【045】雫
一
場所はギルド拠点内部。
鹿羽は自室のベッドに座り込んで、静かに俯いていた。
ライナス達を助けようと決めたのは鹿羽だった。
森に転がり込んだ避難民を助けようと決めたのも鹿羽だった。
E・イーター・エラエノーラを村に派遣することを決めたのも、鹿羽だった。
助けられる以上、助けても良いんじゃないか、と。
それが鹿羽自身の行動理念であり、事実、鹿羽はそうしてきた。
結果、フィリル村の住民は死んでいた。
E・イーター・エラエノーラも、死んでいた。
「――――――――ッ」
鹿羽は後悔した。
彼ら、彼女らを助けたことではなく、自分の都合の範囲内で助けたのにもかかわらず、最後まで守り通さなかったことに鹿羽は後悔の念を抱いた。
魔術師達による数々の襲撃を受けたフィリル村が更なる攻撃を受けるというのは容易に想像がつくことだった。
ならば、犠牲者が出ないように戦力を集中させ、徹底的に守りを固めれば、更なる襲撃に対しても人々を守ることは可能だっただろう、と。
事実、あと一人NPCがいれば、E・イーター・エラエノーラが死ぬことはなかった、と。
鹿羽は、そんな話をC・クリエイター・シャーロットクララより聞かされていた。
鹿羽はギルド拠点を守りたかったから、E・イーター・エラエノーラ“だけ”をフィリル村に派遣した。
楓や麻理亜が酷い目に遭うことだけは許せないから、鹿羽はギルド拠点に戦力を集中させていた。
結果、E・イーター・エラエノーラが死んでいた。
否、自分が殺した、と。
鹿羽は、そう思っていた。
「――――――――誰だ」
鹿羽は自分でも驚くほどに低い声だと思った。
「――――聞いたよ。何があったか。全部」
鹿羽の自室を一人の少女が訪れていた。
少女の正体は麻理亜だった。
「お話ししましょう? 一人で抱え込んでも、良い考えは浮かばないわ」
「……今は放っておいてくれ。考える時間が欲しい」
鹿羽は拒絶するようにそう言った。
「そうやってウジウジ悩んで、意味はあるの? 今回のことって、鹿羽君の心の整理が必要なことかしら?」
「……っ」
麻理亜から放たれた言葉は、鹿羽にとって強烈なものだった。
しかしながら、今の鹿羽にとっては、その麻理亜の痛烈な物言いはむしろありがたいものに感じられた。
「――――俺は、守れなかった。村の皆を守ろうとして……、皆を、E・イーターを傷付けた」
「そうね」
「少しは考えたんだ……。もっと村の守りを固めた方が良いかな、て……。でも俺はギルド拠点を守りたくて……、村の守りを疎かにしたんだ」
「そうね」
「C・クリエイターがE・イーターと一緒に居たら村は守れた。いや、B・ブレイカー一人でも村を守ることが出来た筈なんだ。でも、俺は……」
「…………そうかもね」
麻理亜はもはや軽薄とまで言えるほどに乾いた反応を返した。
そんな麻理亜の態度に鹿羽は何も言えなくなり、次の言葉を紡ぐことが出来なかった。
沈黙が、この場を支配した。
そして、麻理亜はタイミングを見計らったかのように口を開いた。
「鹿羽君は、悪くないよね」
麻理亜の言葉に、鹿羽は何も言うことが出来なかった。
「鹿羽君は村の皆を守ろうとして、E・イーターちゃんを派遣した。そして私達のことを守ろうとして、ここに戦力を集中させたよね。鹿羽君は、皆を守ろうとしたんだよ?」
「でも……っ。俺は……っ」
「村の皆を殺して、E・イーター・エラエノーラちゃんを傷付けたのは鹿羽君じゃない。悪いのは鹿羽君以外の誰かなの。殺人事件で一番悪いのは、被害者でも警察でもないでしょう? 悪いのは犯人。そして犯人にそうさせた世界のシステムが悪いの。もう一度言うね。鹿羽君は悪くない。これだけは私が断言する」
「なら、俺は、どうすれば……っ」
鹿羽の瞳から涙がこぼれた。
男として恥ずかしい自覚はあった。
情けないという意識は当然存在した。
しかしながら、鹿羽はこれ以上耐えることも、そして堪えることも出来なかった。
「――――皆が外に行っている間、この世界について調べていたの。酷い世界だったわ。領主が血税を貪って、力無き者は虐げられ、病気の子供はなすすべなく命を散らすの。不合理な圧政を正す法も、力無き者を救う倫理も、病気の子供を助ける薬も存在しないわ」
「……」
「もし、鹿羽君が協力してくれるなら、私は世界を変えたい。この世界の理不尽を欠片も残さず消し去りたい。私は避けようがない理不尽が大嫌い。努力が報われない世界なんて間違ってる。皆が平等に、“チャンス”が与えられる世界にしたいよ」
麻理亜が語った内容は鹿羽の想像を遥かに超えていた。
麻理亜もまた苦しんでいた。
鹿羽が今、後悔と自責の念によって押し潰される前の遥か昔から、麻理亜は世界に対する怒りを抱えていた。
全ては世界が悪い。
だから、世界を変える。
余りにも簡単で、単純な論理だった。
「出来る、のか……? そんなことが……」
「分からない。でも、私達が超常的な力を使えるのって、世界を正す為だと思うの。世界を正す力なら、私達にはある」
麻理亜は静かに鹿羽の両肩に手を置いた。
そして、真正面から鹿羽を見据え、口を開いた。
「鹿羽君は、どうしたい?」
麻理亜は欲しいものを引き出すように問い掛けた。
「……っ」
麻理亜の問いに、鹿羽はすぐに答えることが出来なかった。
再び、沈黙がこの場を支配していた。
どれだけの時間が経ったのか、鹿羽は俯いたまま答えた。
「俺は、皆が安心して生きていける世界にしたい」
そして、言葉に決意を込めた。
「皆が安心して生きていける世界にしないと、皆を守れない」
鹿羽の言葉に、麻理亜は静かに笑った。
二
「――――――――ライナス。少し、良いか?」
「……ニームレスか。構わないぜ。どうした」
「…………謝りたいことがあってな。ケジメをつけようと思って」
「あの件のことなら謝るんじゃねえぞ。お前が悪い訳じゃねえ。俺達が感謝することはあっても、お前が謝罪するのは許さねえ」
「……そうだな。だが、俺が今、謝ろうとしていることは、それとは別の話だ」
「別……? ニームレス。どういうことだ」
「――――今まで、素顔を隠して悪かった。信用するのが怖かったんだ。裏切られるんじゃないか、てな」
鹿羽は、静かに仮面を外した。
「そして、俺の名前はニームレスじゃない」
「――――俺の名は鹿羽。守るべきものの為なら手段を選ばない、魔術師だ」




