【048】足音
一
最近、王族貴族の醜聞が、市民の間で話題になっている。
確かに、皆の見本であるべき統治者が不正を働いているとなれば、それは由々しき問題だ。
しかしながら、どうにも噂の広まり方が早過ぎるというか、唐突過ぎる。
まるで、誰かが意図的にそうしているのではないかと思うほどに。
――――私の名は、ジョルジュ・グレース。
私は、多くの市民を守る為に、騎士になった。
そして、初めての遠征。
市民を守る為に騎士になった私に与えられた仕事は、統治者の腐敗に怒りを露わにする市民達の制圧だった。
「お前達は悔しくないのか!? あいつらは俺達の血税を貪っていたんだぞ!?」
「俺達が汗水垂らして働いている間! 旅行だと!? 笑わせるな!」
騎士の仕事とは、私の想像していたものではなかった。
“イオミューキャの奇跡”のような、魔物の脅威から市民を守るものではなく、市民から領主を守る為のもの。
ここの領主は、殺してしまって構わないと、そう言った。
「黙っていないで! そこをどけ!」
「デイク領主を許すな!」
市民の声は重なり合い、一つの声として響き渡る。
「許すな!」
私は、誰の味方なのだろう。
守りたいと、そう願った市民達に立ち塞がり、黙って立ち尽くしている騎士とは、一体何なのだろう。
二
「――――胸糞悪いねえ。正義ってやつはよお」
身なりの整った男が、広場に設置された断頭台へと連れていかれた。
全身を鎧で包んだ男――プラームには、その男が何者で、どんな人物で、どういう経緯でこうなったのかは知る由もない。
ただ、絶望した様子で死を待っている男が、多くの人間に恨まれていることだけは、何となく分かっていた。
しかしながら、正義の名の下に用意された処刑台は、少なくともプラームには良いものに思えなかった。
「なあ。実はこういうの見るの初めてなんだ。お前さんは?」
「……俺も初めてだな。故郷ではこういうことはねえから、な」
「しかし、我々の血税をこっそり私的に流用していたとは、許せんことだ。奴の死に様、しかと見届けてやる」
「…………」
名前も知らない男の言葉に、プラームは何も答えなかった。
ただ、一人の男のことを、遠くから見守っていた。
今まさに、死ぬであろう男の最後を、プラームは眺めていた。
半分が、その男の死を望んでいるだろう。
もう半分が、好奇心で男の死を見に来たのだろう。
プラームはただ、たまたま訪れたこの場所で、男の死を見ることになるだろう。
「あー、やだやだやだ。権力者って、皆こんな目に遭うのかね」
「ん? なんか心当たりでもあるのか?」
「無い、と言いたいところだが、あるんだなこれが」
「……?」
歓声が上がった。
カウントダウンが、市民達によって始まった。
「――――為政者とは何たるか……。何なんだろうな。俺には分からん」
「お前、もしかして良い所の生まれか?」
カウントダウンが終わりに近づいていく。
袋を被せられた一人の男が、声にならない叫びを上げた。
「――――じゃあな。全く、理解に苦しむぜ」
「お、おう」
一人の男は死んだ。
プラームはそれを見届けると、静かにこの場から立ち去った。
三
「……異常だ。こんなの、どうしようもないではないか」
「市民ヲ殺ス事ハ、出来ナイ。今回ノ依頼、無理ダ」
「どうして、急にこんなことに……」
ギルド連合の冒険者達は、城壁の上から、半ば暴動に変わりつつある市民達を眺めてそう言った。
「――――ルエーミュ王国に、一体何が起きているというんだ……?」
仮面の少女の呟きは、市民の声に掻き消されて、そのまま消えた。




