【020】冒険の始まり②
一
「……面倒事かよ」
場所はギルド連合の本拠地、城塞都市チードリョット。
様々な分野を専門とする数々のギルドが、この場所に集結していた。
その中の一つである、冒険者ギルド本部にて。
冒険者ギルドにおけるあらゆる手続きを担当している褐色の厳つい男――ウォーレンスは、目の前の光景に溜め息をついた。
ウォーレンスの視界に映っていたのは、四人中三人が仮面を付けた謎のグループ。
ウォーレンスにとって先ず、仮面というのが頂けなかった。
後ろめたいことがないなら、そもそも仮面を付ける必要なんてなかった。
後ろめたいことがあるから、人は素顔を隠すのだとウォーレンスは考えていた。
「冒険者登録をしたいんだが」
「……理由は」
「この辺りの地域に来たばかりでな。情報収集も兼ねて、冒険者として働こうと思うんだが……」
怪しい、とウォーレンスは結論付けた。
生活苦によってギルド連合に流れ込む若者は珍しくなかった。
しかしながら、目の前の仮面集団は服装の小綺麗さも相まって、お金欲しさに来たわけではない様子であった。
冒険者は常に危険が付き纏う職業の為、人気がある訳ではなかった。
無論、おとぎ話に憧れる愚か者が冒険者を目指すことはあるものの、数ある選択肢の中でわざわざ冒険者を選ぶ者なんて殆ど居なかった。
「中に入れたってことは罪人ではないんだろうが……。まあ良い。新規登録だな? 冒険者と傭兵の違いについては流石に分かってんだろうな?」
ウォーレンスは怖い顔で仮面のグループ――鹿羽達を睨み付けた。
そのウォーレンスの鋭い視線に、楓は鹿羽を見つめ、鹿羽はライナスを見つめ、S・サバイバー・シルヴェスターもライナスを見つめた。
「ちょっと待て。お前らがなりたいって言ったんだろ」
「……ったく。一から説明するからな。よく聞いておけよ」
ウォーレンスは咳払いをして、冒険者と傭兵の違いについて説明を始めた。
「――――先ず、腕の立つ奴が冒険者や傭兵になる。これは当たり前の話だ。そんで、冒険者は主に魔物の討伐や依頼主の護衛、傭兵は国や領主に雇われて戦争に参加するんだ。実はその区別に明確な基準がある訳じゃない。互いに仕事が重なることも多々ある。結局は強い奴に仕事が集まるって訳だ」
「成程な」
「そんでもって、冒険者の話に入る訳だが……。冒険者も仕事が出来る奴と出来ない奴で分けている。当たり前だよな。ドラゴンを倒せる奴とネズミ駆除しか出来ない奴を一緒にする訳にはいかないだろ?」
「ドラゴン! 腕が鳴るであるな……っ!」
楓は拳を握り締め、高揚したように呟いた。
鹿羽にとっては微笑ましい光景であったが、ウォーレンスの視線は冷ややかなものであった。
「…………冒険者はA、B、Cでランク分けをしている。Aは特別な力があると認められた超一流冒険者。Bは仕事をきちんとこなす一流冒険者。Cは新人と……、問題のある冒険者だな」
「意外と種類は少ないんだな」
「昔はもっと細かく分けていた。だが馬鹿野郎の余計な自信を助長するだけだったんだよ。今は分かりやすいお陰で、育ち始めた有望な冒険者が死ぬことが減ったな」
「やはり危険なのか?」
「……素直に話を聞いて実行する頭があれば、傭兵と違って危険じゃねえけどな」
ウォーレンスの口ぶりは、忌々しい記憶を思い出すかのようだった。
「あと大事なことを言っておく。冒険者で死ぬのは大体若い奴だ。丁度お前ら二人みたいな」
そう言って、ウォーレンスは鹿羽と楓の二人を指差した。
「む? 輪廻より解放されし我が、死の呪縛から逃れられないとでも?」
「……確かにお前は普通の奴より強いのかもしれねえ。でもな、驕る奴は例外なく死ぬんだよ。例外なく、な」
ウォーレンスの言葉には重みがあった。
「安心してくれ。冒険者を志しておいて、こういうことを言うのもおかしいかもしれないが、危険な仕事を受けるつもりは一切ない」
「……殊勝な心がけだ。冒険者にとってはな」
「おいおいおっさん。少なくともこいつはとんでもねえ魔術師だぜ? 俺も自分の腕には自信がある方だったが、こいつの実力は群を抜いてる。だから安心してくれや」
「お前が真っ先に死にそうだな」
「何でそうなるんだよ!」
ウォーレンスの叩き付けるような言葉に、ライナスは叫び声を上げた。
「――――まあ良い。心持ちはどうであろうと生き残ってくれれば文句はねえ。新規冒険者登録、四人で良いんだな」
「ああ。頼む」
「なら大銅貨四枚だ」
ウォーレンスが手の平を差し出すと、楓は鹿羽を見つめ、鹿羽はライナスを見つめ、S・サバイバー・シルヴェスターもライナスを見つめた。
「……冗談だろ?」
ライナスを除く鹿羽達は、無一文だった。
二
「本物のようですね。極めて純度の高い、大変質の良いものです。――――では申し上げた通り、金貨八枚との交換で宜しいですかな?」
「構わない。頼む」
「左様ですか。では、こちらが金貨になります」
鹿羽の目の前に、金貨の並べられたトレイが差し出された。
登録に掛かった費用を全て押し付けられたライナスは、鹿羽達に商人ギルドへ行き、物を売って返すよう主張していた。
流石に金銭の貸し借りは申し訳ないと思った鹿羽は、ギルド拠点にある適当なアイテムを売却して返済することを思いつき、売却手続きを行う為にギルド連合の商人ギルド本部を訪れていた。
「しっかし……、なんで金の延べ棒なんて持ち歩いてんだよ……」
「売れて何よりだ」
実際には持ち歩いていた訳ではなく、ギルド拠点の宝物庫から魔法で取ってきていたが、それを鹿羽が口にすることは無かった。
「……お客様。宜しければ、こちらの金の出処を伺っても?」
「悪いな。秘密だ」
「左様ですか。残念です」
鹿羽はトレイに並べられた金貨を拾い上げ、革袋に詰めていった。
最後の一枚を拾い上げると、振り返り、ライナスに差し出した。
「これで勘弁してくれ」
「おまっ、ちょ、待てよ。もしかして貨幣の価値知らねえんじゃねえか?」
「……確かに知らないな。お釣りを頼む」
「お前な……。銅貨十枚で大銅貨一枚。大銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で大銀貨一枚。大銀貨十枚で金貨一枚だよ。俺にどれだけのお釣りを払わせるつもりだ」
「あと金貨十枚で大金貨一枚ですね。おや、失礼いたしました」
金の買取を行った商人は補足するように付け加えた。
「……とにかく、こんなにもらえねえよ」
「いや、受け取っておいてくれ。今回の手間賃だ。足りないくらいか?」
「ち……、後で泣きついたって返さねえからな」
ライナスが差し出した手の平に、鹿羽は静かに金貨を落とした。




