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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
三章
55/200

【055】キホンテキジンケン


 一


 何十年にも及ぶ平和の時代を打ち破る形で火蓋が切られた、統一国家ユーエスとリフルデリカ教皇国の国家間戦争。

 当時、統一国家ユーエスの志願兵として参加していた民間人の一人が、長年秘匿され、謎に包まれていたこの戦争の詳細な記録を残していた。


 リフルデリカ教皇国が国境付近に配備した兵数は、およそ五万五千。

 対する統一国家ユーエスが動員したのは、国中から参加を募った志願兵およそ五千。


 数字だけを見れば、明らかにこの記録の信憑性が疑わしいことが見て取れた。


 しかしながら、この記録を残した民間人は、非常に興味深い記述を残していた。


 空を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が、一瞬にしてリフルデリカ教皇国の兵を半壊にまで追い詰めた、とか。

 或いは、数え切れないほどの“生き死体/リビングデッド”がどこからともなく現れて、リフルデリカ教皇国の兵に奇襲を仕掛けた、とか。


 どれも真実かどうか非常に疑わしい内容であったが、統一国家ユーエスが僅かな志願兵によって強国リフルデリカ教皇国の前線を打ち破ったのは、今ある世界を見れば明らかなことであった。

 もしかしたら、この記録を残した民間人は、書き残した内容に匹敵する程の“奇跡”を目の当たりにしたのかもしれない。


 二


 統一国家ユーエスによって通達された、リフルデリカ教皇国への宣戦布告。

 国際法を順守した形で、両国の戦争は幕を開けた。


 その初戦。

 統一国家ユーエスとリフルデリカ教皇国、両国の境界線によって勃発した戦いは、驚くべき結果に終わることになった。


 統一国家ユーエスの侵攻を確実に打ち砕く為に用意された、リフルデリカ教皇国およそ五万の兵は、たった五千の、それもまともに訓練が施されていない志願兵によって、あえなく敗走する羽目となっていた。


 リフルデリカ教皇国五万の兵は、この戦いでおよそ四千が戦死、千が行方不明、三万七千が撤退、残る八千が捕虜となった。

 対する統一国家ユーエスの犠牲者は、ゼロ。

 この戦いは、リフルデリカ教皇国の屈辱的な大敗というより、統一国家ユーエスによるプロパガンダだとしか思えない、異様な結果に終わっていた。


 そして、この戦いの当事者達は、誰一人としてこの結果に異論を唱えることはなく、誰一人として、ことの詳細を語ろうとはしなかった。


「――――――――お前がこいつらの責任者? 合ってる?」

「ああ。私が前線の部隊を任されていた、ロッツ・レイドーだ」

「名前なんて興味ないし、どうでも良いけどね。僕の名前はエルメイ。お前ら捕虜の面倒を任されている。この中では僕が一番偉いから、そこんとこ、理解してね」


 場所は統一国家ユーエス領、リフルデリカ教皇国との国境付近の軍事拠点にて。


 エルメイと名乗ったボーイッシュな少女は、自身よりも遥かに身体の大きな男に向かって、堂々とそう告げた。


「……随分と若いのだな。妖精の血を引いているのか?」

「ねえ。君とお話をしたい訳じゃなくてさ、僕はお前らが変なことをしないように監視するっていう大事な大事な使命があるんだよ。それに、“きほんてきじんけんのそんちょう”っていうのも意識しないといけないし……。分かっていると思うけど、暴れたら殺すから。部下共にもそう伝えといて。分かった?」

「…………了解した」


 男は戦場の惨状を思い出し、深く頷いた。


「はあ……。すっごい勉強して、すっごい努力したのに……。任された仕事が捕虜の監視だなんて……。一緒に仕事したかったな……」

「君は……、戦いを見ていたか? あの地獄を……」

「うん! 見てたよ! 凄かったよね! 第八階位、いや、もっと上かもしれない。たった一つの魔法で、お前らが無様にやられていくさまは最高だったよ!」

「……あれは、貴殿の国では当たり前のことなのか?」


 男には、あの地獄を嬉々として眺めていたという少女のことが信じられなかった。

 そして、それが統一国家ユーエスにおいては当たり前のことなのではないかという、ある種の恐れのようなものを、男は感じていた。


「言う訳ないじゃん。死にたいの?」

「…………いや、悪かった」

「はあ……。真面目にやらないとガッカリされちゃうし……。でも、やっぱり面倒臭いなあ……」


 少女――エルメイは、不満そうな態度を隠すことなく、そう吐き捨てた。


 そんなエルメイに、一人の女性が近づいていった。

 年齢こそはエルメイよりも年上の女性であったが、彼女の肩書きはエルメイの部下であった。


「エルメイ様。そろそろ捕虜の食事の時間です。捕虜の誘導とご説明を」

「もう! 今からやろうと思ってたのにさ!」

「左様でございますか」

「分かってると思うけど! 仕事が出来ていなかっただとか! 変なこと報告しないでね! 魔術師エルメイは完璧にお仕事を遂行したって伝えてよ! 分かった!?」

「……無論、そのように」


 エルメイの部下である女性は、無表情のまま、そう返した。


 そんな不愛想な彼女の態度に、エルメイは大きな溜め息をついた。

 そしてエルメイは男を睨みつけて、面倒臭そうに口を開いた。


「――――そう言う訳だから。ご飯だってさ。さっさとそいつらを動かしてもらえる? 無駄に人数だけはいるんだからさ」


 三


「なあ、兄ちゃん」

「どうした、弟よ」


「……ご飯、美味そうだな」

「……そうだな。とても美味しそうだ」


「ルエーミュ王国って、豊かなのかな。兄ちゃん」

「今は統一国家ユーエスって言うらしいぞ。弟よ」


「……俺達、捕虜なのに、美味しいご飯を出してくれるんだな」

「……そうだな。美味しいかどうかはまだ分からんが、とても美味しそうだ」


「俺達が見たのって、只の悪い夢だったんじゃないか? 兄ちゃん」

「どうだろうな。悪夢だったという点では、そうかもしれないな。弟よ」


「……もう、食べても良いらしいよ」

「……そうか。では、頂こう」


「美味しいね。兄ちゃん」

「そうだな。とても美味しいな。弟よ」


 統一国家ユーエスにおける捕虜の扱いは、基本的人権の尊重という観点に基づいて、然るべき対応をさせて頂いております。


 とある捕虜達の食事風景より。


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