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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
七章
199/200

【199】VS???


 一


「――――俺はお前を倒す。どんな手を使ってでもな」


 鹿羽は、ハッキリとした口調でそう言った。


 対するポタージュは、冷たい視線を鹿羽へと投げ掛けていた。


「……それは不可能な話です。貴方様では、私を倒せません」

「やってみなくちゃ分からないだろう。前に会った時より、俺は確実に強くなっている筈だ」


 鹿羽は再び、ハッキリとした口調でそう言った。


「……確かに貴方様の言う通りかもしれません」


 ポタージュは、淡々とした様子でそう言った。


「――――しかしながら、私は貴方様よりも強い。違いますか?」


 そして、ポタージュは再び問い掛けるようにそう言った。


 次の瞬間、鹿羽が全く知覚出来ないほどの速度で、ポタージュは鹿羽の後ろに回り込んでいた。


「……っ!!――――<黒の断罪/ダークスパイク>!!」


 鹿羽は慌てた様子で詠唱を完了させたが、それよりも前にポタージュの蹴りが鹿羽の腹に叩き込まれていた。


「か、は――――っ!?」


 鹿羽は、肺の中にあった空気が無理矢理吐き出されたのを感じると、苦しそうに倒れ込んだ。


「……私の動きを目で捉えることが出来ましたか? その膨大な魔力で以って、私の存在を知覚することが出来ましたでしょうか?」

「く……っ」

「無駄な抵抗はやめて下さい。私も、愛する貴方様を傷付けたくはありません」


 苦しそうに咳き込む鹿羽に対し、ポタージュは淡々とした様子でそう言った。


「は……っ! 俺もDV女なんて願い下げだ……っ!――――<冥神/ハ・デス>!!」


 瞬間、鹿羽は詠唱を完了させると、鹿羽を中心に“闇”が噴出した。


 そして“闇”は鹿羽を守るように渦巻くと、ポタージュに向かって一気になだれ込んだ。


「――――<冥神/ハ・デス>」


 対するポタージュもまた詠唱を完了させると、鹿羽のものと同じ“闇”が噴出していた。


 二人が魔法によって生み出した“闇”は互いに激しくぶつかり合うと、辺りに高濃度の魔力を撒き散らしながら相殺され、そして消失していった。


「……幾星霜、もはや数えることすら出来ないほどに過ぎ去った年月は、私に確かな知識と力をもたらしました。それは貴方様が最も得意とする魔導も例外ではございません」


 ポタージュが同じ魔法を使用し、同じ威力で鹿羽の魔法を相殺したという事実に、鹿羽は驚愕の表情を浮かべていた。


「初めから貴方様に勝ち目など無いのですよ。では……」


 ポタージュはそう言うと、静かに剣を振り上げていた。


「――――“天地一閃”」


 瞬間、光が瞬くと、音が消失していた。

 そして、次の瞬間には暴風が吹き荒れ、ポタージュの前方にあった全てが消し飛んでいた。


「……」


 ポタージュの斬撃は、一瞬で全てを破壊していた。


「――――よく防御しましたね。この必殺の剣閃に耐えたのは、貴方様が初めてかもしれません」


 ポタージュは、感心した様子でそう言った。


 何もかもが粉々にされた場所の中心には、鹿羽が静かに立っていた。

 鹿羽は一瞬の内に魔力を限界まで圧縮することによって、衝撃を受け流すバリアを作り出し、ポタージュの攻撃を防いでいた。


「く……っ」


 しかしながら、それでもポタージュの一撃を完全に防ぎ切ることは出来ず、鹿羽は全身から血を流していた。


「……ですが、どうやらここまでのようですね」

「はあ……っ。はあ……っ。――――<軛すなわち剣/ヨーク>」


 鹿羽は、全身を駆け巡る痛みに表情を歪めながら、小さな声で詠唱を完了させた。


 そして、鹿羽の手には光り輝く剣が握られていた。


「全てを祓う光の剣……。なるほど。これがリフルデリカ様の奥義でございますか」


 ポタージュは興味深い様子でそう言うと、鹿羽に向かって静かに飛び出した。


 対する鹿羽は真剣な表情でポタージュを見据えると、剣を強く握り締めた。


「――――しかしながら、剣で私に勝とうなど、それこそ無謀というものでございましょう」


 鹿羽は、ポタージュを斬り伏せる為に剣を振るおうとした。


 しかしながら、それよりも遥かに早く、ポタージュの剣は鹿羽の首を斬り落としていた。


「――――」


 重たい何かが落下したような音が鳴り響くと、鹿羽の身体はそのまま地面へと倒れ込んだ。


 言うまでもなく、鹿羽は、ポタージュの剣によって絶命していた。


「ああ……。ああ……。なんと痛ましい……」


 ポタージュは首を左右に振ると、悲しそうな表情を浮かべながらそう言った。


 そして、ポタージュは、鹿羽の遺体へと手を伸ばした。


「どうして貴方様は私を愛してくれないのでしょうか……? どうして貴方様は私だけを見てくれないのでしょうか……。ああ……。私はただ、貴方様と永遠に結ばれたいだけなのに……」


 ポタージュはそう言うと、両手で耳を塞いだ。


「この悲しみが……っ。この苦しみが……っ。私に“殺せ”と囁くのです……っ。貴方様が憎い……っ! 貴方様の全てを奪って……っ! 貴方様の全てを手に入れて……っ! 貴方様と一つになりたい……っ!」


 ポタージュは抑え切れない想いを吐き出すかのように叫ぶと、ありとあらゆる感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った暗い瞳を再び鹿羽の方へと向けた。


「今度こそ……っ。今度こそは、失敗しないようにしないと……っ」


 ポタージュは、震える手を再び鹿羽へと伸ばした。


「……?」


 瞬間、ポタージュは、自身の胸に鋭い痛みを感じた。


 そして、ポタージュは自身の胸に目を向けると、光り輝く何かがポタージュの心臓を後ろから貫いていた。


 ポタージュは何が何だか分からないといった様子で振り向くと、そこには光の剣を握り締めた鹿羽が静かに立っていた。


「……あまり俺を舐めるなよ。ポタージュ」

「どういうことでございましょうか……? 貴方様は致命傷を負って確かに死んだ筈……。このようなことは有り得ません……」

「負ける戦いをするつもりはないんでな。悪いが、勝たせてもらうぞ」


 鹿羽は淡々とした様子でそう言った。


 ポタージュは鹿羽の遺体があった筈の場所に目を向けると、そこには何も無かった。


「時間を巻き戻す能力、ですか……」


 ポタージュは鹿羽の能力を理解すると、静かに息を吐いた。


 そして、ポタージュは、自身の心臓に突き刺さった剣の存在を感じさせない動きで、鹿羽に向かって剣を振るった。


「……っ!?」


 鹿羽は慌てた様子で剣を引き抜くと、ポタージュの剣を何とか受け止めた。


 しかしながら、次の瞬間、ポタージュの回し蹴りが鹿羽の胴部を捉えると、鹿羽の身体を大きく吹き飛ばしていた。


「く……っ。――――<黒の断罪/ダークスパイク>!!」


 吹き飛ばされた鹿羽は直ぐに体勢を立て直すと、詠唱を完了させた。


 瞬間、数え切れないほどの漆黒の杭がポタージュを囲むように展開されると、そのままポタージュに向かって容赦無く降り注いだ。


 しかしながら、ポタージュは淡々とした様子で剣を振るうと、降り注いだ漆黒の杭を全て叩き落としていた。


「いくら時間を巻き戻したところで、同じ運命に収束するだけでございましょう。――――今度こそ、終わりです」


 次の瞬間、ポタージュは、再び鹿羽の首を斬り落としていた。


 そして、少なくない量の鮮血が辺りに飛び散ると、鹿羽の身体は糸が切れた人形のようにゆっくりと地面に倒れ込んだ。


「……っ」


 瞬間、ポタージュは再び剣を振るうと、金属同士がぶつかり合うような音が響き渡った。


 そして、ポタージュは視線を向けると、そこには光の剣を握り締めた鹿羽が立っていた。


「ち……っ」

「……確かにその力さえあれば、決して負けることはないでしょう。しかしながら、その力で以って私を倒すというのはあまりにも無謀というものです。外れしかないくじを引いたところで、当たりが出ることはありません。何度やり直したところで、貴方様が私を殺す未来など有り得ないのですよ」

「クリア出来ないなんて、とんだクソゲーだな……っ! 反吐が出る……っ!!」

「……左様でございますか」


 ポタージュは淡々とした様子でそう言うと、再び剣を振るい、鹿羽の首を斬り落としていた。


 しかしながら、次の瞬間には、鹿羽は何事もなかったかのように光の剣をポタージュに叩き付けていた。


「……そもそもその力は禁忌の領域の筈です。そう多くは使えません」

「は……っ! 試してみるか……?」

「……試すまでもありません」


 ポタージュはそう言うと、再び剣を振るった。


「ぐ……っ!!」


 対する鹿羽は、ポタージュの斬撃を何とか受け止めると、その衝撃を利用する形でポタージュから距離を取った。


 そして、鹿羽は手元にあった綺麗な宝石を砕くと、魔力を集中させた。


「――――<祓う闇王/ダークロード>!!」


 瞬間、絶望を具現化したかのような怨嗟の咆哮が響き渡ると、空を覆い尽くすほどの巨大な骸骨が出現していた。

 そして、巨大な骸骨はその空っぽな口を大きく開けると、そこから猛毒の煙を大量に吐き出した。


(――――目くらまし、ですか……。響き渡る呪いの叫びも相まって、音で位置を把握するのも難しそうですね……)


 次の瞬間、巨大な骸骨はポタージュに向かって腕を叩き付けた。


 しかしながら、ポタージュはその攻撃を悠々と回避すると、巨大な骸骨の眼前へと躍り出ていた。


「――――“天地一閃”」


 そして、ポタージュは静かに剣を振るうと、ポタージュの視界の中に存在していた全てが粉々に破壊されていた。


(手ごたえは一つだけ……。しかしながら、これで厄介な煙も晴れましたね……)


 ポタージュは、崩れゆく骸骨と共に地面へと着地すると、鹿羽を見つける為に辺りを見渡した。


 そして、ポタージュは、自分を取り囲むように展開された大量の光の剣の存在に気が付いた。


「――――<穿つ軛の断罪/ヨークスパイク>!!」


 瞬間、鹿羽は叫ぶように詠唱を完了させた。


「……っ」


 そして、大量の光の剣が、ポタージュへと降り注いだ。


「はあ……っ。はあ……っ。はあ……っ」


 鹿羽は胸を押さえると、そのまま苦しそうに膝を突いた。


 鹿羽は必死に息を整えつつ、光の剣が降り注いだ中心へと視線を向けた。


 鹿羽が視線を向けた先には、大量の光の剣で串刺しになったポタージュの姿があった。


「まだ生きてんのか……っ。化け物め……っ」


 鹿羽は、吐き捨てるようにそう言った。


「リフルデリカ様が生み出した必中必殺の光の剣……。それを更に昇華させた魔法ですか……。大したものでございますね……」


 ポタージュは全身から血を流しながら、暗い瞳を鹿羽へと向けていた。


「ち……っ」


 ポタージュは自分の身体に突き刺さっている光の剣を鷲掴みにすると、そのまま乱暴に引き抜いていた。

 そして、ポタージュは自身の肉体が引き千切れるのを構うことなく、光の剣の拘束から無理矢理脱出していた。


「一瞬で全てを消滅させない限り、私の肉体は無限に再生致します。貴方様の魔法では、私を殺すことは出来ません」


 ポタージュは、吐き捨てるようにそう言った。


 そして、次の瞬間には、ポタージュの傷は全て綺麗に塞がっていた。


 ポタージュは、もはや数えることすら億劫になるほどの長い年月を生きていた。

 その中で多くの戦乱や暴動に巻き込まれることも珍しくなかったが、ポタージュが死ぬことは決してなかった。


 正確に言えば、一瞬だけ死んだとしても、ポタージュが本当の意味で死ぬことはなかった。


 自分の強さに相手が絶望していくというのは、ポタージュには見慣れた光景だった。

 たとえ相手が強大な力を持つ鹿羽だったとしても、どうせ心が折れて絶望してしまうのだろうとポタージュは考えていた。


 しかしながら。


「流石は古の賢者だな……っ。倒し甲斐がある……っ」


 鹿羽は高揚した様子でそう言った。


 鹿羽は、絶望なんてしていなかった。


 ポタージュの圧倒的な力によって叩き潰されようとも、鹿羽は戦うことを諦めなかった。


(――――何故、彼は諦めないのでしょうか? 自暴自棄になっているのでしょうか? 勝算があるとでも言うのでしょうか?)


 ポタージュは、どうして鹿羽が戦い続けることが出来るのか理解出来なかった。


 痛みもある筈だった。

 恐怖もある筈だった。


 ポタージュの強さを前に、逃げた人は沢山居た。

 地面を這いつくばって、命乞いをする人だって少なくなかった。


 しかしながら、鹿羽はポタージュの強さを前にしても、諦めることはなかった。


「……?」


 ポタージュは、鹿羽に対し、よく分からない違和感のようなものを抱いた。

 そして、ポタージュは、目の前に立つ鹿羽に何かが足りないことに気が付いた。


 ポタージュは、その違和感の正体に気が付いた。


(――――迂闊、でした。やはり時間を逆行する魔法など、使える筈が無かった。彼は、自分自身の魂を代償にしていたのですね……)


 生きとし生けるもの全てには、“魂”というものが存在した。

 “魂”が消滅してしまえば、どんな生き物も生命を維持することは出来なかった。


 そんな、生きとし生けるもの全てに存在する筈の“魂”が、鹿羽の中には無かった。


 正確に言えば、直ぐにでも消えてしまいそうなほどに、鹿羽の魂は非常に弱々しいものになっていた。


 ポタージュは、その手に握り締めていた剣を落とした。


「――――<軛すなわち剣/ヨーク>!!」


 次の瞬間、鹿羽の剣が、ポタージュの心臓を貫いていた。


「……もう、やめましょう」


 ポタージュは、小さな声でそう言った。


「今更……っ。やめる訳……っ。ねえだろ……っ」

「もう貴方様の魂は完全に壊れてしまっています……。魂の無い肉体はそう遠くない内に滅びてしまいます……。これ以上時間を巻き戻してしまえば、貴方様は、本当の意味で死んでしまうのですよ……?」


 ポタージュは泣きそうになりながら、説得するようにそう言った。


 しかしながら、対する鹿羽はポタージュの言葉を否定するかのように、その手に握り締めた剣を更に強く押し込んだ。


「――――今から私の全ての知恵を用いて、貴方様の魂を復元致します。どうか、どうか抵抗しないで下さい。もう時間がどれだけ残されているのかさえ、私には分からないのです」


 瞬間、ポタージュは、ほんの少しだけ時間が巻き戻るのを感じた。


 そして、鹿羽に残された僅かな魂が砕け散るのを、ポタージュは感じた。


「な、なんてことを……っ」


 鹿羽は大量の鮮血を吐き出すと、ポタージュの方へ倒れ込んだ。


「は……っ。強過ぎるだろ……っ。意味分からん……っ」

「どうして貴方様は……っ。そんなにも私のことが嫌いなのですか……っ? 私と一緒に居るくらいなら、死んだ方がマシということですか……っ?」

「そんなこと言ってねえよ……っ。ただ、お前は間違ってるからな……っ。それを教える為なら、命を懸けてやってもいいって思っただけだ……っ」


 薄れゆく意識の中、鹿羽は吐き捨てるようにそう言った。


 ポタージュは、全く理解出来ないといった様子で首を左右に振った。


「ああ……っ」


 ポタージュの瞳からは涙が溢れていた。


 死んだ人間を生き返らせる魔法はあった。

 四肢を斬り落とされようとも、何事もなかったかのように再生させる魔法もあった。


 しかしながら、消滅した魂を蘇らせる魔法は無かった。


 古の賢者と呼ばれ、ありとあらゆる知識や魔法を習得したポタージュでさえも、今の鹿羽を助ける方法は一つも思い付かなかった。


「なあ……っ。俺、死ぬのか……っ?」

「ああ……っ。ああ……っ。ああ……っ。どうすれば……っ。どうすればいいのですか……っ? やめて……っ。死なないで……っ。死なないで下さい……っ」


 ポタージュは、子供のように泣きながらそう言った。


 鹿羽は口から血を流しながらも、穏やかな表情を浮かべていた。


「――――どうせ死ぬなら、俺の心臓をお前の中に埋め込んでくれよ……っ。そうしたら……っ、お前の中で生き続けるだろ……っ? まあ、拒絶反応でお前も死ぬかもしれねえけどさ……っ」


 鹿羽は、浅い呼吸を繰り返しながら、まるで妙案を思い付いたとばかりにそう言った。


「……分かりました」


 ポタージュは、静かにそう頷いた。


「ぐ……っ」


 次の瞬間、ポタージュは自身の腕を鹿羽の胸に突き刺すと、血まみれになった心臓を抜き取った。

 そして、ポタージュは躊躇いなく自身の心臓も抜き取ると、空っぽになった胸に鹿羽の心臓を埋め込んだ。


「これで……っ。宜しいのでしょうか……っ」


 ポタージュは、震える声でそう問い掛けた。


 対する鹿羽は、静かに笑った。


「は……っ。てか、メチャクチャ痛いな……っ。やべ……っ。死にそう……っ。いや、死ぬ……っ」


 鹿羽は、もはや殆ど感覚が無くなってしまった身体に力を込めると、何とか立ち上がった。


 そして、鹿羽はフラフラと歩き出すと、何も無い空に向かって手を伸ばした。


「――――麻理亜……っ。楓……っ。俺は勝ったぞ……っ。俺は……っ」


 しかしながら、鹿羽は全身から力が抜けてしまったかのように膝を突いた。


「ぐ」


 そして、赤い液体を吐き出すと、そのまま地面に倒れ込んだ。


「あ……っ」


 鹿羽は絶命していた。

 ポタージュは、鹿羽が死んでしまったことを悟ると、声にならない叫びを上げた。


「――――ご機嫌いかが? 好きな人を殺した気分はどうかしら?」


 そんなポタージュに声を掛ける、一人の少女が居た。


「あ、貴女は……」


 少女の名は、麻理亜。


 彼女は、鹿羽の幼馴染だった。


「……彼は、自分の心臓に呪いを仕組んでいたのですね。初めから自分が死ぬことを見越して、これ以上私に罪を重ねさせない為に、こんなことを……」


 ポタージュは自分の胸に手を当てながら、複雑な感情を吐露するようにそう言った。


 鹿羽の心臓には、殺意に反応して動けなくなる術式が刻み込まれていた。

 そして、その心臓を埋め込んだポタージュは、殺意を抱いて誰かを殺すことが出来なくなっていた。


 鹿羽は自身の命と引き換えに、ポタージュを無力化していた。


「貴女様こそ、大切な人を見殺しにした気分は如何でしょうか……っ? 何故、平然としていられるのですか……っ?」


 ポタージュは殺意が込められた視線を麻理亜へと投げ掛けながら、吐き捨てるようにそう言った。


 対する麻理亜は、感情の読み取れない無機質な視線を返すだけだった。


「やあやあ。話は終わったかい?――――うわ!? 死んでる!?」


 ポタージュと麻理亜が睨み合い、空気が張り詰める中、転移魔法でやって来たリフルデリカは呑気な様子でそう言った。


「リフルデリカちゃん。キチンと持ってきた?」

「はいはい。ちゃんと持ってきたよ。――――それにしても、君は本当に彼の友人なのかい? こんなことを友人に強要するなんて、君は本当にどうかしているよ」


 リフルデリカは呆れた様子でそう言うと、倒れた鹿羽の方へと駆け寄った。


「な、何を……?」

「……魂が壊れてしまえば、生命は必ず息絶える。これは変わることのない真実だ。――――でも、無くなっちゃったのなら、後から加えてやればいいだけの話だよね。無論、あらかじめ分霊箱として残しておいたものになるから、極めて貴重なものには変わりないけれど」


 リフルデリカは淡々とした様子でそう説明すると、うつ伏せに倒れた鹿羽を仰向けにして、鹿羽の胸に手を置いた。


 そして、リフルデリカは静かに詠唱を完了させると、淡い光が鹿羽の身体を包み込んだ。


「――――全く君という人は……。文字通り、魂を削る必要は無かっただろうに……」


 リフルデリカは何とも言えない表情を浮かべながらそう言うと、静かに眠る鹿羽の顔を撫でた。


「……鹿羽君に感謝することね。鹿羽君は私達を傷付ける存在以外には凄く優しいから。少なくとも私は、貴女を殺すつもりでいたよ」


 麻理亜は、ポタージュに向かって淡々とした様子でそう言った。


 ポタージュは首を左右に振ると、鹿羽の方へと歩み寄った。


 鹿羽は、やろうと思えば、心臓に死の呪いを仕組んでおくことによってポタージュを殺すことが出来た。

 しかしながら、鹿羽はポタージュを殺すのではなく、無力化することを選んでいた。


「貴方様は、こんな私のことも、愛してくれていたのですね……」


 ポタージュは、鹿羽の身体を丁寧に抱き締めた。


「――――ねえ。カバネ氏を好き勝手傷付けた人が、ああやって寝ている間に抱き締めるなんてどうかしていると思うんだけれども」

「リフルデリカちゃんだって鹿羽君を虐めてたじゃない。違う?」

「確かに多少のすれ違いがあったことは事実だけれども……、彼は僕のことが好きだから追いかけてきた訳で……」


 リフルデリカは少し後ろめたい様子でそう言った。


「ふふ。昔、鹿羽君と喧嘩した時のことを思い出しちゃった」

「……意外だね。君は甘い言葉で彼を誘惑するだけの浅はかな人間だと思っていたよ。――――きっかけは何だい?」

「些細なことだよ。でもその時は私も鹿羽君も子供だったから。ボコボコにしてやったわ。物理的にも、精神的にもね」


 麻理亜は気楽な様子でそう言うと、静かに目を細めた。


「――――それでも、鹿羽君は私と向き合ってくれた。本当に酷いこともしたのにね。思えば、その時からずっと一緒に居たいなーって考え始めたのかな? ふふ。どうだったっけ」


 麻理亜はそう言うと、楽しそうにケラケラと笑った。


「……彼の一番の理解者は僕さ。これは譲れない」

「はいはい。――――それじゃあ鹿羽君の死体を持って帰って、後遺症が残らないようにしなくちゃね」


 麻理亜はポタージュから鹿羽の身体を奪い取ると、そのまま軽い様子で抱き上げた。


「鹿羽君。今回もお疲れ様♡」


 麻理亜は、嬉しそうにそう言った。


 次回で最終話となります。

 ここまで付き合って下さった読者の皆様に感謝申し上げると同時に、あともう少しだけお付き合いいただけると幸いです。

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