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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
二章
23/200

【023】狂気の露呈


 一


 ギルド拠点内部、地下への階段の前にて。

 鹿羽達のギルド拠点内部は、基本的にファンタジー世界における城をイメージしてデザインされている為、訪れた者に荘厳かつ整然とした印象を与えていた。

 しかしながら、地下施設及びその入り口付近は来客を拒むかのように、見る者に冷たさを感じさせる石造りで出来ていた。


(――――秘匿いわゆる規律。中々に口が堅い方々ですが、経過は良好ですね。おや……?)


 T・ティーチャー・テレントリスタンは、鹿羽より極秘に任された、捕縛した魔術師達に対する尋問を一通りこなしていた。

 そして、新たに得た情報を書類としてまとめる為に、自室に向かおうとしていたが、地下へと続く階段の前にて、麻理亜と出くわしていた。


「あら、テレン君。こんな所で何してるのー?」

「いえ。用事などございませんよ。強いて言えば、考えをまとめる為に散歩していたところでしょうか」

「じゃあサボりってこと? 案外不真面目な人間なのねー」

「申し訳ございません」


 背筋を伝う冷や汗の嫌な感覚を抱きながら、T・ティーチャー・テレントリスタンはおどけたような態度を示した。


(尋問の件はマリー様、メイプル様には伏せておくよう厳命されておりますからね。さて、どうやって誤魔化したものか……)


 捕縛した魔術師の取り扱いに関しては、鹿羽とT・ティーチャー・テレントリスタンしか把握していなかった。

 それは、鹿羽自身が非人道的な行いをしているという自覚があったからだった。

 鹿羽は情報収集の必要性を選択した一方で、NPC達に、ひいては麻理亜や楓にこういった行為が露見することを嫌がっていた。


「それで、“何も無い筈の牢獄”を散歩してみて、まとまった考えは何なのかしら?」

「……っ」


 麻理亜は、見透かすような視線をT・ティーチャー・テレントリスタンに向けた。


「ふふ。顔は兜で良く見えないけれど、必死に考えを巡らせてるのが良く分かるわ。どういうことなのかしらね。T・ティーチャー・テレントリスタン君?」

「……仰っている意味が分かりかねます」


 麻理亜は相変わらず笑顔を浮かべていたが、対照的にT・ティーチャー・テレントリスタンの口調は重苦しいものへと変化していた。


 秘密を守るよう命令した鹿羽。

 そしてその秘密を暴きつつある麻理亜。

 二人とも仕えるべき御方々と考えているT・ティーチャー・テレントリスタンにとって、今の状況はまさに板挟みと言える、苦しい状況だった。


「あら? 意外と強情なのね。じゃあこうしましょう。大切な人に忌むべき事実を隠すのが優しさかしら? それとも、大切な人にありのままのこと全てを伝えるのが優しさかしら? テレン君はどう思う?」

「……私は、隠すのが優しさではないかと愚考致します」


 T・ティーチャー・テレントリスタンは隠したかった。

 否、隠そうと努力する姿勢を示し続ける必要があった。

 仮に魔術師達への尋問の件が麻理亜に露見したとして、T・ティーチャー・テレントリスタンには鹿羽に出来る限りの努力はしたという意思を示す必要があった。


「ふふ。私もその通りだと思うわ」


 麻理亜は、楽しそうに笑った。


「――――相手のことを分かった気になって、全てぶちまければ理解されるだなんて、そんなの物語の中だけの醜悪な妄想。失望しない人間なんていない。そして失望させない“まっさら”な聖人もいない。誰もが利己的で、他人を失望させ得る部分を持ってる。それを隠そうとする努力を怠ってはいけないよね?」

「その通り、かもしれません」

「まあ、相手が隠すのを理解した上で、それを受け止めるのも優しさだと思うの。でもね、私はそういうことは出来ないの。どうしてだと思う?」


 T・ティーチャー・テレントリスタンは、その質問に対する答えを持っていなかった。

 更に言えば、麻理亜が言わんとしていることも分からなくなりつつあった。


「……私如きの頭脳では、分かりかねます」

「素直に答えてくれたって良いのに。理由はね、私、嘘を見抜くのが上手だから。それで、自分の為なら、相手の気持ちなんて考えない。私は、私にとっての最善を選ぶ。それがどれだけ傲慢で、人として冒涜的な行いだろうと、私は迷いなく選択する。昔、大切な人に怒られたけど、結局私は変わらなかった。やっぱり恐ろしいのかしら? 狂ってるって言われたわ。間違ってる、ともね。彼は私を優しく諭してくれたけど、やっぱり私は駄目な人間みたい。私は、“二人”の好意を無下にした上で、“二人”との理想郷を築き上げるわ。――――T・ティーチャー・テレントリスタン、貴方は誰のNPCなのかしら?」


 止まらない想いを吐き出すように、麻理亜はT・ティーチャー・テレントリスタンにまくし立てた。

 それは怒りの剣幕とも、絶望の慟哭とも異なった、異質な感情だった。


 T・ティーチャー・テレントリスタンは、麻理亜が深い考えの元に行動していることを知っていた。

 鹿羽と楓と共に、より良い世界を築き上げる為に行動していることを理解していた。


 していたつもりだった。

 創造主と同じ願いを抱いているつもりだった。

 麻理亜の願い通り、鹿羽と楓の為に動いているつもりだった。

 しかしながら、T・ティーチャー・テレントリスタンの“それ”は、麻理亜に対する表面的な理解に過ぎなかった。


 麻理亜が抱くその盲目的な狂気は、T・ティーチャー・テレントリスタンの予想を遥かに上回るほど大きく、そして根深いものだった。


「……私は、マリー様の忠実なる僕でございます。貴女様に秘め事などと云う、浅ましい行いを試みたことを、どうかお許し下さい」

「なら協力して頂戴? 彼は優し過ぎるの。でもこの世界は残酷なの。いつか“二人”は知らなくちゃいけない。優しさだけじゃ上手くいかないことを理解しなくちゃいけない。私が一人で世界を食い潰してもしょうがないの。彼と彼女が――“二人”が私と共に世界を作り変えなきゃ意味は無いの。貴方もそう。甘さが残ってる。どうでも良い人間から情報を引き出すのに何日かけるつもりかしら?」

「……間も無く、然るべき成果を上げて見せます」

「私なら遅くとも半日で終わらせられたよ? 言ったでしょう? 相手はどうでも良い人間だと。早く案内して頂戴」

「畏まりました」


 狂気の侵食が始まっていた。


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