【050】レヴォリューション
一
「――――来たか」
「ふわ……。お手紙、読んでくれた? 貴方は、多分、良い人。だから、出来ることなら、殺したくない」
「私も死にたくはないよ。私も若ければ、違う選択をしたかもしれないな」
場所はルエーミュ王国、ガルニカ領。
ガルニカ領はルエーミュ王国の中でも端の方に位置しており、面積こそは広大であったが、基本的に穏やかな時間が流れる辺境であった。
ガルニカ領の中心都市であるガルニオンも、都市と呼べるような賑わいは無く、季節の移ろい共に変化する伝統的な営みがあるのみだった。
そんなガルニオンに建てられた、領主の屋敷にて。
執務室にて椅子に座り込む領主――ガルニカ・クラウディオの前には、E・イーター・エラエノーラが槍を握り締めて立っていた。
「…………? 若い? 違う選択……? よく、分からない」
「そうか。なら、はっきりと伝えよう」
ガルニカ・クラウディオは、E・イーター・エラエノーラを見据えた。
「私は、王を裏切ることなどできない。もし、王を裏切り、このクーデターに従えというのなら、私は死を選ぶ」
ガルニカ・クラウディオは、そう断言した。
「……死にたいの?」
「死にたくはないさ。出来ることなら、この領地の行く末を見届けたい。だが、それは叶わない願いのようだ。私は王への忠誠の為に生きてきた。忠誠の為ならば、私は死ぬ覚悟が出来ている」
「忠誠……。それは、分かる。その為に死ぬのも、理解、出来る。でも、貴方は死ななくても良い筈。私は、あまり、殺したくない」
「王への忠誠を誓っている私を見逃してくれるというのか?」
「…………それは、出来ない。私には、私の、忠誠があるから」
E・イーター・エラエノーラは、静かに首を横に振った。
そして、鈍く煌めく銀の槍を、ガルニカ・クラウディオへと向けた。
「……せめて、苦痛なく、終わらせてくれ」
「本当に良いの? 私は、本当に貴方を殺すよ?」
「やってくれ。忠誠の為ならば、悔いはない」
「最後の、確認。本当に、良いんだよね?」
「ああ。良いんだ」
「……………………分かった」
E・イーター・エラエノーラは、槍を振るった。
音は無く、僅かな鮮血だけが執務室の絨毯を赤く染めた。
「――――分かる。気持ちは、分かる、けど……。ちょっと、悲しい」
E・イーター・エラエノーラは俯きながらそう言うと、静かにこの場から立ち去った。
二
ルエーミュ王国内、とある領地にて。
「なあ。本当に演説なんてあるのか? 王都ならともかく、こんな辺鄙な集落でよ」
「お役人様が言ってたんだから、嘘じゃねえだろうよ。しかし、まあ、そろそろ時間なのに馬車の一つも来ねえなあ」
「お、おい。上! 上を見ろ!」
「あ?」
代わり映えしない日々を送る領民達の頭上に、巨大な魔法陣が浮かんでいた。
巨大な魔法陣は更に輝きを増し、難解な術式に込められた意味を発現させていった。
「女の子、か?」
誰かが呟いた。
その呟きの通り、空には正装を纏った可憐な少女が、巨大な映像として映し出されていた。
『――――国民の皆様。聞こえておりますでしょうか。私はルエーミュ王国第二王女、グラッツェル・フォン・ユリアーナです』
「お、王女様だってさ!」
「それはいけねえ! 今の内に拝んどこ」
『――――次々と明らかになった王族貴族の不正……。皆様の怒りは、我々の不徳の致すところです。本当に、申し訳ございませんでした』
「……そんなことあったんか?」
「知らねえ。ウチの領主様は畑仕事で忙しいやろ」
『――――私は、民を導くべきである王族貴族が不正に手を染めたことが許せませんでした。民衆の正義によって、裁かれるべきだと』
「王女様は綺麗だな。ウチの奥さんとは大違いだ」
「あんた。なんか言ったかい?」
「…………いえ、何も」
『――――私は決断しました。この国は変わらなければいけない。誰もが、平等で、自由で、幸せになれる国家を築き上げていかなければなりません。その為には、誰もが平等で、自由で、幸せになれるルールを作らなければいけない』
「なんか、良い感じのこと言ってるでな」
「税は減るかね。減ると嬉しいんだが」
『――――先ずは、王族と貴族という肩書きを廃止にします。この国家を導く指導者は、正当な選挙によって選ばれます。そこに身分の違いはありません。私達は平等なんです。私も、皆様も、国民は等しく、平等です』
「選挙って……?」
「誰か言ってたよな。結構前だけど。誰だっけ」
『――――奴隷制も同様です。国民を不当に働かせることを、私は断じて許しません。国民は、誰もが平等で、自由で、幸せになれる権利があります』
「今日の夕飯は何だ?」
「昨日と同じだよ。パンと干し肉のスープさ」
「うめえもん食いてえなあ」
「アンタがもうちょい稼いでくれたらねえ」
『――――ルエーミュ王国からは、王族も、貴族も、いなくなります。もう、ルエーミュ王国は王国ではありません。ルエーミュ王国は、国民の利益を最優先する共和国として生まれ変わります』
「王が居なくなるから、王国じゃないのか」
「当たり前だろ。馬鹿かお前」
『――――ルエーミュ王国は、本日より、統一国家ユーエスとなります。ユーエスとは、“一つ”という意味です。私達は、一つにならなければなりません。平等で、自由で、幸せである為に、私達は一つにならなければいけません』
「平等、自由、ねえ」
『――――この国が大きく変わりゆく中で、国民の皆様には不安があるかもしれません。しかしながら、私は約束します。必ず、この国を最高の国家にして見せると。誰もが平等で、自由で、幸せである為に、誰もが胸を張って誇れる国にして見せると』
「…………」
『先ず、皆様の税を半分にすることを、ここに約束します』
「――――待て」
「今、何て言った?」
「まじで? 半分? ほんと?」
『――――税収制度の抜本的な見直しにより、もう、王族貴族にお金が流れることはありません。皆様が重い税によって苦しむことも、もう、ありません』
「やったあああああ!」
「王女様万歳!」
「万歳!」
『――――二か月後、統一国家ユーエスにて、記念すべき最初の選挙が行われます。この国の指導者を決定する、とても重要な選挙です。私は、この国を率いていく為に、今、この場をお借りして、選挙に出馬することをここに宣言します。投票する権利は、国民全員にあります。もし、私のことを信じて下さるのであれば、どうか、清い一票を私に投じて下さい。よろしくお願いします』
映像の少女は、深々と頭を下げた。
『どうか、よろしくお願いします』
ルエーミュ王国第二王女グラッツェル・フォン・ユリアーナの演説は、ルエーミュ王国全土のあらゆる地域にて同時放映されていた。
魔法による初めての映像通信、王族貴族奴隷制度の撤廃、国名の変更、民主化、そして税の大幅な引き下げは、大きな衝撃を国家全体、ひいては周辺諸国にもたらした。
後に、ユーエスの母として歴史に名を刻むことになるグラッツェル・フォン・ユリアーナの演説は、今もなお伝説のスピーチの一つとして、多くに人々に親しまれ、語り継がれていた。
ルエーミュ無血革命。
そして、第二王女の演説。
この二つが、統一国家ユーエスの黄金時代の始まりであったことは、言うまでもない。




