【035】次
偉大なる思想は、小さな行動の為にある
一
ルエーミュ王国に隣接している宗教国家、リフルデリカ教皇国。
大陸に広く信仰されているキルクス教の総本山とも言える国家であり、規模はルエーミュ王国、ローグデリカ帝国等の大国には劣るものの、その国力は盤石なものであった。
その強固な国家体制を支えるのは、国家秘密組織――黒の教会。
建国以来、最強の実力組織として、黒の教会はリフルデリカ教皇国及び周辺各国の安寧を守り続けた。
どんなにシビアで、かつ解決が難しい問題も、黒の教会は解決し続けてきた。
しかしながら、今回定例会議で持ち上がった議題は、そんな黒の教会でさえも頭を抱えるような深刻な問題であった。
「――――――――白の教会が、消えた?」
「はい。拠点は人だけが居なくなったように放置され、白の教会に所属していた教徒とも連絡は取れていません」
「……誰の仕業だ。何故、このタイミングで?」
「――――入念に準備をしていたのでしょう。現場には一切証拠は残されておらず、誰が、何処の組織が関わったかは不明です」
「馬鹿な」
男は驚きの余り、そう呟いた。
そして。
「馬鹿な」
無意味だと理解していても、そう呟いてしまうのだった。
「――――派遣した教徒と連絡が取れなくなる前の報告になりますが、ターツァ山脈の麓の森にて白の教会のメンバーが行方不明になったことが確認されております。今後、調査部隊はそこへ派遣される予定です」
「……」
出席した面々は、余りにも異様な事態に頭を抱えた。
普段であれば、湧き出るように解決策が挙げられる場面の筈だった。
しかしながら、この場を支配したのは意見の応酬ではなく、静かな沈黙だった。
証拠も何もない事態に華麗な解決策を挙げられる者など、居る筈も無かった。
「――――――――いつもとは違う雰囲気ね。気になって来ちゃった」
重苦しい雰囲気に包まれる定例会議に、一人の女性が気楽そうに声を掛けた。
「……とっくに開始時間は過ぎているぞ」
「どうして憎まれ口を叩かれなくちゃいけないのかしら? 折角来てあげたのに」
「――セラフィマ様。どうぞ、此方の席に」
「どうも。――――で、どうして皆様頭を抱えていらっしゃったのかしら? そんなに深刻な問題? 魔王でも攻めてきた?」
先程までこの場を包んでいた雰囲気などお構いなしに、続けて女性は質問を投げかけた。
「――――ルエーミュ王国の白の教会が、忽然と姿を消したのです。拠点もそのままに、人だけが」
「へえ」
女性は興味が湧いたように身を乗り出した。
「それって、“私”にも出来る?」
「――――白の教会を壊滅させるだけであれば、セラフィマ様にも可能でしょう。しかしながら、一切の証拠を残さずに、我々の監視の目を掻い潜る形で完了させるのは……」
「それって私より強いってこと? 私よりも強い組織が遂に動いてくれたってこと?」
「セラフィマ様に匹敵するほどの組織が、このような暴挙に出るとは考えにくいです」
「でもさ、実際に起きちゃってる訳よね」
何時の間にか、女性の手には禍々しい剣が握られていた。
「“光の天使”の出番、なんじゃないの?」
女性はそう言うと、艶やかに笑った。
「とにかく、派遣する部隊の内訳を含め、早急に詳細を詰める必要がある。先ずは――――――――」
二
「――悪かったって」
「…………口ではどうとでも言えるぞ」
冒険者として依頼を完了させた鹿羽は、ギルド拠点へと帰還していた。
そして、内緒で冒険者活動をしていた鹿羽を必ず咎めてやろうと決めていた楓によって、鹿羽はしつこく問い詰められていた。
「……麻理亜から伝言は聞いていなかったか?」
「それとこれとは話は別であろう。事前に自白したからといって、その罪が無くなることはないぞ」
「楓ちゃんの言う通りねー」
「そういう麻理亜殿こそ、我々が冒険者として旅立っている時に勝手に外出していたそうではないか。二人とも自分勝手極まりないぞ」
「待て。俺は聞いてないぞ。麻理亜、本当なのか?」
「鹿羽君に咎められる筋合いはないけどね。まあ、気分転換にちょっとだけ、ね」
麻理亜はウィンクをしながら、そう言った。
「――――少なくとも、我は一つ、鹿羽殿と麻理亜殿に要求する権利がある筈である。そうであるな?」
「……内容によるとしか言えないけどな」
「もう一回冒険者をやるぞ」
「そればっかだな本当に……」
鹿羽は呆れたように呟いた。
「――――分かった。後で、もう少しだけ冒険者活動をしよう。分かってるとは思うが、危険な依頼は受けないからな」
「ならば良し!」
楓は満足そうに頷いた。
「楓ちゃんは良いなー。鹿羽君といられて」
「麻理亜殿も来れば良いではないか」
「……うーん。でもー、色々考えたら私がここにいた方が都合が良いしー」
「何か気になることでもあるのか?」
「別にそういう訳じゃないよー。それに私が困った時はー、鹿羽君が助けに来てくれるしね?」
「まあ、そりゃあ……」
鹿羽は言い淀みつつも頷いた。
「“世界”を敵に回しても、助けてくれるよね?」
「いきなり飛躍し過ぎだろ……。せめて敵対しない努力はしてくれ……」
鹿羽は呆れた様子でそう言った。
一方、麻理亜はただ、笑顔を浮かべていた。
「――――助けられるなら、助けるさ。“出来る限り”な」
「ふふ。なら良かった」
そして、満足そうに頷いた。
「我がいれば宇宙を敵に回しても問題は無いがな!」
「そうかよ」
「ふふ」
三
場所はギルド拠点内部、L・ラバー・ラウラリーネットの自室。
L・ラバー・ラウラリーネットの自室の内装は、整頓された現代のオフィスを彷彿とさせるものだった。
机には幾つものデスクトップ型PCのような設備が設置され、それらが整然と並ぶ様子は、まるで民間企業の一風景を切り取ったように見えた。
机のある場所の反対側は工学関係のパーツ置き場のような状態になっており、半透明の引き出しには様々な部品や工具が入れられていた。
L・ラバー・ラウラリーネットの自室は、工学の研究や趣味にもってこいの場所に見える一方で、少なくとも人間らしい生活感は微塵も感じられないものだった。
そして、L・ラバー・ラウラリーネットはクッション性の高いビジネスチェアに体重を預けながら、モニターに表示された設計図のようなものを凝視していた。
ふと、入り口のドアをノックする音が響いた。
するとL・ラバー・ラウラリーネットは表示された画面を暗転させ、足早にドアの方へと歩き出した。
「――――L・ラバー。少し良いか?」
「はい、勿論デス」
ドアをノックしたのは鹿羽だった。
「昨日出してくれた報告書に、近くで集団の移動が観測されたって書いてあったと思うんだが……。映像の方を見せてもらっても良いか?」
「畏まりましタ。こちらになりマス」
用件を理解したL・ラバー・ラウラリーネットは、素早くタブレット端末を操作し、自室にある最も大きなモニターに映像を表示させた。
「――――昨日の昼頃、山脈の向こうからやって来たようデス。我々の存在には気付いていないようデスガ、念の為、報告させて頂きましタ」
モニターに映し出されていたのは、みすぼらしい服装の男女だった。
映像を見る限り、その数は二十から三十人ほどであり、小さな子供も確認出来た。
(表情が暗い。そして何より――――)
鹿羽の目から見ても明らかなほど、その集団は痩せていた。
「今はどの辺りにいるか分かるか?」
「勿論デス。現在位置は森と洞窟の境界線付近みたいデスネ」
「映像を映してもらえるか?」
「畏まりましタ」
L・ラバー・ラウラリーネットは数回、タブレット端末を軽くタップすると、直ぐにモニターの映像は切り替わった。
そこには、洞窟の壁にもたれかかり、絶望したように俯いた集団の姿があった。
「……っ」
「栄養失調でしょうネ。活動する為のエネルギーが不足しているのだと思われマス」
「……L・ラバー。お前はどう思う」
「情報管理という観点からすれば、放置するのが賢明カト。個人の感想としては、特に感じるものはありませン」
「……むやみに助けるのは愚策か? 率直に、L・ラバーはどう思う?」
「カバネ様には御力があるのデスカラ、いずれにせよ、些細な問題カト」
「……そうか」
鹿羽は迷いを滲ませながら、そう呟いた。
「――――急に邪魔して悪かったな。ゆっくり休んでいてくれ」
「……お気遣い、感謝しマス」
部屋から立ち去る鹿羽に、L・ラバー・ラウラリーネットは丁寧に頭を下げてそう言った。




