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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
三章
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【046】フェータルなナイフ


 一


 場所はギルド連合がある城塞都市チードリョット。

 その冒険者ギルド本部にて、鹿羽が一人、姿を見せていた。


「――――何処行ってたんだ。現地で急に居なくなったって聞いて、驚いたぞ」

「ああ、悪かった。急用があってな。その件も含めて、伝えたいことがあって来た」


 受付の男――ウォーレンスから見て、鹿羽の態度は、普段のものよりも淡々としていた。


「……何だ?」

「――――冒険者を辞めることにしたよ」

「……そうか。分かった」

「理由は聞かないのか?」

「個人的な事情を詮索する程、暇じゃないんでな。――――――――悪いことはするなよ」

「…………出来る限り、そうするつもりだ」


 鹿羽は何か思うところがあるのか、誤魔化すようにそう言った。


「ほらよ。報酬だ。きちんと受け取れ」

「……確かに受け取った。じゃあ、そういうことだ。短い間だったが、世話になった。感謝する」

「そうか。まあ、生活に困ったら、いつでも訪ねると良い」

「…………そうだな」


 鹿羽はそう言うと、振り返らずに冒険者ギルドを後にした。


 ウォーレンスは、鹿羽の抱える事情など全く知らなかったが、鹿羽が固い決意を心の内に秘めていることぐらいは何となく察していた。

 秘密や暗い過去を抱える冒険者達を見てきたウォーレンスにとって、鹿羽の態度は決して珍しいものではなかった。

 そして、いつも通りウォーレンスは何も言わずに、去っていく元冒険者の後ろ姿を見送った。


(――――冒険者として死ななかっただけ、良かったと思うことしか出来ないんだが……)


 顎に手を当てながら、ウォーレンスはいつも通り、そう思った。


 すると、鹿羽と入れ替わるように、先の迷宮探索依頼で鹿羽と協力した冒険者の一人である仮面の少女が冒険者ギルドに姿を見せた。


「――――ニームレスは今日も居ないのか?」

「さっき来てたんだがな。もう行っちまったぞ」

「何だと? 奴には資質があるから、しばらく私達が面倒を見ようと思っていたんだがな」

「……あいつ、冒険者辞めちまったけどな」

「――――――――は?」


 仮面の少女の間抜けな声が、冒険者ギルドに響き渡った。


 二


 場所はルエーミュ王国、とある領地の森。


「――――証拠は押収致しましタ。市民の扇動には役立ちそうにもありませんガ、我々の計画に正当性を持たせる程度には使えるかもしれませんネ。これより、帰還しマス」


 L・ラバー・ラウラリーネットは手元の文書に目を通しながら、通信系の魔法に向かってそう呟いた。


「――――待ちな。お前さんがその手に持ってるブツ、そいつは外に出して良いもんじゃねえ」

「……驚きましタ。完璧な潜入だった筈なのデスガ、よく気付きましたネ」


 そんなL・ラバー・ラウラリーネットを、複数の男達が囲んでいた。


 L・ラバー・ラウラリーネットが遂行している任務は、この地域を治めている領主の汚職や癒着といった、統治における不正の証拠を集めるというものだった。

 そして、L・ラバー・ラウラリーネットの目の前に立っている男達は、その領主によって雇われている、領内の間者を始末する為の特殊部隊だった。


「仕事には誇りを持ってやってるからな。悪いが、その文書の存在を知られた以上、誰であろうと生かしてはおけない。余計なことに手を出した自身の不幸と、依頼主を恨むんだな」

「…………キヒ」

「……何が可笑しい」

「イエ、申し訳ありませン。あなた方は真面目に仕事しているんですよネ。つい、笑ってしまいましタ」


 L・ラバー・ラウラリーネットは、まるで滑稽なものを見たかのように笑った。

 それは、何てことない笑みというよりかは、相手に対する侮蔑を込めた嘲笑のようなものだった。


「自分の置かれた立場を理解していないようだな。悪いが、その辺の英雄程度なら後れは取らんぞ。我々は、仕事が出来るからな」

「……キヒ。公私混同は駄目なんデスガ、こうなっては仕方ありませン。お互いに、殺し合うしかありませんネ」


 L・ラバー・ラウラリーネットは、峰の部分に凹凸が付いたサバイバルナイフのような刃物を取り出した。

 太陽光が反射して刃物は鈍く煌めくものの、その刃渡りは余りにも短く、心許なかった。


 男達は、静かに笑った。


「随分と可愛い得物だな。よりによって、ナイフか?」

「そうデスネ。種も仕掛けもない、丈夫なだけの“ナイフ”デス。ですが、これで十分なんデスヨネ」


 L・ラバー・ラウラリーネットは刃物を握り締め、そう告げた。


 そして、何かが揺らめいた。


「――――――――が」


 余りにも短い悲鳴が響いた。

 もうその時には、L・ラバー・ラウラリーネットは一人の男のすぐ傍まで移動しており、抱え込むように首を締め上げ、刃物を首の中へと刺し込んでいた。


「ここまで接近を許すなんて、随分と危機意識が欠落していると言いマスカ、お優しいのデスネ」

「――――」


 L・ラバー・ラウラリーネットが静かに手を離すと、力を失ったように男は地に伏した。

 男の首に出来た、たった一つの傷跡からは、とめどなく赤い液体が溢れ出した。


 L・ラバー・ラウラリーネット以外の誰も、動くことが出来なかった。


「さあ、私が持っている武器はナイフだけデス。簡単デスヨネ?」

「――――ッ! やれ! 相手は一人だ!」

「まあ、そんなこと言っても、私が生き残りマスガ。精々楽しませて下サイ」


 破裂するように、男達はそれぞれの武器を抱えてL・ラバー・ラウラリーネットに殺到した。


「イチ」


 短いナイフの刃が、男の首を正面から貫いた。


「ニ」


 L・ラバー・ラウラリーネットは、自分に向かって投擲された手斧を容易く掴み取り、そして投げ返した。

 それは、手斧を投げた男の頭部に直撃した。


「サン」


 L・ラバー・ラウラリーネットの首を落とさんと振るわれた長剣は、短いナイフによって軽々しく弾かれ、そして長剣を握り締めた男の首にナイフが押し付けられた。


「どうかしましたカ?」

「ま、待て」

「――――嫌デス」


 L・ラバー・ラウラリーネットは笑いながら、ナイフを首に押し付けた。


「あと一人、デスネ」

「うわあああああああ!!!!!」


 異様な光景だった。

 少女が手に持っている凶器は、何てことない一本のナイフだった。

 対する男達が持っていた武器は、いずれも敵を殺すことに特化した筈のものだった。


 少女がなすすべなく殺されることはあっても、男達が惨殺される筈はなかった。


 たった一撃で、たった一回きりの攻撃によって、一人一人の命が確実に奪われることなど、ありえない筈だった。


「――――やめろぉ! 来るなっ! 化け物めっ!」

「ナイフを用いた格闘術……。中々良いものデショウ? マア、あなた方程度、素手でも殺すことは容易なのデスガ」

「悪かった! 殺さないでくれ! 頼む! 俺は何も見ていない! 誰にも言わない! だから――――ッ」

「……そうデスカ? なら、必ずしも殺す必要はありませんネ……」

「そ、そうだろう! 君には何のデメリットも無い筈だ!」


 最後の一人になった男は、必死にL・ラバー・ラウラリーネットを説得した。


 悔しさはあった。

 情けないことも自覚していた。

 それでも、自分の命には代えられなかった。

 目の前の恐ろしい化け物から逃げることが出来るのなら、男は何だってした。


 それが、今、男が抱く純粋な思いだった。


「――――デモ、工作員を見逃すことの愚かさは理解しているのデ、残念ナガラ……」

「ま、待て……」


 L・ラバー・ラウラリーネットは、静かに一歩を踏み出した。


「そもそも殺さないのナラ、初めから気付かれないように潜入しましたシ、それに、私の個人的な欲求を満たす為ニ、ここまで連れてきましたカラネ。……キヒ」


 少女は笑った。


「やめろぉ!!」


 男は叫んだ。


 そして、その限界までに開かれた男の口の中に、ナイフは押し付けられた。


「――――――――ッ」

「呆気ないものデス」


 男の身体から、力が失われた。

 L・ラバー・ラウラリーネットを囲んでいた男達は、遂に一人も居なくなった。


「……命の終わり。その儚さの中に“愛”が隠れているのではないかと期待していたのデスガ、どうやら期待外れだったようデスネ」


 L・ラバー・ラウラリーネットはつまらなさそうな様子でそう呟くと、静かにこの場から立ち去った。


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