる程のものではございませんガ……」
L・ラバー・ラウラリーネットの手には、一丁の拳銃が握られていた。
“的”にぽっかりと空いた穴が、それが銃弾のようなもので正確に撃ち抜かれたことを示していた。
「素晴らしい射撃技術であるな!」
「お褒めに預かり、光栄デス」
L・ラバー・ラウラリーネットは表情を変えないまま、そう言った。
楓はいたく感動している様子だったが、鹿羽にはその技術が末恐ろしいもののように思えた。
(反応出来ないほどじゃないが、急に後ろから撃たれたら終わりだよな……。本当にL・ラバーのことを信頼しても大丈夫なのだろうか――)
L・ラバー・ラウラリーネットの射撃は見事なものだった。
もし彼女が味方として助けてくれるなら、とても心強いだろうと鹿羽は思った。
でも、敵だったら?
あの鋭く正確な銃撃が、自分や楓、麻理亜を狙ったら?
辺りに漂う硝煙の香りを感じながら、鹿羽は静かにL・ラバー・ラウラリーネットに対する警戒を強めた。
「鹿羽君。ちょっとだけ怖い顔してるよ?」
「……」
「かーばーねくーん」
「麻理亜か。どうかしたか?」
「怖い顔してたよー」
「……? そうか?」
「そうそう。鹿羽君は可愛いんだからニコニコしなきゃ」
「可愛いって何だよ……」
麻理亜の混じり気の無い笑顔に、鹿羽はすっかり気が抜けてしまった。
その時、L・ラバー・ラウラリーネットが静かに鹿羽のことを見つめていることに、鹿羽自身が気が付くことは無かった。
「それで、この後どうするー? 水と食料も一先ずは大丈夫そうだし、魔法の実験も一段落ついたよね」
「……そうだな」
鹿羽は、これから自分達が何をしなければならないのか、思いを巡らせた。
一つ、ギルド拠点の外がどうなっているのか。
ゲーム上では、ギルド拠点はメインフィールドから切り離された空間にあり、ギルドメンバーやギルドに所属するNPC、特別に許可の出されたプレイヤーしか行き来することは出来なかった。
もし、全くゲームと同じ仕様であるならば、外に出れば見慣れた世界の光景が広がっている筈だった。
しかしながら、そうなってはいないだろうと鹿羽は推測していた。
このギルド拠点を包む妙な違和感が、ゲームとは違うという根拠の無い結論を鹿羽に抱かせていた。
二つ、NPCの存在について。
ギルドに所属するNPCの一人――L・ラバー・ラウラリーネットは、デザインされた通りの見た目、能力を持っていた。
そして幸いにも、“今のところ”従順な態度で、味方として振舞ってくれていた。
しかしながら、鹿羽達のギルドに所属するNPCは彼女だけではなかった。
そして、L・ラバー・ラウラリーネット以外のNPCが同様に味方してくれる保証など何処にも無かった。
もし、敵であるNPCがこのギルド拠点で彷徨っているとしたら、どうにかして対処しなければならないだろうと鹿羽は感じていた。
一つ目、ギルド拠点の外がどうなっているのかの調査。
二つ目、NPCが味方なのか否か。
この二つが、直近の解決すべき課題であると鹿羽は考えた。
「……L・ラバー。一つ、聞きたいことがある」
「何でしょうカ」
「他にもギルドに所属するN……、いや、ギルドメンバーがいるだろう」
「……? はい、そうデスネ」
「彼ら、彼女らは、君と同じように味方してくれるのだろうか」
L・ラバー・ラウラリーネットを真剣な眼差しで見据えながら、鹿羽はそう言った。
「我々の中に皆様を裏切るような逆賊がいるとは思えませんガ……。少なくとも私は、決して皆様を裏切ることはしないと断言致しマス」
「――――そこまで言われちゃうと逆に白々しい感じがするけど、どうしてラウラちゃんはそこまで私達を贔屓してくれるのかな?」
麻理亜は笑いながらそう言った。
「御方々のお役に立ちたいと思うのは、不自然なことでしょうカ?」
L・ラバー・ラウラリーネットは、そもそも質問の意味が分かりかねているようだった。
「んー、どうなんだろうねー」
対する麻理亜は肯定も“否定”もせず、ただ相槌を打った。
「鹿羽殿。なにゆえそのような審問を?」
「L・ラバー以外のメンバーが味方かどうか確かめたい。もし敵なら、ここだって安全じゃないだろう?」
「む、そんなことがあり得るのか……?」
「可能性はゼロじゃない」
鹿羽はとにかく、安全な場所を確保したかった。
この場所が安全だという、言い換えれば“ここに危険はない”という確固たる証拠が欲しかった。
「ならば、一人ずつ呼び出して確かめる、というのはどうでショウ。もし皆様を裏切る逆賊であれば、最大限の苦しみと後悔を与えてから消せば良いだけの話デス」
「……どうやって確かめれば良いんだ? 口だけならいくらでも誤魔化せるだろう」
鹿羽の疑問に、麻理亜が大袈裟に手を上げながら口を開いた。
「はーい。私、嘘を見抜くの得意だよー。自分で言うのもアレだけどねー」
「麻理亜殿の読心術なら可能なのではないか?」
「まあ、確かに麻理亜のコミュニケーション能力の高さは知っているんだが……。万が一読みが外れたりとかを考えるとだな……」
「もー。人生に絶対なんてありえないんだからさー。“もしも”なんて考えたってしょうがないよー? そんなこと言ったら、ラウラちゃんが裏切り者で、一緒に居た私も皆を裏切っている可能性だってあるでしょー?」
「マリー様。私は皆様を裏切ってなどいませン」
L・ラバー・ラウラリーネットは不服そうに言った。
「……分かった。じゃあ誰から呼び出す?」
「ふむ。万が一のことを考えるならば、戦闘力が比較的低い支援系ビルドのメンバーを呼び出すべきではないか?」
「そう考えるとー、A・アクター・アダムマンとか、T・ティーチャー・テレントリスタンとかかなー? でも二人とも厄介な能力を持ってるよねー」
「危険な能力を持っていなくて、かつ戦闘力の低い……。消去法で、S・サバイバーとかか?」
鹿羽は、一人のNPCの名前を口にした。
S・サバイバー・シルヴェスター。
楓が作り出した、タンク系のNPC。
物理攻撃に対する高い耐性と、特化された自己再生能力が特徴の、いわゆる“ゾンビ系ビルド”のNPCだった。
撃破するのに時間がかかる為、敵としては面倒な能力の持ち主であったが、それ以外に面倒な能力は持っておらず、厳しく言えば、時間稼ぎしか出来ないNPCだった。
そして鹿羽にとって、自分達のNPCの中で最も対処が容易だと思えるNPCだった。
「我が創造せしシルヴェスターを弱いと申すか!?」
「変な能力を持っていないのはB・ブレイカーかS・サバイバーぐらいだろう。その二択なら、確実にS・サバイバーの方が安全な筈だ」
「ぬぬぬ」
「ラウラちゃんは誰が一番安全だと思う?」
「能力を考慮するのであれバ、カバネ様の言う通り、S・サバイバー・シルヴェスターが最も対処が容易かと」
「決まりだ。S・サバイバーを呼んで、話を聞こう」