【056】深み
一
場所は鹿羽達のギルド拠点内部、医務室。
ベッドの上で身体を起こしている楓に対し、鹿羽は心配そうな様子で彼女を見つめていた。
「楓。大丈夫か? 何か思うところがあったら、変な意地を張らずにキチンと言うんだぞ?」
「……鹿羽殿。心配し過ぎである。体調には問題無いぞ」
「風邪、ではないんだよな? 食あたりとか……。魔法による呪い、とか……」
「…………少し、変な夢を見ただけである。直ぐに良くなるであろう」
「……そうか」
鹿羽は僅かに目を細めて、そう答えた。
ライナス達が住んでいたフィリル村の襲撃の後、楓はしばらくの間、ギルド拠点にて待機し続ける日々を送っていた。
無論、楓は代わり映えしない日々に退屈を感じていたが、瀕死になったE・イーター・エラエノーラと、それによって豹変したように緊張感を放つようになった鹿羽によって、文句も言わずに自分の境遇を受け入れるようになっていた。
そして、ルエーミュ王国が統一国家ユーエスへと変わり、その統一国家ユーエスがリフルデリカ教皇国と戦争を始めた頃。
楓は、寝込むようになった。
原因は不明だった。
医学、魔術、ありとあらゆる知識と技術を習得しているC・クリエイター・シャーロットクララが時間をかけて楓の身体を調べ上げても、彼女の不調の原因は判明しなかった。
鹿羽はただ、もどかしく、楓を看病することしか出来なかった。
「夜にまた来るからな。薄情な麻理亜も連れてくる」
「…………いや、麻理亜殿は忙しいと聞く。だから、しばらくは……、構わぬ」
「……そうか。伝えておくよ。あの楓が、麻理亜に気を遣ってたってな」
「……」
鹿羽は冗談めかしてそう言ったが、対する楓は苦笑いを浮かべるのみだった。
少なくともそれは、いつもの楓とは言い難いものだった。
「…………じゃあ、行ってくる。ゆっくり休めよ」
「無論、そうする」
「……」
鹿羽は、静かに医務室を後にした。
二
「――――C・クリエイター。楓の身体には、異常は無いんだよな?」
「はい。メイプル様の容体は安定しています。異常は……、ございません……」
C・クリエイター・シャーロットクララは、躊躇うようにそう告げた。
「じゃあ、どうしてあんなに元気が無いんだ? そんなの、おかしいだろう」
鹿羽は問い詰めるように、C・クリエイター・シャーロットクララに迫った。
楓の状態は誰が見ても明らかなほど、異常だった。
病気でもない、怪我でもない。
魔法でも、呪いでも、ありとあらゆる外的要因が何処にも見当たらない、彼女の身体には異常なんて何処にも存在しなかったとしても、楓の身体には確かに異常があった。
異常が無いなら、どうして楓は。
そんな言葉が喉から飛び出しそうになり、鹿羽は無理矢理押し込むように、その言葉を飲み込んだ。
そして、バツが悪そうに、鹿羽はうなだれた。
「……悪かった」
「いえ……」
鹿羽は心の底から申し訳なさそうに、謝罪の言葉を口にした。
対するC・クリエイター・シャーロットクララは視線を落として、そう返した。
気まずいような、そんな沈黙がこの場を支配した。
どれだけの時間が経ったのか。
悔しそうに下唇を噛む鹿羽に対し、C・クリエイター・シャーロットクララは意を決したように口を開いた。
「…………確証はございませんが、おそらくメイプル様と繋がっている正体不明の魔力の繋がりが、メイプル様の精神を蝕んでいると思われます」
C・クリエイター・シャーロットクララは自信なさげにそう言った。
楓の不調の原因は不明とされていた。
C・クリエイター・シャーロットクララの思わせぶりな発言に、鹿羽は強く反応した。
「…………どういうことだ」
「申し訳ございません。結論を出すには、まだ根拠が足りませんので……」
「分かる範囲内で良い。教えてくれ」
「……」
C・クリエイター・シャーロットクララは、ただ、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
そして。
「申し訳ございません」
悲しそうな顔で、鹿羽のかすかな希望を打ち砕いた。
「そう、か……。そう、だよな」
鹿羽の知る限り、C・クリエイター・シャーロットクララは極めて有能な人物だった。
解決出来る問題は、既に解決している筈だった。
知っていることがあれば、望み通りに教えてくれている筈だった。
そんな彼女ですらも分からないから、正直に分からないと伝えてくれていた筈だった。
C・クリエイター・シャーロットクララがチラつかせた解決への僅かな希望は、見ていられないほどに取り乱している鹿羽への、彼女なりの優しさだった。
「…………引き続き、注意深く彼女の容体を見守っててくれ」
「承知しております。必ずや、メイプル様をお救いして見せます」
「……頼む」
鹿羽は、C・クリエイター・シャーロットクララにそう告げて、場を後にした。
三
場所はギルド拠点内部。
幾つも存在する会議室の内の、一室にて。
鹿羽、麻理亜、A・アクター・アダムマン、B・ブレイカー・ブラックバレット、C・クリエイター・シャーロットクララ、G・ゲーマー・グローリーグラディス、L・ラバー・ラウラリーネット、T・ティーチャー・テレントリスタンの計八人は、今後の大まかな方針を確認する為の戦略会議を行っていた。
「――――――――ラウラちゃんの報告から考えても、明らかに次の戦いが決戦になりそうよねー。あんなものを見せられて、なお頑なに戦力を温存するほど、リフルデリカ教皇国のお偉い様の肝は据わってないと思うなー」
「では、E・イーター・エラエノーラを瀕死に追い込んだ、“光の天使”とかいう無礼者が出て来るということでしょうか」
麻理亜の発言に、B・ブレイカー・ブラックバレットは丁寧な口調で問いかけた。
「多分ねー。まあ、あっちが切り札を出してくるならー、こっちも“幾つかの切り札”で対抗した方が良い訳だしー。という訳で、バレットちゃんと鹿羽君の最強コンビで予定通り徹底的に叩き潰しちゃいましょー。勿論、こっち側に引き抜けそうなら、そうしても良いけどね?」
麻理亜はそう言うと、鹿羽の方を向いてウィンクをした。
対する鹿羽は表情を変えることなく、口を開いた。
「……奴はE・イーターを傷付けた。おそらく、分かり合えることはないだろう。二度とその力を振るえないようにするのは確定事項だ。場合によっては……、始末することも必要だろう」
「最近、思い切りが良いね。無理してるなら、無理しなくても良いよ?」
「大丈夫だ。自分の為にやっていることだからな」
「…………そう。なら、完全に任せちゃっても大丈夫そうね。“光の天使”に関しては、鹿羽君に一任するわ」
「ああ。そうさせてもらう」
鹿羽は淡々と、そう語った。




