【040】最後の冒険①
一
場所はギルド連合の本部がある城塞都市チードリョット。
楓に冒険者活動を続けることを約束してしまった鹿羽は、不本意ながらも次の依頼を受ける為に、楓とS・サバイバー・シルヴェスターの三人でギルド連合を訪れていた。
鹿羽が、G・ゲーマー・グローリーグラディスと共に家庭教師の依頼をこなしてから、およそ一週間もの時間が経過していた。
城塞都市イオミューキャを襲った“刈り取る者/ライフイーター”の対処に大きく貢献した冒険者の話は、ここ、ギルド連合においても話題になった。
しかしながら、その話題の冒険者である鹿羽自身はというと、報酬を受け取ると直ぐにチードリョットを出立していた。
ギルド連合に噂が広まる頃には、鹿羽は城塞都市チードリョットの何処にもいなかった。
「――――久しぶりだな。“イオミューキャの奇跡”以来か?」
「勘弁してくれ。俺は何もしていない」
「そうなのか? 依頼主は、お前さんの英雄譚を手紙に綴っていたけどな」
「……」
そんな、謎の新人冒険者として名前が広まってしまった鹿羽改め、ニームレスは、一週間ぶりに訪れた冒険者ギルドにて、受付スタッフであるウォーレンスに声を掛けられていた。
「そんなお前さんには、もうB級冒険者に昇進させてやっても良いんじゃないという話が持ち上がっている訳だが……。もう少し様子を見て、ということになった。このまま堅実に結果を出していけば、全会一致で認められるだろう。――――興味なかったか?」
「危険な依頼をこなさなきゃいけないって言うのなら、悪いが願い下げだ」
「そうか。まあ、勝手に仕事を選んでやってくれ」
「そうさせてもらう」
鹿羽は淡々と、そう答えた。
「――――仮面を付けていない方の男がいねえな。予定が合わなかったか?」
「まあ、そんなところだ。前回は無理を言って来てもらったからな」
「そうか。――――まあ、良い。丁度お前らにピッタリの依頼がある。聞いてくか?」
「繰り返しになるが、危険な依頼は受けないぞ?」
念を押すように鹿羽は言った。
予想内の反応だったのか、ウォーレンスは苦笑しながら続けた。
「内容は迷宮の探索だ。ウチのA級冒険者も一緒だから、さして危険は無いだろう」
「待て。そんな優秀な人材が必要ってことは、危ないんじゃないのか?」
「この迷宮探索は、始まってからもう十二年になる。冒険者を集めての大規模探索は今回で七回目だ。奇妙な話だが、今までに犠牲者は一人も出ていない。無論、こんな依頼が出てるってことは、探索も完了していないんだがな」
迷宮と言われ、鹿羽はゲームにおけるダンジョンのようなものを想像した。
しかしながら、犠牲の出ない探索なのにもかかわらず、十二年経っても完了していないという事実に頭を傾げた。
「――――安全だが、とんでもなく広いってことか?」
「いや、そういう訳ではないらしい。毎回毎回命に代えても探索を完了させてやろうという意気込みで挑んでいるそうだが、内部の魔物や仕掛けに翻弄されて全滅、気が付けば迷宮の入り口に運ばれているとのことだ」
「……どういうことだ?」
「さあな。――――まあ、依頼人の領主は今年こそは成功させるつもりでいるそうだ。お陰様で報酬も段違いに多い。勿論、腕自慢という条件付きだがな。ギルドとしては、こんな緊急性の低い依頼に優秀な人材を割きたくはない。そこで、実力はあるが実績は少ないお前達に任せようって訳だ。悪い話ではないだろう」
ウォーレンスの話は、鹿羽にとって悪くないものだった。
「……カエーテ。どうだ? 受けるか?」
「…………? 当たり前ではないか」
質問の意図が理解出来ないと言わんばかりに、楓は言った。
「……………………受ける方向で宜しく頼む」
「そ、そうか」
二
鹿羽達が迷宮探索の依頼を受けることに決めてから、およそ二週間が経過した。
ついに依頼の細かな日程が確定し、迷宮があるハワッフネ王国ヤネヒカ領への直行便が、ここギルド連合のチードリョットから出発しようとしていた。
「――――来た、であるか」
冒険者ギルドの待合室にて、楓は意味深に呟いた。
「――――貴方達が、今回の仕事仲間かしら?」
「……ああ。その筈だ」
鹿羽達に、一人の女性が声を掛けた。
(尖った耳……。エルフみたいな種族も実在するのか)
「…………エルフを見るのは初めて?」
「……悪い。見慣れないものだったからな。つい、ジロジロ見てしまった。気を悪くさせたなら謝る」
「あら、新人にしては随分と低姿勢ね。良いことだわ。ね? アポロちゃん」
「――――私に話題を振るな。馴れ合うつもりはない」
尖った耳が特徴的な女性に話題を振られた少女は、拒絶するように吐き捨てた。
少女はフードを深く被り、鹿羽達と同じく、仮面によってその素顔は分からなかった。
「あはは……。ごめんね? アポロちゃんはちょっぴりシャイだから……」
「セリリ。こんな所で無駄話をして意味があるのか?」
「もう。仲間なんだから仲良くしなきゃ」
「……理解に苦しむ」
「ごめんなさい。私達の方が遥かに失礼だったわね」
「いや、大丈夫だ」
鹿羽は気にしない様子で、そう言った。
「――――お互いに素顔を隠した状態で仲良くなんて、出来ないだろうしな」
鹿羽なりの冗談だった。
しかしながら、その呟きは仮面を身に着けた少女の肩を僅かに震わせた。
「…………遅レタ。悪イ」
「ダンパイン。遅かったわね」
「君達カ。宜シク」
「ああ、宜しく頼む」
「宜しく頼むであるぞ!」
最後に全身を鎧で包んだ冒険者が到着し、今回の迷宮探索依頼の面々が揃った。
「それじゃあ、行きましょうか」
エルフの女性の声を合図に、鹿羽達は移動を始めた。
「――――――――知ったような口を」
仮面の少女の呟きを聞く者は、一人もいなかった。
三
「――――ようやく、到着であるか……」
四日間にも及ぶ馬車での移動は、たとえ様々な魔法や能力によって負担を軽減させたとしても、慣れない者にとってはうんざりするものであった。
転移魔法や空を飛ぶ魔法が使えたらどんなに楽かと、鹿羽は馬車に揺られながら何度も考えたが、目立つ行為は避けている為に、最後まで実行に移すようなことはしなかった。
(楓を満足させたら、サッサと帰るつもりだが……。それにしても……)
鹿羽は、野営地の傍にある遺跡を見上げた。
岩を削り出して組み上げられたであろう、石造りの柱。
その柱が支えていた筈の天井は風化によって崩れ去り、遺跡の周りには大きな石が散乱していた。
何処かの国の世界遺産に似たようなデザインのものがあったことを鹿羽は思い出したが、残念ながらその詳しい名称を思い出すことはなかった。
(大きさから察するに、おそらく地下に続いているのか……。崩落の危険性とかは大丈夫なんだろうか)
「こうなったら、太古に封印されし伝説の剣を見つけるまでは帰らぬぞ」
「遺産に関しては全て依頼主に渡される約束だったろ。だから見つけても旨味は無いんじゃないか?」
「な、なんだと……?」
「話ぐらい聞いとけよ……」
明らかに落胆する楓を見て、鹿羽は呆れたように溜め息をついた。
「――――冒険者の皆様。長旅、お疲れ様です。迷宮探索に関して、作戦の確認を行いますので、こちらへお集まり下さい」




