【005】探求
一
「飲み水が手に入る場所、デスカ。お待ち頂ければ、お部屋までお持ち致しますガ」
水の確保という直近の課題を解決する為に、鹿羽達はL・ラバー・ラウラリーネットに安全な飲み水が確保出来る場所を尋ねていた。
「いや、大丈夫だ。場所を教えてくれるだけで良い」
「分かりましタ。飲料水は調理室にあると思いマス。そちらに皆様を案内すれば宜しいのでショウカ?」
「そうそう。美味しい水が頂ける場所に案内して欲しいの」
L・ラバー・ラウラリーネットは、特に疑問を抱いた様子を見せずに歩き出した。
「お任せ下サイ。では、こちらデス」
二
L・ラバー・ラウラリーネットが言及した調理室は、鹿羽達がいた部屋からは少し離れた場所にあった。
調理室の中も、先ほどの部屋と同様に広々とした造りとなっていた。
異なる点を挙げるとすれば、この場所に存在する設備や道具の数であろうか。
同じ鍋と言っても、様々なサイズ、様々な形状のものがズラリと保管されていた。
同様に包丁、ボウル、まな板に至るまで、ありとあらゆる調理器具が揃っているように見えた。
鹿羽は率直に、こんなに必要ないだろうと思った。
「このように様々な飲み物が保管されていマス」
L・ラバー・ラウラリーネットが棚を開けると、そこには大量のグラスボトルが保管されていた。
「中身は水か?」
「これらは果実を絞ったものになりマス。いわゆるミネラルウォーターでしたら、こちらデスネ」
「わあ、私がデザインした通りになってるー。これなら料理も出来るかしら?」
「材料、設備共に不備は無い筈デス。“C・クリエイター・シャーロットクララ”であれば、皆様を満足させられる料理を提供できるカト……」
L・ラバー・ラウラリーネットが発した言葉に、鹿羽は一瞬、目を細めた。
(C・クリエイター・シャーロットクララ、か。やはり他のNPCもいると見て間違いは無いのか?)
「ラウラちゃんは料理しないの?」
「……私よりC・クリエイター・シャーロットクララの方が適任だと思われマス」
「ふーん」
「L・ラバー。水をもらっても良いか?」
「勿論デス。グラスにお注ぎしますので、少々お待ち下サイ。皆様もどうデスカ?」
「あ、我も」
「……私は遠慮しておこうかな」
「畏まりましタ」
L・ラバー・ラウラリーネットは棚からグラスを取り出すと、水の入ったボトルに手を伸ばした。
「お二人様はミネラルウォーターで宜しいのデスカ?」
「ああ、頼む」
「我は問題ないぞ」
「畏まりましタ」
L・ラバー・ラウラリーネットは二つのグラスに水を注いでいった。
「ドウゾ」
「うむ、かたじけない」
L・ラバー・ラウラリーネットが差し出したグラスに、楓は手を伸ばした。
すると突然、鹿羽は楓を手で制した。
「……? 鹿羽殿?」
「悪いが、L・ラバーも飲んでくれないか?」
「……毒見デスカ?」
「有り体に言えば、そうなる」
「そうデスネ。考えが至りませんデシタ。皆様がお口にするものなのですカラ、その辺りの配慮は必要デシタネ」
そう言うと、L・ラバー・ラウラリーネットは片方のグラスを傾け、あっという間に飲み干してしまった。
「私は毒に対して耐性がありますカラ、余程の猛毒でない限り症状には出ませんガ……、おそらく毒は入っていないカト」
「……そうか。疑って悪かった」
「いえ、問題ありませン。有事の際には、必要なことデス」
L・ラバー・ラウラリーネットは気にする様子を見せずに、そう言った。
鹿羽はもう一つのグラスに手を伸ばし、口を付けた。
(まあ、無味無臭の水だよな)
「……鹿羽殿」
「どうした?」
「我の水は?」
「あ」
「直ぐにお注ぎ致しマス」
「……麻理亜はいらないのか?」
「飲んで欲しいなら飲むけどー?」
「……そうか」
水分補給を終えた二人からグラスを預かると、L・ラバー・ラウラリーネットは手早くそれらを片付けた。
鹿羽は一体誰がグラスを洗うのかと疑問に思ったが、言うほどのことではないと判断し、それを口にすることは無かった。
「ラウラちゃん。やっぱりあそこには食材が保管されているのかなー?」
「はい。その筈デス」
「じゃあ水と食料の目処はついたことになるね。あと、やらなきゃいけないことは……」
「魔法の実験であるな!」
「ふふ。ラウラちゃん。魔法を使っても大丈夫な場所って何処かな?」
「訓練場でしたラ、攻撃魔法などの使用に関しても問題は無いカト」
「おお! 我と麻理亜殿が考案せし鍛錬の聖地であるな! そこなら我の波動にも耐えられよう!」
「宜しければ、案内致しますガ?」
「じゃあ宜しくね」
鹿羽達は再び、移動を始めた。
三
「ねーねー。ラウラちゃんは、悪い奴が出てきても戦える?」
「敵ならば、排除致しマス」
「じゃあ私が悪い人だとして、私が敵だと判断した相手でも排除してくれるのかな?」
「……善悪とは相対的なものであると愚考しマス。命令とあらば、排除致しマス」
「だって。頼もしいねー」
(不穏な話題を振るってことは、麻理亜は割とL・ラバーに心を開いているってことなのか……?)
鹿羽が持つ記憶の限りでは、麻理亜は相手によって話題を選ぶタイプの人間だった。
そこまで親しくない相手であれば、当たり障りのない世間話を。
楓が相手であれば、楓の好きなゲームやアニメの話題を。
鹿羽は、今振り返ってみると、自分に対し過激な冗談が多かったような気がした。
「鹿羽君、どうしたのー?」
「……いや、何でもない」
「ふーん。そう」
そして、心を見透かすような振舞いも、同様に多かったような気がした。
「こちらが訓練場になりマス」
「おお! これほど広大であれば、心置きなく魔術が使えるであるな!」
楓の言葉通り、ギルド拠点の訓練場はただただ広かった。
現実味を持たせる為に、空間的な余裕をもって設計されているのは鹿羽も知っていた。
しかしながら、やはり実際に目にすると、広いという言葉では言い尽くせないような印象を受けた。
広い、というより、自分達のちっぽけさが強調されたような気分だった。
「魔法ということでアレバ、宜しければ“的”をご用意致しますガ……」
「どうするー?」
「魔術の更なる精度を高める為に有効かもしれぬな」
「分かった。俺も運ぶのを手伝う」
鹿羽はL・ラバー・ラウラリーネットに視線を向けながら、そう言った。
鹿羽はL・ラバー・ラウラリーネットに対し、少しだけ罪悪感を抱いていた。
いくら我が身が可愛くて、そして麻理亜や楓のことが大切だからといって、他人に対して毒味など提案して良い訳がなかった。
鹿羽自身の、せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。
「とんでもありませン。私一人で十分デス」
「いや、気にするな」
「イエ……、私自身も運ぶ訳ではないノデ……」
一瞬、鹿羽はL・ラバー・ラウラリーネットの言っていることが理解出来なかった。
そんな鹿羽の様子を気にすることなく、L・ラバー・ラウラリーネットは静かに口を開いた。
「――――<召喚:能天使級駆動騎士/サモンズ・ポテスタースオートマタ>」
L・ラバー・ラウラリーネットは呪文のようなものを唱えた瞬間、何もない場所に黒い穴が出現した。
穴の直径は大きく、二メートルは優に超えているように見えた。
そして、穴からは近未来的な印象を与える流線型のアンドロイドが姿を現し、モーターが回転するような音を響かせながら、鹿羽達の前に整列した。
「“能天使級駆動騎士/ポテスタースオートマタ”であるか!」
「彼らに運ばせるので、どうぞお気になさらズ」
「そうか」
“能天使級駆動騎士/ポテスタースオートマタ”。
鹿羽達がプレイしていたゲームに存在した、モンスターの名前だった。
性能は高くなく、ゲーム上であれば取るに足らない、いわゆる“雑魚モンスター”だった。
しかしながら、安価で創造、召喚出来るそのコストパフォーマンスの高さによって、多くのプレイヤーから有用性が認められているモンスターでもあった。
(“死毒蠍/デススコルピオ”もそうだったが、間近でモンスターを見ると、やはりその大きさに圧倒されるな……)
“能天使級駆動騎士/ポテスタースオートマタ”は命令されたロボットのように、無機質な動きで“的”を運んできた。
「設置が完了しましタ」
「我が試すぞ! 皆の者! 良いな!?」
「楓ちゃん頑張れー」
楓は張り切った様子で、右腕をグルグルと回した。
「こんなことを言うのも何だが、手加減はしろよ?」
「無論! 全力で!」
楓は震える右手を抑えながら、数歩前に出た。
そして、“的”を見据えた。
「ふ、疼くな」
絶対言うと思った、と。
鹿羽は心の中で静かに呟いた。
楓は大きく息を吸い込むと、集中した様子で口を開いた。
「古の時、未だ世界は唯ひとつ。それ即ち混沌。明星と共に、世界はふたつに別れん。混沌は大地を生み、大地は天空を生み、大地と天空は世界を生みけり。我、世界の秩序を望む者なり。我、古の神々に仕えし者なり。我、腐敗せし天上の神々を滅する使命を抱きし者なり。炎よ、雷よ。救い与う穢れ無き力よ。今こそ罪を贖う時――――」
「魔法って詠唱が要るのか?」
「要らないけど必要かもね」
麻理亜の言葉に、鹿羽は思わず苦笑いを浮かべた。
「我が名は堕天使メイプル! 覚悟せよ!」
楓の叫びと共に、赤い円形の魔法陣が楓の足元に形成された。
そして、エネルギーの高まりを示唆するように、魔法陣は輝きを増していった。
「<業炎/フレイム>!!」
掲げられた右腕から、炎が噴出した。
あらゆるものを焼き尽くすであろう業炎は、楓の動きに呼応して、激しく渦巻いた。
そして、振るわれた右腕と共に殺到し、“的”を欠片も残さず焼失させた。
「楓ちゃんすごーい」
「ふむ! まずまずであるな!」
楓はそう言いつつも、満面の笑みを浮かべていた。
一方、楓が放った凄まじい魔法に、鹿羽は何とも言えない表情を浮かべていた。
(見る限り、火炎放射器と言っても過言じゃない威力だよな……。まともな人間、いや、まともな生物で耐えられる奴がいるとは思えない。過ぎた力のようにも思えるが……)
「鹿羽君も試してみないの?」
「鹿羽殿は生粋の魔術師! 期待しているぞ!」
「……分かった。やってみよう」
鹿羽は静かに頷くと、並べられた“的”の一つを見据えた。
(――――魔法、か)
魔法を使って下さいと言われて、“はい分かりました”と答える人間は恐らく居ないと鹿羽は思っていた。
しかしながら、今なら了承してしまうかもしれない、と。
奇妙な感覚だった。
鹿羽は、身体中を駆け巡る“魔力”とも言うべきエネルギーの奔流を感じていた。
そして“何故か”、どうすれば魔法を使えるのかも分かっていた。
本当に、奇妙な感覚だった。
鹿羽が魔力を集中させると、楓の時と同様に、円形の魔法陣が足元に形成された。
しかしながら、その魔法陣の色は楓が生み出した鮮やかな赤色とは異なり、沈んだ黒色をしていた。
やがてその黒は、周囲の光を吸い込み、更に深くなっていった。
いつの間にか、鹿羽の周囲に杭のようなものが漂い始めていた。
その先端は鋭く、そして捻じれていた。
まるでそれは、対象を貫くだけでは飽き足らない、執拗な害意が込められているように見えた。
「――――<黒の断罪/ダークスパイク>」
鹿羽は、静かに腕を振るった。
それに続く形で、杭は“的”に殺到した。
そして対象を、“的”を無残なまでに串刺しにした。
「わあ、痛そう」
「“黒の断罪/ダークスパイク”であるか。中々に凄まじい魔法であるな……」
(――――魔法は使える、か。何となく分かっていたとはいえ、やはり実際に使ってみると感慨深いものがあるな)
ほんの少しだけ、鹿羽は虚脱感のようなものを感じていた。
それは身体の内に秘められたエネルギーが消費されたような、何とも言えない感覚だった。
鹿羽は何となく、これが“MP/マジックポイント”の消費によるものだと推測した。
(ゲーム上ではMPがゼロになろうともステータス上の変化は無かったが、この虚脱感が強まるって言うなら考え物だな……)
ゲームと、この現実との相違点について、後で検証することが必要だと鹿羽は思った。