【058】光の天使VS“B”②
一
鹿羽は遥か上空から、地上で繰り広げられている死闘を眺めていた。
(E・イーターを追い詰めたとはいえ、やはりB・ブレイカーには勝てないか。当然といえば当然だが)
B・ブレイカー・ブラックバレットと“光の天使”の戦いは、一方的な展開となっていた。
B・ブレイカー・ブラックバレットが斧を振るうたび、セラフィマの身体は傷付いた。
しかしながら、セラフィマがどんなに剣を振るっても、B・ブレイカー・ブラックバレットの身体が傷付くことはなかった。
圧倒的な、地力の差。
隔絶した、埋めようのない実力の違い。
鹿羽ですら傷付けることが容易ではない鋼の肉体と、“破壊”を象徴する圧倒的な攻撃力を前に、“光の天使”――セラフィマは何も出来なかった。
そして、何も出来なかったとしても、この戦いを見て彼女を非難する者はきっといなかった。
(間違いなく、このままB・ブレイカーが勝つだろう。だが――――――――)
この戦いがB・ブレイカー・ブラックバレットの勝利で終わることには、鹿羽は何の疑いも無かった。
しかしながら、目の前で繰り広げられている苛烈な戦いとは直接には関係の無い、ある一つの事実に、鹿羽は気が付いていた。
(異なる二つの魔力を持つ事なんて、ありえるのか……?)
“光の天使”――セラフィマ。
彼女の身体の中で二つの相違なる魔力が流れていることに、鹿羽は気が付いていた。
「こ、このままでは……っ」
「セラフィマ様を失えば我々は終わりだ! 命に代えても助けるぞ!」
セラフィマの劣勢を受けて、黒の教会のメンバーが遂に飛び出した。
彼ら、彼女らは、自分達がやろうとしていることが自殺行為であることを十二分に理解していたが、それでも目の前の光景を見過ごすことは出来なかった。
「――――<祓う光/ホーリーレイ>!」
「――――<竜巻/トルネイド>!」
魔術師として確かな実力を持つ黒の教会メンバーの魔法が、B・ブレイカー・ブラックバレットに殺到した。
「はっ、土俵にすら立てていない愚か者共め」
しかしながら、どれも“光の天使”――セラフィマの助けにはならなかった。
当たり前の話だった。
セラフィマにすら届かない攻撃が、その彼女の遥か先を行くB・ブレイカー・ブラックバレットに通用する筈も無いのだから。
「――――――――ッ」
B・ブレイカー・ブラックバレットから噴出した嵐に、飛び出した黒の教会メンバーは為す術も無く飲み込まれていった。
そしてそのまま、再び彼らが動くことはなかった。
「は……っ。バカ、じゃん……。見れば、分かるでしょ…………っ」
「救い難き、あまりにも愚かな仲間だったな」
「は……っ。あいつらを一方的になぶることくらい……っ。はあ……っ。私にも……っ。はあ……っ。出来るわ……っ」
「そうだな。だから何だ、ということでもあるが」
B・ブレイカー・ブラックバレットは吐き捨てるようにそう言った。
大きく傷付き、もはや満足に動くことすらままならないセラフィマを前に、B・ブレイカー・ブラックバレットは静かに鹿羽へと視線を移した。
(…………カバネ様からのご指示は無し。このまま無力化せよ、ということか)
「よそ見だなんて……っ。随分と余裕そう、ね……っ」
「……語弊があるな。貴様から視線こそは外したが、注意を逸らした覚えはない」
「言っている意味が……っ。理解、出来ないわね……っ」
「分からなくても問題は無い」
B・ブレイカー・ブラックバレットは、白く輝く斧を、更に強く握りしめた。
「――――――――終わりだ」
もはや、セラフィマには抵抗する力など残されていなかった。
だからといって、情けを掛ける甘さはB・ブレイカー・ブラックバレットには存在しなかった。
「魔法ならどうかしら……っ!――――<黒の断罪/ダークスパイク>っ!」
セラフィマの叫びと共に、漆黒の杭がB・ブレイカー・ブラックバレットに殺到した。
しかしながら、一つとして“それ”がB・ブレイカー・ブラックバレットに届くことはなかった。
最後の“それ”が弾かれた頃には、B・ブレイカー・ブラックバレットはセラフィマの目の前へと迫っていた。
「――――“天使殺し/エンジェルスレイヤー”、てことね……っ」
「そんな能力は無い。無論、天使の相手は慣れたものだが」
B・ブレイカー・ブラックバレットはそう言うと、斧を振り上げた。
そして、一撃が“光の天使”を貫いた。
鮮血が舞い、風が平原を駆け抜けた。
「…………っ」
“光の天使”はそのまま、ゆっくりと仰向けに倒れた。
「…………なお、死なないか」
B・ブレイカー・ブラックバレットは、静かにそう呟いた。
立ち尽くすB・ブレイカー・ブラックバレットの傍に、鹿羽はゆっくりと降り立った。
「終わったか?」
「いえ、まだ息はあります。とどめを刺しますか?」
「…………いや、殺すことはない。B・ブレイカーで十分対処出来ることが分かったんだ。いつでも……、始末は出来る」
躊躇うように、鹿羽はそう言った。
そして鹿羽は、倒れたセラフィマに歩み寄った。
(…………やはり、殺した方が良いんだろうか)
地に伏し、静かに呼吸をしているセラフィマに対して、鹿羽は険しい視線を向けた。
鹿羽から見て、“光の天使”は美しい女性だった。
たとえ全身が生傷に覆われ、鮮血がおどろおどろしく散らばっていたとしても、彼女は美しかった。
魔法一つで、鹿羽はセラフィマを殺せた。
たった一つの、それも低位な魔法だったとしても、きっと鹿羽はセラフィマを容易く葬ることが出来た。
大きく傷付き、想像を絶する痛みを味わったE・イーター・エラエノーラの仕返しも、鹿羽は簡単に遂行することが出来た。
更に言えば、大量の魔力と引き換えに蘇生すら許さない究極の死を与えることだって出来た。
そして、大切なものを守る為にも、殺すべきなのかもしれなかった。
(今まで散々殺したろ……。こいつが殺そうとするから、俺は殺すことを決意したんだろ……っ。どうして……っ、どうして俺は迷ってるんだよ…………っ)
鹿羽は、殺せなかった。
復讐の為に、今この手を振り下ろせば二度と戻れなくなるような気がして、鹿羽は目の前の女性を殺すことが出来ないでいた。
『――――――――』
(こいつは敵だ。敵なんだ…………っ。殺せる内に殺さなきゃ…………っ)
『――――、――』
(何でも良い……っ。“黒の断罪/ダークスパイク”でも、“火球/ファイアー”でも……っ。“落雷/ライトニング”でも“風刃/シェーバー”でも“魔の矢/マジックアロー”でも……っ。何でも、良いだろ…………っ)
『――あ、――――――――』
鹿羽は、気付くのが遅れた。
目の前の“光の天使”――セラフィマに流れるもう一つの魔力が、大きく乱れていることに。
「カバネ様っ!」
「――――――――ッ!――――<対魔障壁/マジックバリア>ッ!」
鹿羽は、慌てて防御魔法を展開させた。
しかしながら。
『――――残念だったね。僕には魔法は効かないのさ。なんたって僕は魔法の専門家だからね』
“光の天使”――セラフィマから、光が飛び出した。
その光は展開された防御術式をすり抜けて、鹿羽に迫った。
(間に合わ――――)
『――――――――僕の名は、リフルデリカって言うんだ。本当に悪いんだけど、その身体、貰っちゃうね』
光が、鹿羽に到達した。




