【030】霧①
一
場所はルエーミュ王国内、城塞都市イオミューキャ。
依頼主である豪商の屋敷にて、鹿羽とG・ゲーマー・グローリーグラディスの二人は豪商の娘――ジョルジュ・グレースへ魔法の指導を行っていた。
「――――では先ず……、簡単な質問をします……。貴女は一体……、どのような魔術師になりたいのでしょうか……?」
「どのような……、ですか。それは、皆さんを助けられるような……。そんな立派な魔術師になりたいです」
ジョルジュ・グレースは、聞き取りやすい声でそう言った。
すると、G・ゲーマー・グローリーグラディスの目は静かに細められた。
「――――魔術を探求する者の中で、立派ではない魔術師を目指す人が果たしてどれほどいるのでしょうね……。“具体的”に貴女は何をすることで……、皆を助けられる立派な魔術師になりたいと言うんですか……?」
「そ、それは……」
皮肉が込められたG・ゲーマー・グローリーグラディスの厳しい追及に、ジョルジュ・グレースは思わず押し黙ってしまった。
そして、何も言い返さないジョルジュ・グレースの様子を見て、G・ゲーマー・グローリーグラディスは呆れた様子で溜め息をついた。
「……まあ、良いでしょう。“立派になりたい”……、そういった抽象的な目標を持つこと自体は……、必ずしも悪いことではありません……。しかしながら……、具体的で細かなことを日々積み上げていくことでしか……、そういった大きな目標を完遂することは出来ませんからね……。まあ……、魔法に限った話ではありませんが……」
ジョルジュ・グレースは真剣な眼差しで、G・ゲーマー・グローリーグラディスの話に耳を傾けていた。
「――――そして魔法は努力を前提とした……、才能による差が大きく出ます……。どんなに貴女が望んだところで……、当然出来ることと出来ないことが存在することを……、予め留意した方が身の為でしょうね……」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは淡々とそう言った。
才能の有無。
魔術師としての優劣が、才能という天性のものによって残酷に運命付けられてしまうというのは、ジョルジュ・グレースにとっても自明のことだった。
「私には、才能があるのでしょうか?」
「知りたいですか……? 才能に関しては……、知らない方が幸せだということも多々あります……。それに、大魔法を扱える魔術師が……、貴女の言う“立派”なものと一致するかどうかも……、また別の話ですからね……」
「私は自分の力で多くの人を助けたいんです。先生を前にこんなことを言うのは失礼かもしれませんが……。魔法でも、それこそ商売でも……。何でも良いから、人の役に立てる力が欲しいんです」
「そうですか……。どうぞ、ご勝手に……。貴女自身が何をしようと、私達の邪魔をしないのであれば……、どうでも良いことです……」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは吐き捨てるように、そう言った。
「先生。私は魔法で、人の為に何が出来るんでしょうか……?」
「敵から身を守る攻撃魔法……。傷を癒す回復魔法……。そして様々な用途に使われる生活魔法……。どうぞ、お好きなものを選んで下さい……。具体的に何が出来るかを決めるのは、貴女自身です……。才能がそれを許すかどうかは、別の話ですけどね……」
G・ゲーマー・グローリーグラディスの指導は続いていた。
二
依頼主である豪商の、屋敷の庭にて。
「さあ、もう一度……。詠唱と術式は間違っていません……。感覚が掴めるまで何度も繰り返して下さい……」
「はあ、はあ……。――――――――<落雷/ライトニング>っ!」
ジョルジュ・グレースは詠唱を唱えると、黄色く輝く魔法陣が宙に浮かび上がった。
すると魔法陣は輝きを増していき、ジョルジュ・グレースはその術式に込められた“意味”を発現させる為に、更に魔力を魔法陣へと込めた。
そして、弾けるような音と共に、閃光が瞬いた。
「きゃあっ!?」
「何ですか何なんですか……。どうして途中で止めるんですか……。やる気あるんですか……?」
「す、すみません」
ジョルジュ・グレースは思わず謝罪の言葉を口にした。
対するG・ゲーマー・グローリーグラディスは、溜め息をつきながら続けた。
「私は別に貴女の謝罪を欲している訳ではありませんから……。貴女には早いこと成果を出して頂く必要があるだけです……」
「は、はい!」
鹿羽は、庭に植えられた木に身体を預けながら、二人の様子を遠目に眺めていた。
(――――話を聞く限り、この地域で使用されている魔法は俺達のものと一致しているみたいだな……。魔法学の知識なんて、基礎はおろか欠片も理解していない訳だが、果たしてそれは偶然なのか、それとも必然なのか――――――――)
鹿羽は、この世界の歴史に対して思いを馳せた。
この世界は五秒前に創られました等と云う荒唐無稽な話を除いて、この世界にも人々の営みによって積み上げられた歴史がある筈だった。
それはきっと、魔法も例外ではない筈だった。
しかしそれが、この世界に来て間もない鹿羽達のものと一致しているというのは奇妙な話だった。
無論、偶然の一致ということは確率としてありえなくはなかったが、実際に偶然として片付けるのは、鹿羽自身、軽率に思えた。
(――――ありえることといえば、俺達と同じような存在が過去にこの世界に来ていた可能性だよな……。寿命や様々な要因で、今も生きているかどうかは分からないが……。もし、俺達と同じ境遇の存在が生きていて、かつ手を取り合って協力し合え“ない”んだとしたら……)
もし、鹿羽自身が最も大切にしているものを奪おうとするならば。
同郷の者だろうと、善良な市民であろうと、たとえ、友人であろうとも。
きっと鹿羽は、その存在を許容することは出来なかった。
(――――守るべきものの為に戦う、か)
何処かで聞いた陳腐な台詞が、妙にしっくりきた鹿羽だった。
(……というか、G・ゲーマーが大丈夫って言ったから、今回の依頼を受けた訳だが……。普通に俺達の魔法と、この世界の魔法が全く違う可能性もあった訳だよな。面倒な事態にならなくて良かった……)
今更になって気が付いた事実に、鹿羽は静かに肝を冷やした。
「――――ニームレス様。少しお話が……」
「これは――――――――」
鹿羽は空を見上げると、先程まで眩しい太陽を覗かせていた晴天の空は、何時の間にか厚い雲によって覆われてしまっていた。
そして何より、時間帯からしてありえない筈の“霧”がこの城塞都市イオミューキャで漂っているというのは、あまりにも不自然だった。
「“灰の霧/アッシュドミスト”、か?」
「おそらくその魔法で間違いないかと……。この魔法自体に、人体への影響はありませんが……」
「――――――――“刈り取る者/ライフイーター”が召喚されているのか……? まさか……」
“刈り取る者/ライフイーター”。
鹿羽達がプレイしていたゲームに登場する、“生き死体/リビングデッド”系のモンスターの名前だった。
プレイヤーにとってすれば、単体の強さは取るに足らないものであったが、“刈り取る者/ライフイーター”が持つ特徴的な能力は、鹿羽にとって記憶に新しいものだった。
“刈り取る者/ライフイーター”は、敵を撃破するごとに体力が回復し、物理攻撃力を高めていくという特殊な能力を有していた。
“刈り取る者/ライフイーター”を含む、一部のモンスターの能力が上昇する“灰の霧/アッシュドミスト”の中で、このモンスターを大量に召喚する戦法は、鹿羽達がプレイしていたゲームの中において、マイナーながらも存在していた。
しかしそれは、弱いモンスターがフィールド上に溢れかえっている場合でのみ有効な戦法だった。
「ここにいる市民を犠牲にするつもりなのか……?」
鹿羽の最悪の想像が現実味を帯びていく中で、霧は更に深くなっていた。




