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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
三章
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【042】最後の冒険③


 一


「――――ようやく……、ようやくここまで辿り着いたか」


 迷宮の攻略部隊を指揮しているダリポルは、感慨深げに呟いた。


「前回の雪辱……、絶対に晴らしてやる……っ」


 続けて兵士達も決意を固めるように、それぞれ言葉を口にした。


(――――兵士達を見る限り、恐らく、この先が前回の脱落地点なのか)


 鹿羽は、周りの兵士達の様子を眺めながら、心の中でそう呟いた。


 迷宮の攻略部隊は何度も魔物達の襲撃に見舞われていたが、陣形の維持を徹底することによって戦線の崩壊を防ぎ、魔物の軍勢を撃退することに成功していた。


「――――皆の者! 聞いてくれ! 前回! 我々はこの先のドラゴンによって敗北した! そのドラゴンのブレスは、まともに食らえば一瞬で気絶させられてしまう! 十二分に気を付けてくれ!」

「……ドラゴン、ダト?」

「ダンパイン。どうしたの?」

「……イヤ、気ニスルナ」

「進むぞ! 苦節十二年! 今こそ我々が! 迷宮攻略を歴史に刻む時だ!」

「おおおおおおおおおおおお!!!!」


 喚声と共に、攻略部隊は前進を始めた。


 二


(――――――――流石に大きいな)


 迷宮の攻略部隊は、ホールのような巨大な空間に辿り着いていた。

 向こう側には、行く手を塞ぐように巨大な竜の像が鎮座しており、これが兵士の言っていたドラゴンなのだろうと鹿羽は推測した。


「――――コンナノガ、竜ダト言ウノカ?」

「動くぞ! 作戦通りに陣形を固めろ! 攻撃を許すな!」


 作戦を指揮しているダリポルの怒声が響き渡った。

 事前に作戦の確認を行っていた兵士達は、竜の像を囲むように陣形を組み上げた。


 瞬間、竜の像の瞳が開かれた。

 そして、足元にいる兵士達を見据えた。


「――――――――よく来てくれたね。また会えて、嬉しいよ」


 巨大な竜の像は、まるで親しい友人に話しかけるように、そう呟いた。

 そして、大きく息を吸い込むような挙動を見せた。


「ち、鈍感な奴らめ。――――<氷瀑の滝/アイシクルフォール>!」


 仮面の少女の叫びと共に、巨大な氷の塊が像の前に出現した。

 竜の像はそれを気に留めることなく、呪文を詠唱した。


「――――では、終わりにしようか。<虚脱の息吹/スタンブレス>」


 そして、目を覆いたくなるような光と共に、氷塊は粉々に砕かれ、暴風が吹き荒れた。


「うわあああああ!!!」


 突然として吹き荒れた暴風、そして降り注ぐ氷の欠片に、攻略部隊は一瞬にして恐慌状態に陥った。

 竜の像は、逃げ惑う兵士達を見下ろしながら、驚いたような表情を浮かべた。


「――――防がれてしまったか。では、もう一度」

「サセルト思ウカ? 偽物メ」

「偽物……? そうか、君は本物の――――」

「黙レ」


 混乱状態に陥った攻略部隊の中から、全身を鎧で包んだ冒険者が飛び出していた。

 冒険者はレイピアのような細剣を振るい、竜の像の頭を僅かに砕いた。


「おお。君は英雄というやつか。ならば、手加減は出来ないね」

「グ――――ッ」


 竜の像は気楽そうに呟くと、身体を支える巨大な腕を乱暴に振るい、目の前の冒険者を壁に叩き付けた。


「ダンパイン!」

「――――ふう。今回も何とかなりそうだ。少し寂しい気もするけどね」

「ならば、二度と感情を抱けぬように破壊してやろう。――――<垂氷の槍/アイシクルランス>」

「おっと」


 仮面の少女の周りに、成人の背丈に匹敵する程の氷槍が幾つも形成されていた。

 そして、少女の腕が振るわれると同時に、氷槍は竜の像へと殺到した。


 しかしながら、竜の像がそれらによって傷付くことはなかった。


「……無駄に堅い素材で出来ているようだな」

「中々の魔法だったよ。でも、まだ届かないね――――」

「ち……。――――<氷瀑の滝/アイシクルフォール>!」

「もう遅いよ。僕の魔法の方が早い。――――<虚脱の息吹/スタンブレス>」


 再び、閃光が瞬いた。


(不味い――――。さっきより格段に発動が早くなっている……。このままでは間に合わ――――――――)


「――――――――<魔の封印/スペルブロック>」


 鹿羽の呟きが、やけに響き渡った。


「……何ということだ。こんなことが……、あり得るんだね」

「カエーテ。ほら、思う存分やってくれ」

「任された!」


 竜の像が発動していた魔法が止まっていた。

 そして、一人の少女が大剣を握り締め、竜の像の眼前へと躍り出ていた。


「君はもしかして覇道の魔女かい? 伝え聞いた特徴と合致するんだけど……」

「ふむ。他人の空似というやつであろう。何か言い残したいことでもあるか?」

「……そうだね。僕の仕事は、ここを守ることだけど……。僕らの目的は、ここを守れないことだからね。満足、とでも言えば良いのかな?」

「守護者としての潔い態度……。まこと見事である。では――――」

「でも、やっぱりローグデリカに似ていると思うんだよね……。血の繋がりとかないのかな……」


 独り言を呟く竜の像を前に、楓は大剣を構えた。


「古の時、未だ世界は唯ひとつ。それ即ち混沌。明星と共に、世界はふたつに別れん。混沌は大地を生み、大地は天空を生み、大地と天空は世界を生みけり。我、世界の秩序を望む者なり。我、古の神々に仕えし者なり。我、腐敗せし天上の神々を滅する使命を抱きし者なり。炎よ、雷よ。救い与う穢れ無き力よ。今こそ罪を贖う時――――」


 雷が、破裂音を轟かせながら楓の身体を包み込んだ。

 そのエネルギーはやがて握り締めた大剣へと集約され、蒼く、その輝きが増していった。


「綺麗だね。まるで天使だ」

「疾風! 迅雷!」


 そして、大剣が振り下ろされた。


「ああ――――、そうか」


 竜の像は、何かを呟いた。

 しかしながら、その発せられた言葉を聞き取った者は一人もいなかった。


 亀裂が、あっという間に竜の像を覆い尽くしていった。

 そして、その亀裂は広がっていき、その隙間を大きくしていった。


 やがて、竜の像は支えを失ったように崩壊を始めた。


「……やった?」

「やった……、やったぞ……っ!」


 兵士達から歓声が上がった。

 竜の像は跡形もなく、その圧倒的な質量のまま崩れ落ち、砂煙が大きく舞い上がった。


「カエーテ。大丈夫か?」

「問題ないぞ」


 鹿羽の傍に着地した楓は、そう告げた。


 すると、鹿羽達の先輩冒険者であるエルフの女性が駆け寄ってきた。


「ちょ、大丈夫!?」

「ああ。上手くいって良かった。あのままじゃ全体に攻撃が――――」

「……貴様。一体何の魔法を使った」


 エルフの女性に返事をしようとした鹿羽に、仮面の少女が詰め寄った。


「――――相手の魔法を封じるものだ。咄嗟に使ったが……」

「そんなことは理解している。あれは魔術師として相当な差が開いていないと発動しない筈だ。一体どんな細工を仕組んでいる?」

「そんなこと訊かれてもな……」


 鹿羽は返答に困ったように、言葉を詰まらせた。


「――――ニームレス殿。どうやら、真打はまだ健在のようであるな」


 楓は鹿羽の話を遮ると、竜の像が崩壊し、砂煙が立ち込めている場所を指差した。


「――――――――おめでとう。まさか、私が作り出した最高傑作が、こうも容易く倒されるとは思わなかった」


 人間の腹から発せられたものとは思えない、奇妙な声が響いた。


「しかしながら、私の存在が君達に露呈する訳にはいかない。残念ながら、迷宮攻略は終わりだ。――――――――<虚脱の波動/スタニングバースト>」


 衝撃波が放たれた。

 相手を失神させる効果が込められた“それ”は、次々と兵士達や冒険者の意識を刈り取っていった。


「なんと……。防がれたか」

「不意打ちとは、随分と卑怯だな」


 鹿羽は吐き捨てるように、そう告げた。


 半透明の魔力の壁が、鹿羽とその周りの数人を衝撃波から守っていた。


「ま、まさか……っ! “屍王/リッチ”……っ!?」


 エルフの女性が信じられないものを見たかのように呟いた。


 一瞬にして鹿羽達を除く兵士達の意識を刈り取った者の正体は、まさに死神と言うに相応しい骸骨の異形だった。


「……カエーテを連れて下がれ」

「承知」


 鹿羽は表情を引き締めながら、S・サバイバー・シルヴェスターにそう命令した。


「む? ニームレス殿。我も戦うぞ」

「相当な魔力の持ち主だ。俺がやる」

「むう」

「ああ、やはりこの姿では人民には受け入れがたいか。仕方の無い話ではあるがね」


 骸骨の異形は、嘆くようにそう言った。


「お前が迷宮の主か?」

「そうなる。どうにも暇だったからな。この場所を作ったのだ。熱心に来てくれる人達のおかげで、少し張り切ってしまったがね」

「…………元人間、か?」

「変わり果てた魔力の本質を見破ったのか? 素晴らしい。君は見た目以上に優秀な魔術師のようだ。確かに私は、呪いによって生かされている哀れな“生き死体/リビングデッド”だよ。望んだ結果ではないがね」


 骸骨は天井を見上げながら、何かを懐かしむように呟いた。


「……ニームレス殿。どうするであるか?」

「そんなこと言われてもな……」

「私はこのまま立ち去らせて頂きたいのだが、駄目かね?」

「――――“屍王/リッチ”を見逃すなんて、冒険者としては看過出来ないわ」


 エルフの女性は弓を構えながら、骸骨の異形にそう告げた。


「そうか……。しかし、私は戦う訳にはいかない。然るべき時が来るまでは、たとえ亡者として辱められようとも、この呪われた魂を外に出すわけにはいかぬのだ」

「…………どういうことだ?」

「それを伝えられれば、どんなに救われたことか……。いずれにせよ、私のことは見逃して欲しい。今、私を滅ぼすというのなら、私は君達を殺し尽くさねばならない。たとえそれが、私の本意ではなくとも……」

「――――何を躊躇っている。早く殺すぞ」


 仮面の少女は、無慈悲にそう吐き捨てた。


「……私が死ぬべき時は今ではない。時を間違えれば、呪われた魂は永遠にそのままだ。どうか理解してはくれないか」

「“生き死体/リビングデッド”は生きる者全てを冒涜する忌むべき存在だ。それに“屍王/リッチ”は極めて優れた知性を持つと聞く。そうやって我々を騙し、生き延びるつもりだろう」

「君の言うことは一理ある。確かに私は冒涜的な存在だ。忌むべき呪われた魂だ。私のような存在は、この世界に許容されて良いものではない」

「ならば、迷うことはないな」

「しかしながら、今は駄目なのだ。一抹の希望の為に、私は死ぬ訳にはいかない」

「……理解に苦しむ。分かっているなら早く死ね」

「し、死ぬ訳には、い、い、いかぬ、のだ――――」


 突然、骸骨の異形は、頭を抱えて震えだした。

 それは何かに侵されているようであり、何かに抗うようだった。


 骸骨の異形は震えながら、何かを恐れるかのように虚空へと手を伸ばした。


「あ、ああ――――っ! <黒の断罪/ダークスパイク>」


 瞬間、漆黒の杭が飛び出した。

 それは、余りにも早く、誰も反応することが出来なかった。


 禍々しく湾曲し、対象を無残に貫くであろう杭は、仮面の少女へと迫った。


「――――ああ、良かった。誰も殺したくはなかったのだ……」

「……それが殺そうとした本人の台詞か?」

「これが私の忌まわしい呪いだ。ああ、忌まわしい……」


 仮面の少女は、何時の間にか目の前に立っていた鹿羽の存在に気付き、何が起きたのかを理解した。

 超高速で射出された漆黒の杭は、鹿羽によって掻き消されていた。


「…………わ、私を助けてくれたのか?」

「まあな。――――カエーテ。皆を連れて下がってくれ」

「む、むう……。分かったぞ」

「セリリ、アポロ。彼ノ言ウ通リダ。下ガルゾ」

「だ、ダンパイン……。あ、アポロちゃん。下がりましょう」

「…………」


 楓とS・サバイバー・シルヴェスターに連れられ、鹿羽の先輩冒険者達はこの場から離れた。


 そして、骸骨の異形と鹿羽だけが睨み合う形となった。


「――――君ならば、私を殺すことが出来るだろうな」

「詳しい事情は分からない。だが、何となく、お前に巣食う魔力の存在は理解した。これがお前の呪いの正体か?」

「おお……。忌まわしい呪いまで見えるのか……。――――その通り。我の内に存在する、もう一つの魔力こそが忌まわしい呪いの正体だ」


 骸骨の異形は身体を震わせると、どうしようもない感情を吐き出すかのように口を開いた。


「――――邪神クイントゥリア……。その名を知らぬ訳ではあるまい……」

「……随分と複雑で悪辣な術式みたいだな」

「ああ、理解してくれるか……。然るべき時がやって来た時、私を裁くのは君なのかもしれないな……」

「――――行け。呪いの魔力は覚えた。然るべき時がやってきたら、お前をどうにかしてやる」

「何と心強い言葉であろうか……。呪われた私を……、私を呪ったあの女を――――――――然るべき時に、どうか殺してくれ――――<転移/テレポート>――」

「…………」


 骸骨の異形はそう呟くと、影も形も残さずに消失した。

 鹿羽は、目の前に漂う僅かな魔力の残滓を感じながら、静かに天を仰いだ。


(――――――――あの骸骨の呪い。どうして、どうして麻理亜の顔が浮かんだ――?)


 そして、脳裏に浮かんだ彼女の姿を、鹿羽は理解することが出来なかった。


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