【054】行進曲②
一
場所は統一国家ユーエス、リフルデリカ教皇国との国境付近。
開戦の時が近付き、そして戦場となるであろうこの場所は、張り詰めた雰囲気に包まれていた。
そして、その国境付近、統一国家ユーエス側の拠点にて。
志願兵の一人であるジョルジュ・グレースは、明らかに戦争の準備が整っていない自軍の有様を見て、頭を抱えていた。
(見守っていれば良いだなんて……。このままでは、為す術も無く負けてしまうだけなのでは……? 志願兵達の練度だって、皆が私みたいに訓練を重ねている様子ではなかったですし……)
「おい、見ろ。空に何かいるぞ」
「魔術師か? もしてかして、あの二人が何か仕掛けるのか?」
整列した志願兵の一人が、空を指差した。
彼の言う通り、空には二つの人影が浮いていた。
瞬間、巨大な魔法陣が空を覆った。
それは魔法というにはあまりにも巨大で、そして禍々しかった。
「な、なあ。完全にヤバい奴だろ、あれ」
「逃げた方が良いんじゃないか……? お、俺、お金無いから来たのに……」
誰も見たことの無い、強大な魔法陣だった。
それを見た誰もが、等しく、未知への恐怖を抱いた。
そして、それは間違いなく、本能的な危険を感じさせる光景であった。
しかしながら、恐怖を抱き、身体を震わせる志願兵の中でも、たった一人だけ、周りとは異なる感想を抱いていた。
それは、まだ新しい記憶の想起。
それは、全てを守る英雄への大きな憧れ。
「――――ニームレス、様?」
かつて、ジョルジュ・グレースという少女に魔法を授けた、G・ゲーマー・グローリーグラディスという名の魔術師が居た。
その魔術師と共にいた人物と酷似した少年が、ジョルジュ・グレースの瞳には映っていた。
二
場所は統一国家ユーエス、リフルデリカ教皇国との国境付近。
その、リフルデリカ教皇国側にて。
「な、何なんだよ。あれ……」
リフルデリカ教皇国正規軍の兵士の一人が、空を指差して、そう呟いた。
「狼狽えるな! 我が軍の優勢には変わりない!」
部隊長である男の叫びが響き渡るが、目の前の異様な光景を前には、あまり効果はなかった。
晴れ渡る空を覆い尽くす、漆黒の魔法陣。
それは、魔法使いに憧れた子供が書き捨てたような、陳腐な神話の世界。
たとえそれが、実体を伴わない見掛け倒しだったとしても、あまりにも強大で、恐ろしい光景だった。
そしてそれは、見掛け倒しでも何でもなく、実体を伴った大魔法であった。
「――――<骸兵行進曲/アンデッドマーチ>」
統一国家ユーエスとリフルデリカ教皇国の国境をなぞるように、横に長い次元の穴が隙間を覗かせた。
それは、神の救済を思わせるような聖なるものではなく、ひたすら暗い、恐ろしい穴だった。
「ぶ、部隊長……」
「ルエーミュ王国は、悪魔に魂でも売ったというのか……?」
穴から静かに姿を見せたのは、生を喰らう死の軍勢だった。
“生き死体/リビングデッド”、“不死/アンデッド”などとも称される、ありとあらゆる異形が、リフルデリカ教皇国の軍勢を睨みつけていた。
「――――“骸王/デスキング”もいます! それも……、多数……っ!」
「何だと……っ!? ここを“生き死体/リビングデッド”の領地にでもするつもりか……っ!?」
「ぶ、部隊長……。間も無く、開戦時刻です……」
「まさか――――」
リフルデリカ教皇国の大隊を任されていた男が言い終える前に、死の軍勢はゆっくりと行進を始めた。
統制の取れた動きで、まるで訓練された兵士のように、死の異形達は歩みを進めていた。
「開戦時刻、です」
部隊長の男の側近が言い終えた瞬間、死の軍勢は国境線を静かに踏み越えた。
そして、大地を震わせ、骨を鳴らして、その時を待ち望んでいたかのように、死の軍勢は走り出した。
「――――全軍! 陣形を崩すな! 我らが教皇国の力を見せてやれ!」
部隊長の男は、振り絞るようにそう言った。
三
“骸兵行進曲/アンデッドマーチ”。
鹿羽達が良くプレイしていたゲームに登場する、ランク十の召喚系魔法。
莫大な“MP/マジックポイント”消費という、単純かつ致命的な欠点を有する魔法であったが、その分の性能は十分に有していた。
ありとあらゆる“生き死体/リビングデッド”系のモンスターを大量に召喚する、この“骸兵行進曲/アンデッドマーチ”であったが、全体を効率良く攻撃出来ないプレイヤーにとってすれば、非常に対処が難しい魔法であった。
有り体に言えば、全体攻撃が出来ない相手に対して効果のある、時間稼ぎの魔法であった。
しかしながらそれは、“骸兵行進曲/アンデッドマーチ”にて召喚されるモンスターを瞬殺出来るプレイヤー達に限定された話であった。
日々、命を懸けて低位の“生き死体/リビングデッド”を討伐している兵士からすれば、時間稼ぎなどと云う楽観的な言葉で表現することなど出来なかった。
“骸兵行進曲/アンデッドマーチ”とは、生を喰らうに相応しい、文字通りの“死の軍勢”であった。
「うわあああああああああ!!!!!」
兵士の叫びが上がった。
対する骸骨は何も語ることなく、ただ己に与えられた使命を全うするかのように黙って剣を振るった。
「――――首ヲ差シ出セ……。ソレガ……、王ノ望ミダ……」
一際大きな“生き死体/リビングデッド”が、空っぽの頭蓋骨を鳴らしてそう告げた。
その声に呼応するように、“死霊/レイス”が戦場を駆け回り、兵士達の生命力を喰らっていった。
「死にたくない奴は逃げろ! “骸王/デスキング”には勝てない! 退路を確保しろ!」
「逃ガサン……。抵抗スル者ニハ、死ヲ……」
“骸王/デスキング”と呼ばれた“生き死体/リビングデッド”が、握り締めた大剣を横に振るった。
瞬間、“骸王/デスキング”から幾つもの青い炎が飛び出し、リフルデリカ教皇国の兵士達を逃すまいと追尾していった。
「ひ」
青い炎は、逃げ惑う兵士を執拗に追い回した。
やがて、力尽きた兵士に着弾すると、青い炎は爆発するように燃え上がった。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!」
“骸王/デスキング”の蒼炎は、次々とリフルデリカ教皇国の兵士達を灰に変えていった。
「ひ、ひいいいいいい!!!!????」
人類に甚大な被害を及ぼす魔物として恐れられている“骸王/デスキング”が、この戦場に何十体と闊歩していた。
たった一体を討伐するのに数か月単位の予定が組まれる筈の化け物が、戦場にて、予告も無くその力を存分に振るっていた。
「こ、殺さないで……」
あまりにも、情けない声だった。
一体の“骸王/デスキング”が、何でもない一人の兵士を前に、その頭蓋骨をカチカチと鳴らしていた。
兵士が握り締めていた鉄剣が、静かに地面へと落下した。
歯はガチガチと震え、兵士の瞳からは恐怖の涙が零れ落ちた。
「――――――――降伏スル、トイウコトカ?」
「ひ……っ」
「武器ヲ捨テ、戦ワナイ、トイウコトカ?」
兵士は一瞬、目の前の“骸王/デスキング”が何を言っているのか理解出来なかった。
しかしながら、虐殺の手を止め、自分を覗き込む“骸王/デスキング”の恐怖を前に、兵士は必死に首を縦に振った。
「――――――――感謝セヨ。王ハ、投降シタ者ヲ殺スナト言ッタ。ソノ慈悲ニ、深ク感謝セヨ」
やがて興味を失ったように、“骸王/デスキング”は目の前の兵士を置いて歩き出した。
周りのありとあらゆる“生き死体/リビングデッド”も、まるで誰も居ないかのような素振りで、その兵士を無視して進軍を続けた。
「た、た、助かった……、のか……?」
兵士の男はしばらく動くことが出来なかった。
通り過ぎた“生き死体/リビングデッド”の一体が、彼の傍らに落ちていた鉄剣を取り上げると、そのまま持ち去っていった。




