【051】狂気の向く先
一
グラッツェル・フォン・ユリアーナの演説から、およそ二か月もの時間が経過した。
そして成立した統一国家ユーエスは、初めての選挙を行っていた。
為政者達の不正に抗議する民衆の支持に乗っかる形で民主革命を成功させ、二か月もの間、各地を飛び回って投票を呼び掛けたグラッツェル・フォン・ユリアーナが選挙で最高指導者に選ばれたのは、もはや当然の結果といえた。
無論、それは裏で手引きした者達にとっても、予定通りのことであった。
「――――ともあれ、玉座の座り心地はいかがかしら? 目立った反乱も起きていないしー、革命は大成功だったかもね」
場所は旧ルエーミュ王国、統一国家ユーエス首都ルエーミュ・サイ。
その中心地にある城にて。
かつて王族達が寝泊まりしていた王城は、政治決定の為の議会へと生まれ変わっていた。
「…………正直、今の今まで、貴女のことを疑っておりました。国を乗っ取る為に、私に近付いたのではないかと……。例えば、ローグデリカ帝国の者であったりとか……」
「酷ーい。私達は良い友人だよ? 疑うなんて心外だわ」
少女――麻理亜は、椅子に深く体重を預けながら、統一国家ユーエスの最高指導者であるグラッツェル・フォン・ユリアーナと会話を交わしていた。
「……しかしながら、どうしてここまでしてくれるのですか? 貴女方が提案し、私の名の下に実行に移された数々の改革……。どれも、一朝一夕で思い付くようなものではありませんでした。全て私の功績として評価されていますが……。マリア様の本当の狙いは一体……?」
「――――そうね。形式的な民主政治による支配、第一次産業に特化した魔術師や専門家の派遣による国力の底上げ、一番国民の心を掴んだのは税金を半分にしたことかな? あれもこれも面白いくらいに上手くいったねー」
「……」
麻理亜は羅列するように言葉を並べ立て、楽しそうに笑った。
対するグラッツェル・フォン・ユリアーナの表情は固く、険しかった。
「でも、まだ安心しないでくれる? これから貴女には、目が回るような多忙な日々に耐えてもらう必要があるんだよ? それは五年十年、下手をすれば、一生続くかもしれない。貴女はそれを選択した。選択したからには、責任を果たしてもらうわ」
「それは、とうに覚悟は出来ています。私が切り捨てた全ての人々に、報いる為にも」
「なら良いわー。貴女は私の次ぐらいに頭が良いもの。頑張ってもらわなくちゃ困る困る」
「……」
かつて王族であった少女に対するものにしては、麻理亜の態度はあまりにも砕けたものだった。
そんな麻理亜に対し、かつて王族であった少女は腰の低い姿勢を崩さなかった。
何か弱みを握られているのではないか、と。
かつてのルエーミュ王家を知る者であれば、そんな邪推をする程に。
「――――――――あと、そうね。どうして、私がこんなことをしているのか……」
麻理亜は、言葉を選ぶように空中に視線を泳がせた。
そして、意を決したのか、淡々と語り出した。
「私はね、自分のことしか考えていないの。自分の為なら、自分の利益の為なら、私は何だってする。自分の大切なものを守るのは当たり前。自分の大切なものの為に、私は更なる利益を追求する。誰かを虐げ、誰かを殺すのも、全ては私の為。誰かに優しくするのも、誰かを助けるのも、全ては私の目的の為。そこに一切の迷いも、無駄も無い」
麻理亜は、何処かを見据えながら続けた。
「今まで諦めてた。生まれて、生きて、人というちっぽけな器に見合った人生を送って死ぬんだと思ってた」
麻理亜は、続けた。
「でも、今は違う」
麻理亜は、続けた。
「私には力がある。私の利己的で強欲な願いを実現させるだけの力が、今の私にはある」
そして、グラッツェル・フォン・ユリアーナを見据えて、麻理亜は続けた。
「なら、もうやるしかないじゃない。閉ざされた運命が開いたのなら、もう私には迷いなんて無いの」
麻理亜は、そう断言した。
グラッツェル・フォン・ユリアーナは、突如噴出した麻理亜の言葉の数々に反応することが出来なかった。
「…………」
「ふふ。安心して? より良い国家を築き上げていくという点では、私と貴女は一緒なんだから。貴女が望む未来を、私達は手助けする。だから貴女は、私の為に、自分の望む未来を勝ち取れば良いの。簡単でしょ?」
「……はい」
「なら、良いわ。じゃー、私はとっても忙しいのでー、お先に帰らせて頂きます。じゃあね」
「…………お気を付けて」
「ふふ。本当にそう思ってる?」
麻理亜は悪い笑顔を浮かべてそう言うと、光と共に消失した。
この部屋には、グラッツェル・フォン・ユリアーナだけが取り残されるのみとなった。
麻理亜の気配が完全に消失したのを確認すると、グラッツェル・フォン・ユリアーナは、ぽつりと呟いた。
「――――ミュヘーゼ。終わりました」
「……そう、ですか」
グラッツェル・フォン・ユリアーナの言葉と共に、一人の女性がこの部屋に入室した。
女性の名はミュヘーゼ。
グラッツェル・フォン・ユリアーナの腹心であり、かつて存在したルエーミュ王国の秘密組織――白の教会に所属していた実力者であり、そして白の教会を襲撃した麻理亜によって生死を彷徨った女性だった。
ミュヘーゼは今なお、麻理亜という存在を、主君であるグラッツェル・フォン・ユリアーナに引き合わせてしまったことを後悔していた。
ミュヘーゼの知っている麻理亜とは、霧の中、人の命を弄びながら笑う悪魔だった。
要するに、そんな倫理や道徳が著しく欠如した化け物に、大切な君主であるグラッツェル・フォン・ユリアーナが関わること自体、ミュヘーゼにとってすれば気が気ではなかった。
「ユリアーナ様。その……。何も、されませんでしたか?」
「あまり、そう言うことを口にするものではありませんよ? 私は大丈夫です」
「しかし、心を許し過ぎるのも考え物かと……。彼女は、国家武力に匹敵する実力を個人で有しています。何でも手に入る筈の彼女が、こうしてわざわざユリアーナ様と接触していること自体、不可解なことです。何か恐ろしい目的があったとしても、おかしくはない、かと」
「……そうかも、しれませんね。既にマリア様の手の平の上で、都合良く動かされている感覚は確かにあります。しかしながら、この国が生まれ変わり、より良い方向に進んでいることもまた、否定しようのない事実です。マリア様が思い描く理想の、その過程の中で民が幸せになれるなら、私は悪魔に魂を売ってしまうかもしれません」
グラッツェル・フォン・ユリアーナは、得体の知れない存在の恩恵にあずかっていることを理解していた。
そして、望む結果が得られるのなら、それでも良いと思っていた。
「――――彼女が示した次の計画を、承認するおつもりですか?」
「……はい。国民はそれを望みつつ、いえ、きっと望むことでしょう。革命に湧き上がった国民の意思は、マリア様の予想通り、次の段階へと移りつつあります。信じられない……、そして、信じてはいけないのかもしれませんが……」
「そうなれば、ローグデリカ帝国は黙っていません。長きにわたって保たれてきた大陸のバランスが、大きく、崩れてしまう、かと……」
「それは私も提案致しました。そしてマリア様は、きっとそうなるだろう、とも。マリア様は、ローグデリカ帝国すらも、飲み干すおつもりなのかもしれません」
「そ、そんなことが……。あ、ありえるのですか……?」
「賽は投げられました。もう、私達は止まることは出来ません。いえ、止まることなど、もはや許されません。帝国だろうと、世界だろうと、私は国民の為に、戦います」
「――――で、では……」
「そうですね」
グラッツェル・フォン・ユリアーナは、決意の秘められた瞳で、御付きの女性を見据えた。
「――――統一国家ユーエスは、リフルデリカ教皇国に宣戦布告をします。長きにわたって平和を守り続けた、かの国を、私達は討ち滅ぼします」




