【193】勝敗
一
場所は魔大陸。
レ・ウェールズ魔王国領内にて。
「――――よく、やった……。若き魔王達よ……」
大海の魔王マーレニクスは、感心した様子でそう言った。
しかしながら、マーレニクスは全身からおびただしい量の血液を流しながら、仰向けに倒れていた。
のどかな風景が広がっている筈の森は、一面、焼け野原となっていた。
周りに目を向けると、そびえ立つ山々も圧倒的な熱量によって吹き飛ばされたかのように消失しており、この場所で想像を絶するほどの苛烈な戦いがあったということが直ぐに分かった。
「おい……。もう動かねえよな……? 流石にこれ以上は俺も限界だぞ……?」
「…………念の為、気を引き締めておこう」
テルニア・レ・アールグレイの疲れたような言葉に対し、フット・マルティアスは淡々とした様子でそう言った。
魔大陸に君臨する魔王――エーマトン、フット・マルティアス、テルニア・レ・アールグレイ、アイカの四人は、長い時を超えて復活したマーレニクスを何とか撃破していた。
「も、物凄く強かったぞ……。お前は一体誰なのだ……?」
「我か……? 我が名はマーレニクス……。――――と言っても……、我のことを知らなくても無理はない……。どうやら、かなりの時が経過しているようだからな……」
いまいちピンと来ない様子で首をかしげるアイカに対し、マーレニクスは苦笑しながらそう言った。
しかしながら、テルニア・レ・アールグレイだけは何かに気付いた様子で、驚愕の表情を浮かべていた。
「マーレニクスだと? まさか、大海の魔王マーレニクスか?」
「…………知っているのか?」
「古の時代よりも前、魔大陸が統一された時の魔王が、確かそんな名前じゃなかったか……?」
「ほう……。我が名はまだ現今に残っていたか……」
(――――伝説は伝説並みの強さって訳か……)
否定しないマーレニクスに対し、テルニア・レ・アールグレイは信じられないといった様子で首を左右に振った。
そして、テルニア・レ・アールグレイは、魔大陸においても放送されたクイントゥリアの宣戦布告のことを思い出すと、再び追及するように口を開いた。
「おい。アンタはやっぱり、あのクイントゥリアって奴に復活させられたのか?」
「然り……。かの邪神は再び災厄をもたらさんと暗躍している……。早急に手を打たねばならぬところだが……。――――しかし、かの邪神の狙いが読めなくてな……。何が目的で、一体何を企んでいるのか……」
マーレニクスは複雑な表情を浮かべると、静かに目を細めた。
そして、マーレニクスは理解出来ないといった様子で大きく息を吐くと、エーマトン達に向かって口を開いた。
「――――感謝するぞ。若き魔王達よ。この我を止めてくれたこと……。魔大陸の危機は汝達が食い止めたと言っても過言ではあるまい」
「は……っ! 随分と偉そうな物言いだなぁオイ。何様のつもりだぁ?」
エーマトンの嫌味たらしい言葉に、マーレニクスは静かに笑った。
(――――盟友よ……。見ているか……? 今の世も、存外悪くはなさそうだ……)
マーレニクスは、欠けた記憶に思いを馳せた。
そして、空に向かって手を伸ばすと、マーレニクスは静かに絶命した。
二
場所は統一国家ユーエス。
リフルデリカが構築した、結界の中にて。
鹿羽は、考え込んだ様子で顎に手を当てていた。
「――――鹿羽殿? どうしたであるか?」
「……エシャデリカと麻理亜の話を思い出してな。あの話が本当だとすれば、麻理亜が居た痕跡というか、そういうのが見つかったりするかもしれないと考えただけだ」
楓の問い掛けに対し、鹿羽は淡々とした様子でそう答えた。
「でも、現段階の仮説では、当時のマリア氏に関連する記憶や痕跡は全て消失する筈だから、仮に残っていたとしても僕らがそれを認識することは難しいと思うけどね」
「……まあ、考えただけだ。所詮、過去の話だしな」
鹿羽は首を左右に振りながら、吐き捨てるようにそう言った。
(――――友達とかも、居たりしたのだろうか……)
そして鹿羽は、知りようもない過去に思いを馳せた。
「しかし、麻理亜殿達は大丈夫であろうか……。少し心配であるぞ」
「定期連絡は繋がっているし、大丈夫だとは思う。多分……」
「まあまあ。世界が滅んでも、きっとマリア氏は生き残ると思うよ。彼女はそういう人間だしね」
リフルデリカは相変わらず、気楽な様子でそう言った。
三
場所は統一国家ユーエス。
パルパス県にある、中央平原にて。
「認めよう。貴様らが、私が今まで戦った者達の中で一番強かったと……」
古の勇者ブレイブ・フォン・グレーシアは、敬意を表した様子でそう言った。
「――――しかし、残念だったな。それでも私を倒すことは叶わんらしい」
クイントゥリアの軍勢を撃退する為に設置された野戦基地は、まるで圧倒的な力によって押し潰されたように綺麗に消失していた。
ブレイブ・フォン・グレーシアと戦っていた筈のE・イーター・エラエノーラとS・サバイバー・シルヴェスターの二人は、彼女の驚異的な剣技の前に攻め切ることが出来ず、最後には彼女の剣の前に命を落としていた。
そして、ブレイブ・フォン・グレーシアと戦ったG・ゲーマー・グローリーグラディスもまた、魔力が底をつき、両脚を切断され、絶体絶命の状況に追い込まれていた。
(雑兵の避難は間に合いました……。C・クリエイター・シャーロットクララへの連絡も完璧です……。後、私に出来ることは一体何でしょうか……?)
G・ゲーマー・グローリーグラディスは上手く働かない頭を回転させて、次に自分は何をすべきなのかを必死に考えていた。
「何か言い残すことはあるか。偉大なる魔術師よ」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは、もはや殆ど耳が聞こえていなかった。
しかしながら、G・ゲーマー・グローリーグラディスは最後の力を振り絞るように身体を起こすと、ブレイブ・フォン・グレーシアに向かって唾を吐き捨てた。
「……いっそ清々しい。さらばだ」
ブレイブ・フォン・グレーシアは淡々とした様子でそう言うと、その手に握り締めた剣を振るった。
四
場所は統一国家ユーエス。
首都ルエーミュ・サイ近くに設置された、防衛拠点にて。
その拠点の指揮を執ることになっていた魔術師――エルメイは、前線に設置された野戦基地が陥落したという報告を受けていた。
初めてその報告を耳にした時、エルメイは手に持っていたグラスを落としていた。
そして、そのグラスは残念ながら粉々に割れてしまっていた。
「グローリーグラディス様が負けた……?」
エルメイは、全く信じられないといった様子でそう言った。
「え、エルメイ様……。如何致しましょう……」
「……僕達が首都ルエーミュ・サイを守る最後の砦なんだ。戦う以外、ありえない」
エルメイは動揺しながら、まるで当たり前のことかのようにそう言った。
しかしそれは、国民の命を守る上での常識的な選択に過ぎず、エルメイからすれば、そもそも前線の拠点が落とされるなんてことはありえないことだった。
常識を超えた力を持つG・ゲーマー・グローリーグラディス達が、前線の拠点を防衛する筈だった。
しかしながら、拠点は跡形も無く陥落していた。
その事実は、今回の敵がエルメイの想像を遥かに凌駕するほどの相手だということを意味していた。
常識が通用しない相手にどうすればいいのか、今のエルメイには分からなかった。
(これで、ここの指揮権は完全に僕に移る……。だけど、敵はグローリーグラディス様を下すほどの相手……。国民の避難だって、今からじゃとても間に合わない……。どうすれば……。一体どうするのが最善なんだ……?)
エルメイは頭を抱えながら、必死に状況を整理した。




