【196】奇襲と奇策
一
場所は統一国家ユーエス。
リフルデリカが構築した結界の中にて。
鹿羽、楓、リフルデリカ、A・アクター・アダムマンの四人は、ユーエス軍の予備戦力として待機を続けていた。
(――――G・ゲーマーとT・ティーチャーの定時連絡は途切れたまま、か……。麻理亜も魔力を遮断させているみたいだし……。本当に大丈夫なのか……?)
現状、C・クリエイター・シャーロットクララとその傍に居るローグデリカとしか連絡が取れないという状況に、鹿羽は不安げな表情を浮かべていた。
「心配そうな顔をしているね。誰の心配をしているんだい?」
「麻理亜は一体何処で何をしているのかと思ってな……」
「ふむ。僕の前で他の女性の心配するなんて少し残念だけれども、君の言い分は十分理解出来る。案外、クイントゥリアと戦っていたりするかもね」
「いや、それ普通に不味い状況だろ……」
リフルデリカの言葉に対し、鹿羽は呆れた様子でそう言った。
「――――噂をすれば、であるな」
楓は、意味深な雰囲気を漂わせながらそう言った。
すると突然、何も無い場所が光り輝くと、二つの人影が出現していた。
「やっほー。遅くなっちゃったー」
そして、少女の気楽な声が響き渡ると、そこにはB・ブレイカー・ブラックバレットと麻理亜によく似た少女の二人が姿を見せていた。
「――――<冥神/ハ・デス>」
瞬間、鹿羽は詠唱を完了させると、鹿羽を中心に“闇”が噴出した。
“闇”はB・ブレイカー・ブラックバレットと少女の二人を取り囲むように渦巻くと、まるで檻のように変形し、二人を閉じ込めていた。
「流石は僕のカバネ氏だ。ちゃんと気付いていたね」
突然の鹿羽の行動にリフルデリカは納得した様子でそう言ったが、一方、楓とB・ブレイカー・ブラックバレットは動揺したような表情を浮かべていた。
そして、麻理亜によく似た少女は不満げな様子で口を開いた。
「……カバネ君。どういうつもり?」
「それはこっちのセリフだ。――――クイントゥリア。麻理亜を何処へやった。答えろ」
鹿羽は、吐き捨てるようにそう言った。
対する少女は、クスリと笑った。
そして次の瞬間には、そこには麻理亜によく似た少女ではなく、麻理亜によく似た大人の女性が立っていた。
「……あはは。やっぱりバレちゃったか」
その正体は言うまでもなく、クイントゥリアだった。
瞬間、クイントゥリアを囲んでいた“闇”は、その殺意を爆発させるかのように膨張すると、鋭利な刃物へと形を変え、クイントゥリアの身体を貫通した。
「麻理亜に手を出したなら、俺はお前を一生許さない」
鹿羽は冷たい視線をクイントゥリアへと投げ掛けながら、吐き捨てるようにそう言った。
腹部や脚を容赦無く貫かれたクイントゥリアだったが、その表情は気楽なもので、むしろどこか嬉しそうだった。
「……大切な友達なんだね。私よりも大切?」
「当たり前だ」
鹿羽は当然のことのようにそう言うと、対するクイントゥリアは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。
「――――マリアちゃんだっけ? その人とは会ってないよ。この人が勝手に勘違いしただけで」
クイントゥリアはB・ブレイカー・ブラックバレットを指差しながら、気楽な様子でそう言った。
「く……っ。も、申し訳ございません……っ。マリー様をお守りするという使命がありながら、このような失態を犯すなど……っ」
「まあ、相当な魔術師じゃないと判別するのは難しいと言えるから、仕方なかったと思うけどね。勿論、いつ入れ替わってしまったのかは確かめる必要があるけれども」
B・ブレイカー・ブラックバレットをフォローするかのように、リフルデリカは淡々とした様子でそう言った。
(――――それじゃあ麻理亜は一体何をしているんだ……? いや、クイントゥリアの言うことを安易に信用すべきじゃない。今の俺に出来ることは、目の前のクイントゥリアを無力化することだ)
鹿羽は自分がやるべきことを理解すると、再び厳しい視線をクイントゥリアへと投げ掛けた。
「何が目的だ。俺達を倒す為か?」
「うーん。倒せるならそうしても良いんだけど、流石に勝てない戦いはしたくないかなー?――――さて、何が目的でしょう?」
「降参するから命だけは助けて欲しい、というのは理にかなっているよね。違うかな?」
「あはは。悪くない答えかもね。――――でも、降参しちゃったら終わりだよね。私の負けになっちゃうし」
クイントゥリアは、気楽な口調のまま続けた。
「ゲームには勝ちたいけれど、肝心の手札が無い。それなら、相手の手札を奪っちゃえばいいんじゃない?」
そして次の瞬間、クイントゥリアは鹿羽の作り出した檻をすり抜ける形で、鹿羽の方へと滑るように移動を始めた。
「――――カバネ氏!!!!」
リフルデリカは慌てた様子でそう叫ぶと、鹿羽もまた焦った様子で魔力を集中させた。
「ごめんね。今度はこっちだけなの」
しかしながら、クイントゥリアは鹿羽ではなく、鹿羽の後ろに居た楓の方へと迫っていた。
「楓!!!!」
鹿羽が思わず叫んだその時には、クイントゥリアと楓はどこかへ行ってしまったように消失してしまっていた。
二
とある場所にて。
(不覚……。ここは何処であるか……?)
楓は、クイントゥリアによって見知らぬ空間に飛ばされてしまっていた。
上に視線を向けると、何も無い薄暗い空が広がっていた。
周りに目を向けると、真っ白な床が何処までも続いており、そこかしこに巨大な白い立方体がまるで積み木のように転がっていた。
「やっほー。カエデちゃん。今度は二人っきりだね」
いつの間にか姿を見せていたクイントゥリアは、楓に対し、気楽な様子でそう声を掛けた。
「……何が目的であるか?」
「あはは。そんなに警戒しなくてもいいのに。一緒にゲームをして遊んだ仲でしょう?」
クイントゥリアは薄ら笑いを浮かべながらそう言うと、身構える楓の方へと近付いていった。
「――――カエデちゃんって、カバネ君のこと好きなの?」
クイントゥリアは、楽しそうにそう問い掛けた。
「そ、そんなことは……っ。い、今は関係無かろう!」
「ふふ。実は私も好きなんだー。おんなじだね」
顔を赤くして腕をブンブンと振る楓に対し、クイントゥリアはケラケラと笑いながらそう言った。
「――――ねえ。良かったら、二人で“はんぶんこ”しない? 私とカエデちゃんだったら、きっとカバネ君を独占出来るよ?」
そしてクイントゥリアはグイっと距離を詰めると、悪い笑顔を浮かべながらそう提案した。
対する楓は一転、苦笑したような表情を浮かべると、淡々とした様子で口を開いた。
「……クイントゥリア殿。こんなことはもうやめるのである。争いは憎しみを生むだけであるぞ」
楓のハッキリとした言葉に、クイントゥリアは少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。
「ふふ。やっぱり駄目かー。何となくそんな気はしてたけど」
そして、クイントゥリアは再びクスリと笑うと、楓から距離を取った。
「それじゃ、ゲームで決着をつけよっか。一対一の、単純で、素敵なゲームで」
楽しそうに笑うクイントゥリアの手には、一本の剣が握られていた。




