【047】救いの裏側
一
場所はギルド拠点内部。
機能性を重視するがゆえに味気ないインテリアとなっている麻理亜の自室にて、C・クリエイター・シャーロットクララは、麻理亜へ報告を行っていた。
「――――――――B・ブレイカー・ブラックバレットが担当していた任務は予定通り完了致しました。これで、フエール教系の勢力は殆ど壊滅したと言えるでしょう」
「うんうん。良いんじゃない? まあ、本来であれば、異なった宗教の人達も寛容的に受け入れなくちゃいけないんだろうけどー、それで結果的に問題の種になるならー、やっぱりバレないうちに排除した方が良いよね。心が痛むけどー、仕方がないない」
「……そして、T・ティーチャー・テレントリスタンが担当していた孤児院への支援ですが、これも予定通り上手くいっています。優秀な人材の確保には、まだまだ時間はかかりそうですが……」
C・クリエイター・シャーロットクララは、麻理亜の手元にある報告書の内容を淡々と暗唱した。
対する麻理亜は顎に手をつきながら、退屈そうに手元の報告書に目を通していた。
そして、麻理亜は顔を上げ、C・クリエイター・シャーロットクララを見据えた。
「――――シャーちゃん自身が進めている仕事はどうなのかしら? 極端な話、貴女がキチンと自分の仕事を遂行出来るかどうかが、“この計画”の成功のカギを握っていると言っても過言じゃないよね?」
「…………L・ラバー・ラウラリーネットの報告を基に、領主の選別は進めております。今回、排除することに決めた領主への工作も……、同様に」
「順調?」
「予定通り、です。問題はございません」
「そう」
麻理亜は淡白な態度で、そう返した。
「そういえば……。エラちゃんの調子はどう?」
「治療は完了致しました。もう万全の状態で任務に望める筈ですが、マリー様の命令通り、医務室のベッドにて休ませています」
「なら良いわ。念には念を入れて、エラちゃんには傷を癒してもらわないとね」
「……」
麻理亜の言葉に対し、C・クリエイター・シャーロットクララは何も答えなかった。
そんなC・クリエイター・シャーロットクララの態度を気にすることなく、麻理亜は続けた。
「――――だって、“エラちゃんが殺されたから、私達は復讐するんだから”」
麻理亜はそう言うと、静かに笑った。
その笑顔には、少なくとも怒りや憎しみといった負の感情は見受けられず、何処までも純粋な“愉悦”が込められているように見えた。
まるで、自身にとって都合の良い大義名分を見つけたかのような。
「ねえ、そう思うでしょ? C・クリエイター・シャーロットクララちゃん?」
「その通りです。マリー様」
C・クリエイター・シャーロットクララは、ただ、同調した。
そんな彼女の軽薄とまでいえる肯定に、麻理亜は僅かに顔をしかめたものの、気を取り直すかのように再び口を開いた。
「――――まあ、良いや。鹿羽君はどう? 張り切って行っちゃったけど、大丈夫よね」
「はい。カバネ様ほどの御方が当作戦において後れを取ることはありえないかと。不必要かと思われますが、念の為、B・ブレイカー・ブラックバレットを付近に待機させております」
「なら、大丈夫ね。鹿羽君の決意をより確固たるものにする為にも、ある程度慣れてもらわなくちゃ」
二
生まれた時から、暗い人生だった。
覚えている限りの、もっとも小さい頃の記憶は、僕を飼っていた奴隷商の首が綺麗に落ちた時のことだった。
生まれて初めて大量の血を見た僕は、泣きじゃくり、喚き回った。
そして、黒装束の大人達が僕を連れ出した。
時は過ぎ、僕は魔法の天才であることが分かった。
黒装束の人達の態度が、ただの奴隷に対するものから、貴重な動物に対するものへと変化した。
具体的に挙げるとしたら、ご飯が美味しくなった。
そんなこと言ったって、日の光が入ってこない部屋で寝泊まりする日々には変わりないけれど。
首輪の存在が煩わしい。
きつくはないし、慣れたものだけど、時々痒くなるのだ。
そして、魔法が使いにくくなるから、いざという時に身を守れないから、首輪があると何処なく不安だ。
ああ、暗いし寒いし退屈だ。
流石に、僕はもう一人で生きていけるのではないだろうか?
魔法があれば、兵士でも、傭兵でも、それこそ殺し屋でも生きていけるのではないだろうか。
男の人とお付き合いというものもしてみたい。
血が出るようになったのだから、僕はもう大人の筈だ。
広い世界なのだから、一人や二人ぐらい、僕のことを愛してくれる男の人はいるだろう。
多分。
決めた。
次、首輪が外れたら、僕は外に出よう。
生きるのには困らないけど、こんな狭くて暗くて退屈な場所で人生を終えるなんて間違ってる。
僕を飼っている黒装束の人達を殺して、僕は、外の世界で生きて行こう。
「――――ッ! ――――――――ッ!?」
珍しく、騒がしい。
お酒でも飲んでいるのだろうか。
僕は飲んだことがないから分からないけれど、お酒というものは美味しくて楽しいものらしい。
でも、盛大に吐き戻している人もいるし、ただの毒なんじゃないかって思うんだけどね。
「――――こ、こっちです。こちらに、子供達が――」
「――そうか。非人道的な扱いは―――ないだろうな? もし、そうでないなら――――」
「―――――ッ! ――――――――です」
「なら、良い」
聞いたこともない声。
お客さんなんて、初めてかもしれない。
もしかして、売られちゃうのかな。
でも、そんなことは一度もなかったし、これからもないと思うんだけど。
「――――君、か」
仮面を付けた、僕と同じぐらいの背の人だった。
黒装束の人達の中でも、若い人が、その人に連れ添っていた。
汗も凄いし、震えも凄い。
もしかしたら、貴族とかの偉い人なのかもしれない。
「君達を助けに来た。もう、大丈夫だ」
僕は悟った。
ああ、“こういう人か”、と。
「何しに来たの?」
「君達のような子供を助けているんだ。大人たちの良いようにされている、君のような子供をね」
軽薄だ。
こいつはきっと、自分に酔っている。
子供だとか、奴隷だとか、金さえあれば買える人達を買って、救った気になっている。
それで、僕の生活が良くなるなら、何だって良いけれど。
何ていうか、僕には、こういう人たちが薄くて軽いものに思えてならない。
「じゃあ、首輪を取ってよ」
「……そうだな。そうしよう」
そして、こいつは馬鹿だ。
首輪が、形式的な拘束だと勘違いしている。
首輪さえなければ、僕が一番強いということも知らずに。
「だ、駄目です! その首輪は魔法を封じ込める魔法具なんです! それが無かったら、こいつは――――ッ!」
余計なことを。
これで首輪が外れなかったら、次に外れた時にお前を殺してやる。
そうしよう。
「問題ない。俺も魔法使いだ。並の者には後れを取らない」
ああ、良かった。
こいつは正真正銘の大馬鹿だ。
「――――――――ッ」
ああ、首輪が取れた。
魔力が、然るべき力の流れが、僕の身体を駆け巡る。
ありがとう。
馬鹿でいてくれて。
下らない正義感に突き動かされて、僕のことを解放してくれて。
お礼を、してあげるよ。
「――――――――<黒の断罪/ダークスパイク>」
漆黒の杭に貫かれて、死ね。
「――――俺は、敵じゃない」
「え……?」
「君に駆け巡る、怒り、悲しみ、憎しみは痛いほど伝わってきた。でも、ぶつける相手は俺じゃない」
「なんで……? 何で……? どうして生きているのさ……っ?」
「俺は、魔術師だからな」
「――――ッ! 死ねよっ! 偽善者! さっさと死ね!――――――――<白の断罪/ホーリーランス>っ!」
また、消えてしまった。
目の前のこいつをズタズタに引き裂いて殺す筈の僕の魔法は、奴に触れた瞬間に消えてしまった。
「な、何なんだよ……っ」
「俺は敵じゃない。力を貸して欲しいんだ。君の力は、殺す為ではなく、守る為にある」
こいつは、この人は、静かに僕を抱きしめた。
そういえば、こうやって抱きしめられたのって、何年ぶりだろう。
思いの外、暖かい。
そして、思いの外、悪くはない。
僕の魔法を掻き消して、どうしようもなく強くて、どうしようもなく怖い筈なのに。
この人は、彼は、優しく僕を抱きしめた。
「――――――――ッ」
僕は、大魔術師エルメイ。
これが、僕の、暗い日々の終わり。
これが、僕の、明るい日々の始まり。




