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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
二章
22/200

【022】襲撃


 一


 ギルド連合のある城塞都市チードリョットにて冒険者登録を済ませた鹿羽達は、楓を除いて、現地の宿で一夜を明かしていた。

 “金”の売却によって資金に余裕があった鹿羽達は、比較的格式の高い宿に泊まっていたが、料金に食事代が含まれていたのか、頼んでもないのに朝食が用意されており、あまり美味しくなかったのが鹿羽のささやかな不満点だった。


 楓はというと、鹿羽の強い意向によってギルド拠点に帰還していた。

 楓本人は宿に泊まりたいと不満を漏らしていたが、部屋に一人で置いておけないというのが鹿羽の主張であった。

 相部屋なら問題無いと楓は反論したが、その意見に鹿羽が了承することはなかった。


 そして日は昇り、楓と合流した鹿羽達は再び冒険者ギルド本部を訪れていた。


(……しかし、念の為近くに待機させておいたL・ラバーとG・ゲーマーが戦闘に巻き込まれるなんてな。相手の実力はそこまで高くなかったらしいが、敵対行為をしてしまった上で逃げられたというのは痛いな……。変な事態に発展しなければ良いが……)


 鹿羽は昨夜、待機中に戦闘があったことを、L・ラバー・ラウラリーネットより報告を受けていた。

 やむを得ない場合を除いて、基本的に現地との敵対行為を避けていきたいと考えていた鹿羽にとって、今回の報告はあまり喜ばしいものではなかった。


 しかしながら、報告してくれるだけ救いがある、と。

 鹿羽はそう思って、あまり深く考えないようにした。


「……遅刻無し。当たり前だが大事なことだ。特にお前らみたいな信用ゼロの新人冒険者にとってはな」

「昨日今日の予定を疎かにするほど、人間駄目になったつもりはないが」

「その人間駄目な奴が思いの外多いってことだ。……悪いことは言わん。こういう当たり前を一つ一つ大事にしていけ」

「忠告痛み入るよ」


 冒険者ギルド本部の受付を担当している褐色の男――ウォーレンスの言葉に、鹿羽は真摯に頷いた。


「ところで、今日から初仕事ということだったと思うんだが……。具体的に何をするんだ?」

「直ぐに分かるさ。……来たか」


 ウォーレンスは向こう側に視線を向けると、それに続く形で鹿羽達は振り返った。


「――――ウォーレンス。今回の馬鹿者は、どれほどかね」


 傷だらけの鎧に、傷だらけの顔。

 頭髪は白が目立ち、年齢相応の衰えを見せつつも、その表情に隙は無かった。


「じいさん。大人数だが、宜しく頼む」

「人数など関係無い。一人でも馬鹿がいればそれまでだ」


 やや老けた男は吐き捨てるようにそう言うと、鹿羽達を見据えた。


「――――して、貴様達か」

「……先輩、いや、先生と呼ぶべきか?」

「年長者を敬うその姿勢や良し。我が名はアンドレ。呼び名は任せよう」

「じゃあ、アンドレさんだな。冒険者に関しては全くの素人だが、宜しく頼む」

「ふむ。良いだろう。こちらこそ宜しく頼むぞ」


 元A級冒険者――アンドレは、静かに笑った。


 二


「――――思ったより、退屈な仕事であるな……」

「楽しい仕事なんて無い。これで良く分かったな」

「むー」


 荷物が詰め込まれた狭い馬車の中で、鹿羽達は慣れない振動に揺られていた。


 冒険者として鹿羽達に初めて与えられた仕事は、商人ギルド依頼の輸送護衛だった。

 護衛と言われればもっともらしいものに聞こえたが、実を言うと、鹿羽達が乗っていた馬車は護衛の要らない安全な輸送ルートを通っていた。


 今回鹿羽達が請け負っている輸送護衛の仕事は、いわば研修だった。


「退屈なのは良いことだ。何も無い方が良い」

「――――すみません。連れが失礼なことを言って……」

「案ずるな。歳を取り、融通が利かなくなった自覚はあるが、相応の振る舞いも身に着けたつもりだ」


 アンドレは目を閉ざしたまま、そう言った。


「アンドレさん! 大変です!」

「何事だ」

「賊です! 賊が出ました!」

「――ッ!? それは真か?」


 護衛とは本来、盗賊や魔物から依頼者を守る為のものだった。

 無論、それが予定通り起きることはありえず、むしろその予想外を適切に処理することが護衛という仕事の本質といえた。


 しかしながら、鹿羽達は事前に、安全なルートを通って輸送を行うことを聞かされていた。


 ありえない筈の襲撃。

 つまり、想定外の事態。

 指導役であるアンドレも、形として依頼したことになっていた商人達にとっても、予期せぬ状況。


 慌てた様子で事態を報告する商人と、それを聞いているアンドレの真剣な表情が、思わしくない事態であることを如実に感じさせた。


 すると突然、ライナスが剣を手に取ると、アンドレの元へと近付いていった。


「任せな、アンドレのじいさん。潜ってきた死線は一度や二度じゃねえ。それに頼りになる魔術師様もいる。その辺の盗賊崩れに後れを取ることはねえ」

「し、しかし……」

「――――<矢避けの護り/アローフィルタ>」


 鹿羽は静かに魔法を呟いた。

 すると淡い光が、この場にいる全員の身体を包み込んだ。


「これで多少の矢や投石は防げる筈だ」

「……ほらな。盗賊なんて上等じゃねえか」


 ライナスは自信を感じさせる表情でそう言ったが、対するアンドレの表情は険しいままであった。


 本来、新人冒険者をいきなり戦闘に放り込むなど、無謀な行為であった。

 しかしながら、集団で襲ってくる盗賊に対して自分一人で対処することなど、それこそ不可能であることもアンドレは自覚していた。


「既に囲まれていると見ていい。無理だけはするな。自信の無い者はここに残れ」

「おうよ。行くぜ」


 ライナスは颯爽と飛び出し、アンドレもそれに続いた。


「我も!」

「待て。俺が出る。カエーテはここに残れ」

「緊急事態であるぞ!? ならぬ!」

「言うと思ったよ……。――――分かった。少し待て」

「む」


 鹿羽は楓を制止すると、目を閉じて集中し、魔法を唱えた。


「――――<夢幻の衣/ドリームオーラ>」

「最上級の防御術式など……。心配し過ぎであるぞ」

「お前は楽観し過ぎだ。あと……」


 鹿羽はそのまま、S・サバイバー・シルヴェスターへと視線を移した。


「カエーテを頼むぞ」

「承知」


 鹿羽の言葉に、S・サバイバー・シルヴェスターは静かに頷いた。


 三


「……三対一なんて卑怯だとは思わねえか?」


 商人達が乗った馬車を背に、ライナスは盗賊達と睨み合っていた。


 命の奪い合いにおいて、数の力というのは大きな意味を持っていた。

 勿論、それは戦争のような集団対集団における状況でもそうだったが、たとえ片手で数えられる範囲内であっても、その法則は十分に通用した。


 二対一で、一が勝つことは普通ありえなかった。

 ましてや、三人を同時に相手取れる個人など、本来は居る筈がなかった。


 そんな明らかな劣勢においても、ライナスが笑みを絶やすことはなかった。


「行くぞ! やっちまえ!」


 盗賊達は目の前の無謀な男を殺さんと迫った。


 普通の人間であれば、追い詰められたライナスを哀れに思う筈だった。

 しかしながら、ライナスを良く知る人物であれば、この状況に対して抱く感想は真逆のものになっていた。


「はっ! 動きが素人なんだよ!」


 何故なら、同時に五人を相手取ることが出来るライナスに対し、盗賊達はたった三人で挑まねばならないのだから。


「がっ!?」


 一人の剣を流し、一人の剣をへし折り、そして一人の剣を弾き飛ばすことで、ライナスは悠々と三人の同時攻撃を対処していった。


「くっそ!」


 剣を受け流された一人は、再び体勢を立て直し、ライナスに立ち向かおうとした。

 しかしながら、ライナスはその隙を見逃さずに素早く蹴りを入れた。


「ぐっ!?」

「甘いんだよ。舐めんな」


 右脇腹を正確に蹴り上げられた盗賊の一人は、強烈な内蔵のダメージによって崩れ落ちた。


「はっ! モロ入ったみてえだな!」

「ち、コイツは強い! 矢で射れ!」


 近接では敵わないと判断した盗賊は素早く指示を飛ばすと、数人の盗賊が弓を構え、ライナスを見据えた。


「面倒くせえな! 来るなら正々堂々と来やが――――」

「ふはははははは! そうはさせぬ! 反逆の天使なる我の真の力! 刮目せよ!――<竜巻/トルネイド>!」


 仮面を付けた少女の叫びと共に、弓を構えた男達の身体が軽々と吹き飛んでいった。


「魔術師もいるぞ!」

「退け! 相手が悪い!」


 楓の魔法が決め手となったのか、ライナスの視界に映る盗賊達は向こうの林へと走り去っていった。


「我! 最強!」

「……魔法って卑怯だよな」


 ライナスは、自分には無い超常的な力に対して、深い溜め息をついた。


 四


「ジジイ! 死ね!」

「……何故貴様らは此処に居る? 誰に雇われた?」

「はあ!? 知るかよ! 死ね!」

「ならば仕方ない。老いぼれに、もはや手加減は出来ぬ」

「――――がっ!?」


 見えない何かに弾かれたように、盗賊の一人は大きく体を仰け反らせた。

 盗賊達は一瞬、目の前の老人――アンドレの仕業だと思ったが、後ろに立っていた仮面の少年の仕業であることに気が付いた。


「……助太刀は不要か?」

「従順そうに見えて中身はとんだ生意気小僧だったか。剣の間合いを踏み越える魔法は楽しいかね?」

「悪い。俺は剣を振ったことがないからな」

「だろうな」


 鹿羽の言葉に、アンドレは静かに笑った。


「――――賊共が逃げていく。出鼻を挫かれ、早々に諦めるとは……。やはり傭兵崩れだろうな」

「どういうことだ?」

「何者かに雇われ、襲撃したのだろう。積年の恨み、或いは空腹であったなら、こうはいかない。向こうもそこまでやる気があった訳ではないのだろうな」

「……誰が雇ったのか、気になるところだな」

「この辺りの商人を襲うなど、普通はありえぬ。余程の金を積み、余程の事情があったと思われるが……。分からぬな」


 アンドレは怪訝な顔をしながら、そう言った。


(――――変なことが起きてなければ良いが……)


 鹿羽は手を掛けた魔術師達の姿を思い出し、心の中でそう呟いた。


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