【197】VS邪神
一
「それじゃ、ゲームで決着をつけよっか。一対一の、単純で、素敵なゲームで」
楽しそうに笑うクイントゥリアの手には、一本の剣が握られていた。
そしてクイントゥリアは一歩、また一歩と、ゆっくりと楓の方へと近付いていった。
「……く、クイントゥリア殿! 落ち着くのである!」
「私は、いつだって、どこだって、どんな時だって、落ち着いているよ?」
クイントゥリアは邪悪な雰囲気を漂わせながら、淡々とした様子でそう言った。
瞬間、クイントゥリアは剣を振るった。
そして、楓の髪が数本、宙に舞っていた。
「……っ!!」
「――――ねえ。早く戦って頂戴? 一方的に攻撃するなんて、こんなのゲームじゃないわ」
次々と剣を振るうクイントゥリアに対し、楓は素早く跳躍すると、クイントゥリアから距離を取っていた。
そして楓は、背中に差した大剣――黒鋼雷剣ベルセルクを引き抜くと、それを静かに構えた。
「嬉しいよ。カエデちゃん。こんな私と、またゲームしてくれるなんて」
「クイントゥリア殿!! お主は間違っている!! ゲームとは偉大なる祖先が生み出した誇り高き遊戯であるぞ!! こんなものはゲームなどではない!!」
「……命のやり取りこそ、最高に素敵な遊びだと思わない? 違うかな?」
クイントゥリアは気楽な様子でそう言うと、地面を滑るように飛び出した。
そしてクイントゥリアは一気に加速し、楓との距離を詰めると、その手に握り締めた剣を再び振るった。
瞬間、二人の剣が交錯し、火花が激しく飛び散った。
楓は大剣の刃を前に突き出すことによってクイントゥリアを押し出すと、そのまま薙ぎ払うかのように大剣を振るった。
対するクイントゥリアは上へ飛ぶことによってそれを回避すると、その手に握り締めた剣を躊躇いなく楓へと投げつけた。
「――――<獄炎/ヘルフレイム>」
そして、クイントゥリアは詠唱を完了させると、全てを焼き尽くす煉獄の炎が噴出した。
炎はまるで竜巻のように渦を巻くと、そのまま楓に向かって一気になだれ込んだ。
「――――迅雷!!」
しかしながら、楓はその手に握り締めた大剣を振るうと、その衝撃によって炎は完全に掻き消されていた。
「あは。流石はカエデちゃんだね」
「……っ」
「ふふ。そんな顔しないで? もっともっと遊びましょう?――――<武器生成/ウェポンクリエイト>」
クイントゥリアは詠唱を完了させると、その手には二本の剣が握られていた。
そして、クイントゥリアは再び滑るように飛び出すと、楓との距離を一気に詰めた。
「それ♡」
クイントゥリアは気楽な口調で声を上げると、その様子とは対照的に、非常に鋭い突きを繰り出した。
対する楓は上体を後ろに傾けることで何とかそれを回避していたが、クイントゥリアは立て続けに剣を振るうと、楓をどんどん後ろへと追い詰めていった。
すると突然、楓はその手に握り締めていた大剣を離すと、クイントゥリアの片方の剣を蹴り飛ばした。
そして楓は、もう片方の剣が握られた腕を掴むと、肘をクイントゥリアの胴部へと叩き込み、そのまま背負い投げをした。
背中から思い切り地面に叩きつけられたクイントゥリアだったが、すぐさま後転する形で起き上がると、魔力を集中させた。
「――――<時間停止/ロストタイム>」
瞬間、クイントゥリアは詠唱を完了させると、空間がグニャリと歪んだ。
対する楓は慌てた様子で大剣を拾い直すと、思い切り地面を蹴って、クイントゥリアから距離を取っていた。
「流石に無理かー」
クイントゥリアは、気楽な口調でそう呟いた。
(――――やはり、クイントゥリア殿の正体は……)
楓は、目の前で笑うクイントゥリアの姿に既視感を覚えると、静かに息を吐いた。
「……クイントゥリア殿。もうやめるのである。この戦いに何の意味があろうか?」
「意味なんて無いわ。いつだってそう。今この瞬間にこそ、大きな喜びがあるって思わない?」
「……多くの人を傷付け、その上で成り立つ喜びなど、絶対に間違っているのである」
クイントゥリアの言葉に、楓は諭すようにそう言った。
「あはは。やっぱりカエデちゃんは優しいね」
対するクイントゥリアは気楽な口調でそう言うと、楽しそうにケラケラと笑った。
しかしながら、一転、クイントゥリアは邪悪な雰囲気を漂わせると、冷たい視線を楓へと向けた。
「でも、このゲームはまだ終わってないよ?――――<三重詠唱/トリプマジック>+<白の断罪/ホーリーランス>」
瞬間、クイントゥリアは詠唱を完了させると、幾つもの白い槍が展開された。
そして、白い槍は全て楓の方へと照準を合わせると、一斉に勢いよく射出された。
対する楓は大剣を巧みに振るうことによって、迫り来る槍を全て叩き落としていた。
(やはり、我がここで斬り伏せてでも止めるべきなのであろうか……)
「ねえ? 手加減なんてしないで? じゃないと私、カエデちゃんの全てを奪っちゃうよ?」
「……我の全てを奪って、一体どうするというのだ。他人の物を奪い、壊したところで、ただ虚しいだけであるぞ」
「そうなのかな? やってみなくちゃ分からなくない?」
クイントゥリアは首をかしげながら、問い掛けるようにそう言った。
「カエデちゃんの大切なものを奪ったら、カエデちゃんはどうする?」
クイントゥリアの言葉に、楓は表情を歪めた。
そして、二人は一斉に飛び出すと、再び剣が交錯した。
「……っ。御免!!」
瞬間、剣を握り締めていたクイントゥリアの右腕が、宙に舞った。
そして、右腕は鮮血を撒き散らしながらクルクルと回転すると、そのまま地面へと落下した。
「あは。あはは。痛い。凄く、痛いわ」
右腕を根元から斬り落とされたクイントゥリアは、ケラケラと笑いながらそう言った。
「……もう、やめるのである」
「どうして? 凄く痛いけど、凄く楽しいよ?」
楓の言葉に対し、クイントゥリアは理解出来ないといった様子でそう言った。
楓は再び表情を歪めると、大きく息を吐いた。
「――――我は、全然楽しくないぞ」
楓は、クイントゥリアに厳しい視線を投げ掛けながら、吐き捨てるようにそう言った。
「……世界は多様なイデアで満たされている。時に対立し、互いに奪い合うこともあろう。――――だがお主は違う。お主からは戦う理由が全く感じられぬのだ。まるで初めから、負ける為に生きているようであるぞ」
「殺すつもりで戦えば、遊んでくれるの?」
「……もしそれを本気で言っているのであれば、流石の我も怒るのである」
楓の強い言葉に、クイントゥリアは少しだけ悲しそうな顔を浮かべた。
「――――それじゃあ、カエデちゃん。私の為に怒ってみせて?」
瞬間、クイントゥリアは右腕を失った状態のまま、楓に向かって走り出した。
楓は信じられないといった様子で首を左右に振ると、その手に握り締めた大剣を構えた。
次の瞬間、何かがへし折れるような音が響き渡った。
「あは……っ。やっぱり、強いね……」
クイントゥリアは、感心した様子でそう言った。
楓は、一瞬の内にクイントゥリアの両脚を砕いていた。
「愚か者……。どうしてお主は……」
楓は複雑な感情を滲ませながら、クイントゥリアの方へと視線を向けた。
対するクイントゥリアは赤い液体を垂らしながらも、楽しそうにケラケラと笑っていた。
「カエデちゃん。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
クイントゥリアは、穏やかに笑いながらそう問い掛けた。
対する楓は悲しそうな表情を浮かべたまま、何も答えなかった。
「……もしかしたら、凄く凄く悲しいことが、これから沢山あるかもしれない。何もかも上手くいかなくて、投げやりな気分になっちゃうことだって、沢山あると思うの」
クイントゥリアは気楽な口調で喋りながら、地面を指でなぞった。
対する楓は、押し黙ったまま何も言わなかった。
「それでも、カエデちゃんの優しい心だけは、消えて欲しくない。分かってくれるよね? いや、絶対に忘れないでね」
クイントゥリアが指でなぞった場所には、術式のようなものが刻み込まれていた。
楓には、その術式が何を意味するのか分からなかった。
「誰かを大切に想う気持ちを、間違っちゃ駄目なの」
クイントゥリアの口調は気楽なものだった。
「……っ」
しかしながら、クイントゥリアの瞳からは涙が溢れていた。
「もう忘れたくないよ……。カエデちゃん……。どうしてこんなことになっちゃったんだろうね……?」
瞬間、楓はハッとしたような表情を浮かべると、クイントゥリアに向かって手を伸ばした。
しかしながら、クイントゥリアは静かに術式を発動させると、目の前に居た筈の楓が消失していた。
「あはは……っ」
クイントゥリアは転移魔法を発動させることによって、楓を元の場所に移動させていた。
そして、クイントゥリアはただ一人、この何も無い空間に取り残されていた。




