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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
二章
29/200

【029】狂気の浸食②


 一


 ルエーミュ王国のある場所にて。

 窓もなく、淀んだ空気が漂う建物の深部に、一人の男が静かに座り込んでいた。


「――――来たか」

「ふふ。来ちゃった♡ なんてね」


 いつの間にか、男の目の前には二人の男女が立っていた。


 一人の名は、T・ティーチャー・テレントリスタン。

 奇妙なデザインの鎧兜を被った、大男だった。


 もう一人の名は、伊峡麻理亜【いきょう まりあ】。

 見た目は何てことない、ただの少女だった。


「秩序を破壊し、他者を食い潰す悪魔め。言い訳を聞こうか」

「……? 言い訳なんて無いよー? 強いて言うなら……、邪魔だったから?」

「狂った目をしているな。何が目的だ?」

「世界征服♡」

「ふざけるな」


 麻理亜がふざけた様子でそう言った瞬間、男はいつの間にか握り締めていた長剣を振るった。

 男が放った斬撃は空気の刃となり、麻理亜の首をめがけて高速で飛来した。


 しかしながら、麻理亜の首に命中しようとした瞬間、空気の刃は何かに掻き消されたように消失してしまった。


「――――お話の途中で攻撃してくるなんて酷くない? それにふざけてなんかないよ? 別に世界がどうなろうと私にはどうでもいいんだけど、どうせこの世界で生きていくなら、少しでも快適に過ごしたいじゃない。――――邪魔な虫は駆除した方が気持ちが良いでしょ?」

「屑が」

「ほらそうやって噛み付いてくるじゃない」


 麻理亜は呆れた様子でそう言った。


「――――マリー様。お下がりください。ここは私が」

「だーめ。私だって自分がどれだけ強いか試してみたいし。それに、二対一なんて可哀想でしょ?」

「まとめてかかってこい。この命に代えても、貴様らの野望を阻止して見せる」

「仮に私が間違ってたとして、それを指摘した貴方が正しいとは限らないんじゃない?――――あら。危ない危ない」


 麻理亜の首を斬り落とす為に、男は再び斬撃を放った。

 しかしながら、斬撃が再び麻理亜に到達しようとした瞬間、今度は麻理亜自身が消失した。


 そして、麻理亜は全く別の場所に移動していた。


(――――転移魔法の使い手か? いずれにせよ、無詠唱で瞬間移動出来る能力の持ち主か……。確かにこれは白の教会でも手に余る相手だな……)


「ふふ。驚いた? 転移魔法って珍しいんでしょ? 貴方は攻略出来るかなー?」

「詠唱無しの転移魔法など聞いたこともない。貴様が人理を逸脱した魔術師であるか、それともとんだ大噓つきのどちらかだな」

「あら。バレちゃった」

「――――人外の相手など慣れている。一筋縄ではいかないぞ」

「人外なんて酷ーい。それ絶対女の子に言っちゃ駄目なセリフだよー?」

「ぬかせ。笑わせるな」


 麻理亜の言葉に、男は吐き捨てるようにそう言った。


「ふふ。反省の色無し、ね。そういう悪い子にはお仕置きしなきゃ。――――<獄炎/ヘルフレイム>」


 麻理亜は気楽な様子で詠唱を完了させると、その口調とは対照的に、爆炎が激しく噴出した。

 爆炎は術者である麻理亜とT・ティーチャー・テレントリスタンだけを避ける形で、その場にあった全てを焼き尽くそうと巻き上がった。


「わー。思ったより威力あるのね。大丈夫かな?」


 圧倒的な熱量に視界が赤と白に染まる中、麻理亜は気楽な様子でそう呟いた。


 しかしながら、男は無事だった。

 常人では決して耐えることの出来ない圧倒的な爆炎を潜り抜け、むしろその爆炎に紛れる形で、男は麻理亜との距離を詰めていた。


「死ね」


 そして男は、麻理亜の首に剣を叩きつけた。


「――――生きてて良かった♡ まだまだこれからだもんね?」

「ち……っ」


 しかしながら、男の鋭い斬撃は、麻理亜がいつの間にか手にしていた剣によって容易く受け止められてしまっていた。


「魔法に加え、剣の使い手でもあるか……。何故そこまでの力をもってして、今の今まで大人しくしていた?」

「んー? 大人しくなんかしてないよー? だってこの辺に来たの、つい先日のことだもん」

「……それでやることが秘密組織の殲滅か? 随分と用意が良いな」

「ふふ。褒めてくれてありがと♡」


 麻理亜はそう言うと、驚くべき速さで斬り返した。


 対する男は慣れた様子で麻理亜の斬撃を受け流すと、同じように斬り返した。


「あは! 楽しー!」


 麻理亜はまるで面白いことがあったかのように笑った。

 しかしながら、麻理亜と男で繰り広げられていたのは、壮絶な斬り合いだった。


(剣の腕まで俺に匹敵するか……っ! この化け物め……っ!)


「はあああああああ!!!!」

「きゃ」

「終わりだ!」

「――――ふふ。なんちゃって。やっぱり逃げるって大事ね」


 一瞬の隙を突き、今度こそ麻理亜の首を斬り落とそうと試みた男だったが、再び麻理亜は瞬間移動することで斬撃を回避していた。


「――――あ、そうだ。こういうのって見たことある? けっこう貴重なものだと思うけど」


 全く別の場所に移動していた麻理亜は、綺麗な石を取り出すと、気楽な様子でそう言った。


「……素直に喋ると思うか?」

「あは! ガードとっても堅いのね。でも大丈夫。――――反応さえ見れれば分かるから」

「……」

「ふふ。これが何なのか知りたそうな顔してるよ? 教えてあげよっか?」

「その石ころが貴様らの目的か?」

「ざーんねん。私の目的は貴方達を無力化することだしー、これは他に持ってる人が居ないか知りたかっただけ。私みたいな人が他に居てもおかしくないからねー」


 麻理亜はそう言うと、手にしていた石を粉々に砕いた。

 瞬間、砕けた石の破片から鎖のようなものが飛び出し、男と麻理亜の二人を縛り付けた。


「――――課金アイテム、って言われても分かんないよね? 気分はどう?」

「……動きを封じる訳ではなく、魂を縛る、か。さしずめ、相手を逃げられなくする効果といったところか」

「おー。今度は大正解。よく分かったねー。おめでとー」

「ふざけてはいるが、確実に殺す気なのだな」

「んー? 別に殺す必要はないんじゃない? 身体の自由を奪ったりー、記憶を消したりとかー、貴方を駄目にする方法なんて沢山あるよ? 一応聞いておくけど、どれが良いとかある?」

「貴様の死が私の望みだ。消えろ」

「うーん。過度な要求は受け付けてませーん」


 麻理亜は気楽な様子でそう言うと、男の鋭い斬撃を巧みに回避した。


「――――ふう。一応これも聞いておきたいんだけど、貴方ってこの世界でどれだけ強いの?」

「……」

「あら。難しい質問だった? それじゃあ質問を変えるね。――――この国で一番強いのは貴方?」

「……っ」


 麻理亜の心を見透かすような視線に、男は再び斬撃で応じた。

 しかしながら、麻理亜に攻撃が当たることは遂になかった。


「――――良いこと聞いちゃった。計画は思ったよりも楽に進みそうね」

「貴様……っ。何を企んでいる……?」

「さあね。貴方の実力も良く分かったし、もう踊らなくて大丈夫だよ?」

「――――っ!」

「ふふ。じゃあね。――――<死の宣告/デスジャッジ>」


 麻理亜は気楽な様子でそう呟くと、男は糸が切れた人形のように静かに倒れた。


 そしてそのまま、男が動くことは遂になかった。


「――――お見事でした。マリー様」

「そう? 本当にそう思ってる?」

「勿論です」

「ま、これでこの組織は終わりかな? 案外張り合いの無い相手だったね。私達と同じ境遇の人もいるかなーって準備してきたけど、杞憂だったみたい」


 麻理亜は再び、気楽な様子でそう言った。


 麻理亜が男に綺麗な石を見せたのは、男がゲーム上のアイテムの存在を知っているかどうか確かめる為だった。

 しかしながら、男は知らない様子だった。


 そして、麻理亜は未だに自分達と同じようにこの世界に来てしまった“プレイヤー”を見つけることが出来ないでいた。


(居ないならその方が良いんだけどね)


 麻理亜は男が完全に息絶えていることを確認すると、堪え切れなくなったようにケタケタと笑った。


「――――あーあ。こんな姿見られたら、私、どうなっちゃうのかな? 鹿羽君は怒るかな? 楓ちゃんは泣いちゃうかしら? テレン君はどう思う?」

「……分かりません」

「ふふ。そうよね。分からないよね。許してくれるかもしれない。許してくれないかもしれない。表面上は許しても心では許してくれないかもしれない。表面上では許さなくても心では許してくれるかもしれない。あはは。許されなかったらどうしようかしら」

「……」

「貴方は黙っててくれるよね? それともバラしちゃう? バラして欲しくなかったら言うことを聞けとか言っちゃうの?」

「……私はマリー様の意向に従いますゆえ」

「ふふ。なら良かった♡」


 麻理亜はそう言うと、静かに笑った。


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