【194】勇者の戦い①
一
場所は統一国家ユーエス。
パルパス県にある、中央平原にて。
最前線の野戦基地が陥落したという報告を受け、第二防衛前線として設置された野戦基地は、およそ二千の兵を残す形で事実上放棄されていた。
たった一人の敵に数万の兵士が敗走したという事実はあまりにも衝撃的であり、ユーエス軍は少数精鋭で以って、可能であれば撃破するという方針に切り替えていた。
そして、その残された二千の兵の中には、騎士ジョルジュ・グレースの姿もあった。
「――――危なくなったら直ぐに逃げなさい。貴女はまだ、若いのだから」
「誰かが戦わなければいけません。私には、その責任があると思います」
仮面を付けた剣士――アポリーヌの言葉に対し、ジョルジュ・グレースは淡々とした様子でそう言った。
周りに目を向けると、ここに居る兵士達は皆、ジョルジュ・グレースと同じ真剣な表情を浮かべていた。
二千の兵士達は、たった一人で前線を崩壊させたという敵と戦う為に、この場に残っていた。
兵士達は、これから始まる戦いに大きな危険が伴うことを承知の上で、愛すべき祖国や家族の為に戦うことを決意していた。
(たった一人で第一防衛前線を突破した敵……。全く想像もつきませんね……)
ジョルジュ・グレースは心の中でそう呟くと、静かに気を引き締めた。
「き、来たぞ!! 敵襲だ!!」
瞬間、誰かが大きな声で叫んだ。
そして、広い平野の向こうに目を向けると、一人の女性がゆっくりと侵攻していた。
二
場所は統一国家ユーエス。
パルパス県にある、中央平原にて。
(――――思ったより気配の数が少ないな。犠牲覚悟の陽動か……?)
G・ゲーマー・グローリーグラディス達を破った古の勇者――ブレイブ・フォン・グレーシアは、首都ルエーミュ・サイを目指してゆっくりと歩みを進めていた。
すると突然、空からブレイブ・フォン・グレーシアを目掛けて、大量の火の玉が降り注いだ。
そして火の玉は地面に着弾すると、次々と火柱を上げ、ブレイブ・フォン・グレーシアの居た場所を焼き尽くしていった。
「……ぬるいな」
しかしながら、ブレイブ・フォン・グレーシアは一切ダメージを負った様子も無く、ゆっくりと侵攻を続けていた。
瞬間、上空に魔法陣が浮かび上がると、ブレイブ・フォン・グレーシアを取り囲むように次々と別の魔法陣が展開されていた。
そして魔法陣は、その原動力である魔力を循環させるかのように揺らめくと、その術式に刻まれた効果を発現する為に強く輝き出した。
次の瞬間、幾つもの雷がブレイブ・フォン・グレーシアに向かって叩き付けられた。
「……」
しかしながら、ブレイブ・フォン・グレーシアが止まることはなかった。
「ば、化け物め……」
遠くから攻撃を放った魔術師達は、信じられないといった様子で首を左右に振った。
並みの英雄であれば一瞬で消し炭になるほどの攻撃だったのにもかかわらず、ブレイブ・フォン・グレーシアは涼しい顔で侵攻を続けていた。
「……」
瞬間、金属同士がぶつかり合ったかのような、甲高い音が響き渡った。
音は、二度三度鳴り響くと、黒い影がブレイブ・フォン・グレーシアの前に降り立った。
「――――興味深い力だな」
ブレイブ・フォン・グレーシアは、淡々とした様子でそう言った。
ブレイブ・フォン・グレーシアの前に降り立った者の正体は、アポリーヌだった。
アポリーヌは一瞬の内に斬撃を数回、ブレイブ・フォン・グレーシアに叩き込んでいたが、全て防がれてしまっていた。
「貴女こそ、どうしてその力を持っているのかしら? 貴女も勇者の末裔だと言うの?」
「勇者、か……。なるほどな」
アポリーヌの言葉に対し、ブレイブ・フォン・グレーシアは静かに笑った。
そして、ブレイブ・フォン・グレーシアはその手に握り締めた剣をアポリーヌへと向けると、淡々と口を開いた。
「――――心せよ。私は強いぞ」
アポリーヌとブレイブ・フォン・グレーシアの二人は、互いの実力を推し量るかのように睨み合った。
そして、両者は静かに息を吐いた。
次の瞬間、二人の剣が交錯した。
「はああああああああああ!!!!」
アポリーヌは自身の剣に闘気を纏わせると、目にも留まらぬ速さで三度、斬撃を放った。
対するブレイブ・フォン・グレーシアは悠々と斬撃を回避していたが、アポリーヌはその上から更に三度、鋭い斬撃をブレイブ・フォン・グレーシアに叩き込んだ。
瞬間、二人の剣が激しくぶつかり合い、その衝撃でアポリーヌの仮面が吹き飛んでいった。
「……やるな。この力をここまで扱える者は初めてだ」
「それは嫌味かしら?――――貴女こそ、どうしてその力をそこまで扱えるのでしょうね」
「ふん。鍛錬の成果、そして、良き師に巡り合えたとでも答えておこう」
ブレイブ・フォン・グレーシアは淡々とした様子でそう言った。
今度はブレイブ・フォン・グレーシアの方から飛び出すと、その手に握り締めた剣を振るった。
瞬間、斬撃は大きな竜巻に変化すると、地面を抉りながらアポリーヌへと迫った。
「――――“破天”」
対するアポリーヌは、魔力と闘気の二つを自身の剣に集中させると、それを一気に解き放った。
次の瞬間、エネルギーの塊と竜巻が激突し、辺りに暴風が吹き荒れた。
「――――名を聞こう。申せ」
「名前を尋ねるなら、先ず自分から名乗るのが常識じゃなくって?」
「……肝が据わった奴だ。良いだろう」
ブレイブ・フォン・グレーシアは感心した様子でそう言うと、再び口を開いた。
「私の名は、ブレイブ・フォン・グレーシア。忌まわしき邪神――クイントゥリアの手によって蘇った、生ける屍だ」
ブレイブ・フォン・グレーシアの言葉に対し、アポリーヌは大きな溜め息をついた。
「……嘘だと笑い飛ばしたいところだけれど、完全に否定出来ないのが辛いところね。――――伝説の中の伝説と手合わせ出来るだなんて、光栄だわ」
「貴様もそれだけの力があれば、民の語り草ぐらいにはなるだろう。違うか?」
「ええ。悪い意味でね」
「……興味深い反応だな。英雄になるのは嫌いか?」
「そんなことないわ。私だって、貴女のような英雄に憧れていたもの」
アポリーヌは複雑な表情を浮かべながら、その手に握り締めた剣をブレイブ・フォン・グレーシアへと向けた。
「――――だけど、今の私はただの殺人鬼。その罪を償う為に、私は戦うしかないの」
アポリーヌは、言葉に出来ない感情を吐露するかのように、そう言った。
「罪、か……。なるほどな」
対するブレイブ・フォン・グレーシアは、淡々とした様子でそう呟いた。
瞬間、ブレイブ・フォン・グレーシアは爆発的な速度で飛び出すと、その手に握り締めた剣をアポリーヌに叩き付けた。
「く……っ」
対するアポリーヌは、剣を合わせることによってブレイブ・フォン・グレーシアの斬撃を何とか受け止めていたが、その凄まじい衝撃は、防御の上からアポリーヌの身体にダメージを与えていた。
「まだまだこれからだ」
ブレイブ・フォン・グレーシアは淡々とした様子でそう言うと、間髪置かずに剣を何度もアポリーヌに叩き込んだ。
アポリーヌはその斬撃を全て受け止めていたが、一撃一撃が骨を容易く砕くほどの威力であり、剣を持つアポリーヌの両手からは血が滲んでいた。
「か、は……っ!?」
そして遂に、ブレイブ・フォン・グレーシアの剣がアポリーヌの胴体を切り裂いた。
少なくない鮮血が辺りに飛び散ると、アポリーヌは傷口を手で押さえながら、思わず膝を突いてしまった。
「惜しかったな。残念ながら、貴様の剣は私には届かなかったようだ」
「……っ」
動けないアポリーヌに対し、ブレイブ・フォン・グレーシアはゆっくりと剣を構えた。
そして。
「はああああああああああ!!!!」
次の瞬間、ジョルジュ・グレースの斬撃が二人の間を引き裂いた。
そして、アポリーヌを守るように、ブレイブ・フォン・グレーシアの前にはジョルジュ・グレースが立ちはだかっていた。
「アポリーヌさん!! 早く下がってください!!」
「で、でも貴女が……っ」
「早く!!」
ジョルジュ・グレースは有無を言わさず、ハッキリとした声でそう言った。
対するアポリーヌは苦悶の表情を浮かべながら、ブレイブ・フォン・グレーシアから距離を取った。
そして戦場は、ブレイブ・フォン・グレーシアとジョルジュ・グレースの二人だけになった。
(――――この娘、私に匹敵するほどの……、いや、私以上の“器”を……)
「……若いな。まさか、まだ成人していないのか?」
「戦いに年齢は関係ありません。私は民を守る騎士として、貴女を倒します」
ジョルジュ・グレースは、毅然とした態度でそう言い放った。
対するブレイブ・フォン・グレーシアは静かに目を細めると、ニヤリと笑った。
(まだ未熟とはいえ、ここまでの“運命”を持つ者は初めてだな……。叶うのであれば、この目でその行く末を見届けたいところだが……)
ブレイブ・フォン・グレーシアは、静かに剣を構えた。
「知恵と勇気。どちらかが欠けても、人は過ちを犯す。私の師がよく口にしていた言葉だ」
ブレイブ・フォン・グレーシアは、懐かしむような口調で続けた。
「時の勇者よ。天に選ばれし者よ。勇気ある者よ。――――貴様が積み上げてきた全てを、この私にぶつけてみろ」
古の勇者ブレイブ・フォン・グレーシアは、淡々とした口調でそう言った。




