【195】勇者の戦い②
一
「時の勇者よ。天に選ばれし者よ。勇気ある者よ。――――貴様が積み上げてきた全てを、この私にぶつけてみろ」
古の勇者ブレイブ・フォン・グレーシアは、淡々とした口調でそう言った。
ジョルジュ・グレースとブレイブ・フォン・グレーシアの二人は、互いに剣を構えながら睨み合った。
「……っ!!」
瞬間、二人は一斉に飛び出した。
そして、剣が交錯し、火花が激しく飛び散った。
「きゃ……っ!?」
しかしながら、ジョルジュ・グレースは小さな悲鳴を上げると、後方に大きく吹き飛ばされていた。
剣を激しくぶつけ合ったジョルジュ・グレースだったが、残念ながらブレイブ・フォン・グレーシアを相手に力負けしてしまっていた。
(やはり、まだまだ未熟だな……。あまりにも若過ぎる……)
一瞬の攻防の中で、ブレイブ・フォン・グレーシアはジョルジュ・グレースの経験が浅いことを見抜いていた。
「く……っ」
「手加減は出来ない。死にたくなければ剣を取れ」
ブレイブ・フォン・グレーシアは淡々とした様子でそう言うと、ジョルジュ・グレースとの距離を一気に詰めた。
次の瞬間、ブレイブ・フォン・グレーシアは下から斬り上げると、真空の刃が地面を切り裂きながらジョルジュ・グレースへと迫った。
対するジョルジュ・グレースは何とか体勢を立て直し、迫り来る真空の刃を回避していたが、その時には既にブレイブ・フォン・グレーシアが目の前にまで迫っていた。
「――――終わりだ」
ブレイブ・フォン・グレーシアは冷たくそう言い放つと、その手に握り締めた剣を振り下ろした。
「……っ!! はあああああ!!!!」
瞬間、超高速で斬り返したジョルジュ・グレースの剣と、ブレイブ・フォン・グレーシアの剣が激突し、辺りに暴風が吹き荒れた。
(気合いや闘志は十分に持っている、か……)
斬撃を受け止められたブレイブ・フォン・グレーシアは、地面を蹴る形で跳躍し、ジョルジュ・グレースから距離を取っていた。
「お強いですね……っ。私も鍛練を積んでいる筈なのですが……っ」
「……いや、その若さで私に肉薄出来た者は殆ど居ない。貴様の方が凄いと言えよう」
ブレイブ・フォン・グレーシアは感心した様子でそう言った。
実際、ブレイブ・フォン・グレーシアが手合わせした多くの強者の中でもジョルジュ・グレースは十分に強く、それでいて成人するかしないかの若さだというのだから、ジョルジュ・グレース自身が隔絶した実力を持っているのは疑いようもない事実だった。
いずれは、最強と謳われた自分すらも超える存在になるかもしれない、と。
ブレイブ・フォン・グレーシアは、そんなことまで考えていた。
(――――しかし、ここで負ければそんな未来も潰える。我ながら、試練というにはあまりにも厳しいものだと思うが……)
「――――たとえ貴女の方が強かったとしても、私は勝ちます」
「……ならば来い。私という敵を討ち払う為に」
ブレイブ・フォン・グレーシアは、淡々とした様子でそう言った。
再び二人は一斉に飛び出すと、剣が交錯し、火花が激しく飛び散った。
「……っ」
瞬間、ジョルジュ・グレースは半歩後ろに下がることによって剣を受け流すと、カウンターとばかりに鋭く斬り上げた。
対するブレイブ・フォン・グレーシアは素早く剣を引き戻すことによってジョルジュ・グレースの斬撃を受け止めると、そのまま巧みに剣を振るい、ジョルジュ・グレースの剣を弾き返していた。
そして、ブレイブ・フォン・グレーシアは目にも留まらぬ速さで突きを繰り出したが、それよりも速く、ジョルジュ・グレースの剣閃がブレイブ・フォン・グレーシアの剣を弾いていた。
(さっきは手加減していたとでも言うのか……? 動きがまるで違う……)
ジョルジュ・グレースは更に加速すると、あらゆるエネルギーを集約させた剣を何度もブレイブ・フォン・グレーシアに叩き込んだ。
ブレイブ・フォン・グレーシアはその斬撃を何とか受け止めていたが、その威力はブレイブ・フォン・グレーシア自身も決して油断出来ないほどに強烈なものになっていた。
(――――いや、違う。私の想像を遥かに超える速度で成長しているのか……)
ブレイブ・フォン・グレーシアは、目の前に居るジョルジュ・グレースが自身の実力を隠していたのではなく、一瞬の戦いの中で驚異的な成長を遂げていることを悟った。
そして、その圧倒的な才能に、ブレイブ・フォン・グレーシアは末恐ろしさのようなものを感じていた。
「はああああああああああ!!!!」
瞬間、ジョルジュ・グレースの剣が光り輝くと、ブレイブ・フォン・グレーシアの身体を大きく吹き飛ばしていた。
「……っ」
ブレイブ・フォン・グレーシアは巧みに剣を振るうことによって、何とかその衝撃を受け流すことに成功していた。
しかしながら、それでも膨大な熱量によって焼かれたような傷がブレイブ・フォン・グレーシアの両腕に刻み込まれており、ジョルジュ・グレースの剣閃によって少なくないダメージを負ったことは明らかだった。
「――――貴様は、自分の力が恐ろしいと思ったことはあるか?」
ブレイブ・フォン・グレーシアは、淡々とした様子でそう問い掛けた。
対するジョルジュ・グレースは真剣な表情で剣を構えながら、同様に淡々とした様子で口を開いた。
「……ありますよ。自惚れるつもりは毛頭ありませんが、私に才能があることは否定出来ない事実でしょうね」
「……強さは孤独を招く。たとえその才能を人の為に使おうとも、強さが恐怖を呼び、恐怖が孤独をもたらす。貴様はそれで思い悩むことはなかったか?」
ブレイブ・フォン・グレーシアは、まるで実際に体験してきたことのようにそう言った。
「――――ありませんね。私には大切な家族や友人、そして仲間が居ましたから」
ジョルジュ・グレースは少しだけ笑みを浮かべながら、誇るようにそう言った。
そして、ジョルジュ・グレースは剣を強く握り締めると、再び真剣な表情を浮かべながら口を開いた。
「だからこそ、私は守らなければならない。大切なものを守る為に、私は戦います」
「……それによって自分の命が潰えてもか?」
「私は死にません。私が誰かの大切なものである限り、私は生きて、そして貴女に勝つ!!」
ジョルジュ・グレースは強い口調でそう叫ぶと、ブレイブ・フォン・グレーシアに向かって飛び出した。
「……っ!!」
再び、剣が交錯した。
(何故、私は貴様のようになれなかったのだろうな……。いや、貴様もまた、私と同じ感情を抱き、孤独に苛まれる日が来てしまうのだろうか……)
ジョルジュ・グレースの剣は、かつて最強と謳われた古の勇者を凌駕するほどに凄まじいものになっていた。
その姿はまさに勇者というに相応しく、まるで災厄に立ち向かう英雄のようであった。
守るべきものの為に戦うジョルジュ・グレースの姿に、ブレイブ・フォン・グレーシアはかつての自分の姿を重ねた。
(――――先生。私は、何処で間違えたのでしょうか……?)
「はああああああああああ!!!!」
瞬間、ジョルジュ・グレースの剣が、ブレイブ・フォン・グレーシアの身体を切り裂いた。
そして、大量の鮮血が辺りに飛び散った。
「見事……。よく、やった……」
ブレイブ・フォン・グレーシアは口から赤い液体をこぼしながら、賞賛するようにそう言った。
そして次の瞬間、ブレイブ・フォン・グレーシアは、その手に握り締めた剣を躊躇いなく自身の心臓に突き立てた。
「な……っ!?」
突然のブレイブ・フォン・グレーシアの行動に、ジョルジュ・グレースは慌てた様子で駆け寄ろうとした。
しかしながら、ブレイブ・フォン・グレーシアは手を向けることによって、ジョルジュ・グレースを制止していた。
「気に、するな……っ。私は操られていた身……っ。この身を縛る呪縛が解けたとなれば……っ。こうするのは道理だろう……っ」
自分の身体を操っていた術式が解けた瞬間、ブレイブ・フォン・グレーシアは二度と操られない為に自害を図っていた。
そして、ブレイブ・フォン・グレーシアは残りの力を集約させると、その全てをジョルジュ・グレースに託していた。
それは、ブレイブ・フォン・グレーシアの消滅を意味していた。
「ど、どうしてそんなことを……っ!」
「私は一度死んだ身だ……。未来の為に道を譲ることこそ、唯一私に残された天命といえる……。それに、貴様には必要ないかもしれないが……、何かの役には立つだろう……。大人しく、受け取っておけ……」
ブレイブ・フォン・グレーシアは淡々とした様子でそう言うと、静かに膝を突いた。
「――――勇気ある者の未来に……、幸多からんことを……」
ブレイブ・フォン・グレーシアは穏やか表情を浮かべながらそう言うと、静かに絶命した。




