表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
三章
39/200

【039】狂気の発芽


 一


 場所はルエーミュ王国、王都ルエーミュ・サイ。

 そのルエーミュ・サイを見下ろす王城の中で、一人の少女が沈痛な表情を浮かべながら、一人の女性の話に耳を傾けていた。


「――――それは、本当なのですか?」

「はい。信じられないのも無理はありません。かく言う私も、未だに、ただの悪い夢だったのではないかと思うのですが……」


 少女の名は、グラッツェル・フォン・ユリアーナ。

 王位継承権第五位、正真正銘のルエーミュ王族であるグラッツェル家の次女であり、その非凡な知性は、御付きの学者が舌を巻くほどだった。


「……良く生き延びてくれました。瘴気に侵され、生死を彷徨ったと聞いた時は焦りました」

「お気遣い、感謝致します。この情報をユリアーナ様に伝えるまでは、死ぬ訳にはいきませんでしたから」

「…………そうですね。とても、とても信じ難い話です」


 少女――グラッツェル・フォン・ユリアーナは、天井を見上げて呟いた。


「お父様から聞かされた、ルエーミュの心臓であり、病巣でもある“白の教会”が、こんなにも呆気なく壊滅してしまうなんて――――――――」


 白の教会。

 ルエーミュ王国に存在した、小国に匹敵する程の武力を誇る秘密組織。


 それが、呆気なく滅ぼされた。


 それも、たった二人によって。


「彼女達の目的は、一体何なのでしょうか……?」

「……分かりません。ただ……、あまり真剣な様子には見えませんでした。まるで、片手間で、遊ぶように…………」

「そんなことが出来る者など、存在するのですか?」

「リフルデリカ教皇国にいるという、“光の天使”……。彼女であれば、片手間で遊ぶように白の教会を滅ぼすことは出来るのかもしれません」

「聞いたことがあります。神より授けられた、世界を正す力の持ち主……。やはり、そこまでの強大な力を有するのですか……」

「しかしながら、白の教会を包み込んだのは極めて毒性の強い瘴気でした。あれは“光の天使”が有すると言われる聖なる力というよりは……、得体の知れない、凶悪なもののように思えました。いずれにせよ、断言するには証拠が圧倒的に不足しています」

「得体の知れない、凶悪な力……」


 グラッツェル・フォン・ユリアーナは、想像も付かない、そんな言葉だけの恐ろしい何かに思いを馳せた。


(――――――――ルエーミュ王国に、災厄が降りかからなければ良いのですが……)


 グラッツェル・フォン・ユリアーナは王族だった。

 そして、王族として然るべき愛国心も、人一倍持ち合わせていた。


 不穏な出来事が耳を掠めるたびに彼女が思うのは、ルエーミュ王国の平和と安定であった。


「――――私は、ユリアーナ様に謝らなければならないことがあります」

「……何でしょうか」

「白の教会が瘴気に覆われたあの日、逃げようとした私の前に、その女が立ち塞がったのです」


 グラッツェル・フォン・ユリアーナの表情が、僅かに驚きのものへと変化した。


 部下の女性から聞かされた報告の内容は、たった二人によって白の教会が滅ぼされたという事実。

 強大な力を持つ筈の白の教会を個人で捻じ伏せる者など、それは人間と云う枠組みから逸脱した化け物の類だろうとグラッツェル・フォン・ユリアーナは思っていた。


 もし運悪く出くわしてしまったのなら、もはや死ぬことしか出来ない、と。


「……実際に会ったのですか?」

「はい。しかしながら、顔は魔術的な細工によって見えませんでした。彼女は私に、生きる理由を問いました。対する私は、守るべき御方がいる、と……。そう答えました」

「続けて下さい」

「――――申し訳ございません。私は、グラッツェル・フォン・ユリアーナ――貴女様に忠誠を誓っていることを話してしまいました……。正直に話さなければ、殺されてしまう、と……。私は、あの悪魔のような存在に殺されることを恐れ、ユリアーナ様の尊い名前を漏らしてしまったのです……」

「――――――――構いません。私の名前で貴女が救われたのなら、何の問題もありません」

「しかし! 次にユリアーナ様が狙われてしまったら! あれは国家が全力を挙げてようやくどうにかなる相手です! 目を付けられたら最後……、死ぬしかありません……」


 部下の女性が抱いていたのは、途方もない後悔だった。


「――――ミュヘーゼ。私は死にません。仮に私がその悪魔のような存在に生命を奪われたとしても、きっとルエーミュ王国は全力を挙げて討伐に乗り出すことでしょう。そうすれば、その悪魔によって奪われる命は、私で最後になります」

「ユリアーナ様は甘過ぎます……。彼女は見逃してあげたお礼を取りに来ると言っていました……。きっと、彼女は……、あの女は……」


 部下の女性が言い終えようとしたその瞬間。


「――――覚えていてくれたんだ。約束を覚えていてくれる人は、私は好きだよ?」


 居る筈も無い、居てはいけない。

 グラッツェル・フォン・ユリアーナと部下の女性の二人にとって、決してありえない筈の存在が楽しそうに声を掛けていた。


「――――あ」

「あら。呆けちゃって。私みたいに時間と場所を選ばない図々しい人間がいることを理解しなくちゃ。あの時分からなかった? 自分だけ助かって、心優しい人間に見えちゃったのかしら?」

「あ、ああ……」

「そうそう。あの時、貴女は啖呵を切って、嘘をついたわけだけど。嘘を真実にする準備は整った? どう? 大丈夫?」


 女性は優秀な魔術師だった。

 それは、白の教会の中においても引けを取らない程に。


 しかしながら、どんなに力を有していても、絶望に抗うことは叶わない。

 あの日、あの時、女性を襲った死の味は、女性の心をへし折るには十分過ぎた。


「――――――――ッ」


 声にならない叫びが、女性の喉を駆け抜けていった。


「……私に用ですか?」

「うん? 急にどうしたの? 私、貴女とは初対面の筈なんだけど。もしかして自意識過剰ってやつ?」

「私はルエーミュ王国第二王女、グラッツェル・フォン・ユリアーナと申します。殺すなら私だけにして下さい。私以外の国民に手を出さないで下さい」

「若いのに殊勝だねー。知ってるよ? 犠牲になる私は理想の王女サマって思ってるんでしょ? そういうのは美談になるけどね、自分の身を守れない人間が他人を守れる訳ないじゃん」


 突如として出現した少女――麻理亜は淡々とそう言った。


 グラッツェル・フォン・ユリアーナには、麻理亜の顔がまるで“もや”がかかったようにぼやけて見えなかった。


 しかしながら、見た目はただの華奢な少女のように見えた。

 散見される女性的な膨らみは魅力的と評することはあっても、恐怖は微塵も感じられなかった。


 そんな、何てことない可愛らしい少女。


 それが王城の警備を掻い潜り、人払いをして二重に鍵を掛けた筈のこの部屋にいることは、余りにも異様なことだった。


「私を殺せば、ルエーミュ王国を敵に回すことになります。身を挺して邪悪を討つことが出来るなら、私は喜んでこの身を差し出します」

「――――ああ、そう。良い考えかもね」


 麻理亜は、興味無さそうに頷いた。


「それじゃあ、論破して良い?」

「論破……、ですか」

「そう。先ずあなたはルエーミュ王国が全力を挙げれば何だって出来るって思ってるみたいだけど、残念ながらルエーミュ王国だけじゃ私達を殺せない。ルエーミュ王国との敵対は想定内の誤差の範囲内。流石にローグデリカ帝国、リフルデリカ教皇国、エシャデリカ竜王国、更には向こうのラルオペグガ帝国が一致団結してかかってきたら面倒極まりないけどね? 仮に貴女が死んで、ルエーミュ王国が全力を挙げて私を殺そうとして、果たしてどれだけの犠牲をルエーミュ王国は許容出来るのかしら? 王国兵五万人くらいなら、貴女の為に死んでくれるのかしらね?」

「う、嘘です」

「さあ、どうでしょう。信じたくない嘘が本当になるかは貴女次第。まあ、そもそも貴女という人種は自分が一番可愛いだろうから、結局は無様に生き残るとは思うけど」


 麻理亜が何気なく語った内容は、余りにも荒唐無稽な話だった。

 大陸に君臨する名だたる大国を全て相手にしてもなお、面倒と一蹴するその自信。

 ただの特使がそれを語ったのならば、たとえグラッツェル・フォン・ユリアーナでさえも苦笑したに違いなかった。


「貴女は、何を……?」

「何って……。貴女と同じよ? この国をより良いものにしたいの。身分の格差に、逃れ難い不平等に苦しむ人間を無くしたい。貴女は私を邪悪と評したけどね、私は、貴女の思い描く正義と共存出来る正義だわ」


 グラッツェル・フォン・ユリアーナは、少女の言葉に心が掴まれていることを自覚し始めていた。


 恐ろしい筈なのに、恐ろしくなかった。

 耳を傾けて良い相手ではないのに、すらすらと言葉が頭の中に入ってきた。


 まるで悪い魔法によって魅了されたように、グラッツェル・フォン・ユリアーナは、目の前の少女の話を真剣に聞いていた。


「――――――――ねえ、協力しましょう?」

「協力……」

「そう。貴女が協力してくれれば、この国は変われる。この国が変われば、世界はもっともっと良いものになる。それは貴女にとっても、望ましい世界の筈だわ」

「……しかし、私は貴女のことは知りません」

「なら、知れば良いじゃない」


 少女はそう言うと、楽しそうに笑った。


「私の名は、伊峡麻理亜。平和へと歩む、一人の無力な少女よ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ