【019】冒険の始まり①
幸せになりたいなら見上げることだ
不幸になりたいなら見下すことだ
一
「……」
場所はギルド拠点内部。
魔術師達を撃破した鹿羽【かばね】達は、周辺地域への調査を加速させていた。
L・ラバー・ラウラリーネットによる撮影用ドローンに加え、鹿羽がT・ティーチャー・テレントリスタンに極秘に依頼した、捕縛した魔術師達に対する尋問も、確かな成果を上げていた。
判明した事実としては、この世界には国家が存在するということだった。
文化レベルとしては、おおよそ中世から近世にかけての西洋に匹敵していた。
しかしながら、例外的な要素として、この世界には魔法が存在した。
魔法技術を応用した道具、通称“魔法具”の普及も相まって、所々に現代科学に匹敵する高度な技術も散見されていた。
SF小説に登場するような未知の未来技術は存在しなかったものの、発達している意味でも未発達であるという意味でも、鹿羽達が安心出来る文化水準ではなかった。
更なる情報収集の為、鹿羽達は国家内の都市への調査を決断していた。
調査の対象となった国家は、王国ルエーミュ。
鹿羽達のギルド拠点に最も近い国家の一つであり、広大な国家面積と、混沌たる貴族同士の利権争いによる支配管理の杜撰さから、情報収集に適しているとの判断からだった。
都市への調査にはA・アクター・アダムマンが選ばれていた。
高い知能とコミュニケーション能力、そして応用力のある自身の変身能力、更には麻理亜【まりあ】の強い推薦が今回の選出の決め手となった。
鹿羽には、麻理亜の推薦に別の意図が紛れ込んでいる気がしなくもなかったが、A・アクター・アダムマンが調査において適した人材であることは鹿羽にとっても自明の事実だった為、特に反対することはしなかった。
「……冒険者、ねえ」
A・アクター・アダムマンから提出された報告書に目を通しながら、鹿羽はそう呟いた。
「鹿羽殿。今、何と?」
「ん? 冒険者だよ。この世界には“冒険者”という職業があるんだと」
鹿羽は淡々とした様子でそう言った。
“冒険者”という言葉だけを見れば、ファンタジーを題材にした数々の作品の影響によって、刺激的で楽しいイメージがあった。
しかしながら、割の良い仕事など、如何なる文明社会においても殆ど存在しなかった。
A・アクター・アダムマンの報告書を眺めても、冒険者の実態は、危険を顧みない薄給の日雇い労働者と散々な評価であった。
「まあ、そんな都合の良い仕事がある訳な――――」
「鹿羽殿! 我は冒険者になるぞ!」
「……は?」
鹿羽は失念していた。
目の前にいる少女が、誰よりもファンタジーの世界に憧れ、誰よりもそういった妄想に耽っているという事実に。
「……いや、楓【かえで】。良く考えろ。この世界にはまだ分からないことが多い。それに冒険者なんて、いわば社会から爪弾きにされた底辺労働者みたいなもんだ。やっても良いことは無い」
「鹿羽殿! “冒険”であるぞ“冒険”! 未知なる世界に踏み出し、未知なる脅威に立ち向かうというのがまさしく“冒険者”ではないか!」
「く……、言わなきゃ良かった……」
鹿羽は頭を抱え、発言を後悔した。
「……麻理亜。言ってやれ。冒険者なんてロクなもんじゃないと」
「えー? 良いんじゃない? この報告書にも書いてあるけどー、現地住民は大して脅威にはならないみたいだしー。よっぽど変なことしない限り大丈夫でしょ」
「ちょ、待て。麻理亜」
「そうそう。ライナス君だっけ? 彼を連れていけば問題ないんじゃない? 文化の違いも一人いるだけで何とかなるだろうしー」
「どうして麻理亜まで乗り気なんだよ……」
味方だと思っていた麻理亜に背中を撃たれ、鹿羽は劣勢に陥っていた。
「私達が実際にこの世界の様子を知るっていうのは悪いことじゃないと思うよ? いずれにせよ、何処かでリスクは負わなくちゃいけない訳だしね」
麻理亜による的確かつ論理的な援護射撃によって、鹿羽はすっかり論破されたのだった。
二
「転移魔法、なあ。あの時といい、全く規格外の魔術師だな」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
場所は旧チードリョット、現ギルド連合公有地。
かつて、ルエーミュ王国貴族の領地だったこの地域は、紆余曲折を経て、各国に対して中立なギルド団体、通称“ギルド連合”として成立していた。
帝国主義へと変わりつつある各国間の厳しい情勢においても、ギルド連合を束ねる優秀なリーダー達の手腕と所属する屈強な傭兵や冒険者によって、ギルド連合は“ある種の国家”としての地位を確立していた。
「しかし……、よりによって冒険者かよ。確かにお前らほどの実力者なら何でも出来るだろうが……」
「あまりこの辺の地域には詳しくなくてな。冒険者なら、働きながら効率的に情報収集出来ると考えたんだ」
「まあ、なあ……。確かにギルド連合なら、枠組みに囚われずにやれるだろうが……」
鹿羽の言葉に、ライナスは何とも言えない表情を浮かべながらそう言った。
冒険者という職業自体は、基本的に何処の国家にも存在した。
しかしながら、特定の国家に属する冒険者はいずれも国家の影響を受けていると見られており、情報収集を目的として冒険者稼業を行う考えである鹿羽達にとって喜ばしいことではなかった。
国家としては中立、冒険者に対しても厳しい監視を行わないというギルド連合。
鹿羽達が冒険者稼業の拠点としてギルド連合を選んだのは、ごく自然な帰結と言えた。
「おお! かの地がギルド連合であるか!」
楓は片手で日光を遮りながら、遠く視界に映る城塞都市を見据えた。
冒険者になる予定である一行は、鹿羽、楓に加え、S・サバイバー・シルヴェスター、そしてライナスの四人だった。
そこに、鹿羽と楓の幼馴染である筈の麻理亜の姿は何処にも無かった。
麻理亜は、ギルド拠点の運営の為に自分が残る必要があると主張していた。
近くに守るべき対象の一人が居ないことに若干のもどかしさを感じた鹿羽だったが、自分よりも遥かに賢く、下手をすれば喧嘩も強い彼女のことだったので、問題は無いだろうと納得することにした。
「元気な嬢ちゃんだな」
「手出すなよ」
「あんなでっかい“得物”を軽々背負ってる嬢ちゃんなんて口説かねえよ……」
楓の背中には、彼女の背丈に匹敵するほどの大剣が固定されていた。
鹿羽にとっては見慣れたものであったが、常識的に考えれば、華奢な少女がここまで巨大な金属塊を軽々背負っているというのは異様な光景であった。
「ほう。お主、この魔剣に興味がおありか?」
「カエーテ。余計なことは喋るな」
「むう」
今、楓が手に持っている大剣は、ゲーム内において有名な武器だった。
過度な配慮だとは理解しつつも、この武器の詳細が周りに知られることによるメリットは無いと鹿羽は判断し、楓を静止させたのだった。
「……大事な嬢ちゃんなのか?」
「そういう意図ではないが……、まあ、大事だな」
情報漏洩を恐れての行動であったが、ライナスには別の意図に映ったようだった。
そして、鹿羽の発言に、楓は仮面の下で人知れず顔を赤らめるのだった。
四人がしばらく歩いていると、立派な城壁が見えてきた。
数々の魔物や他領からの侵略を跳ね返したという城塞都市チードリョットの城壁は、厚く、そして高く見えた。
「――――お前らでも入国手続きぐらいはしたことあんだろ」
「……まあ、それぐらいはな。だが文化というのは地域によって様々だからな。ご教授願いたいところだが」
「そんな大したもんじゃねえよ。特にギルド連合の出入国は簡単って話だ。派手に指名手配されてない限り大丈夫だろ」
ライナスは気楽な様子で言ったが、鹿羽の脳裏には老人の死霊魔術師や襲撃してきた魔術師集団の姿が浮かんだ。
「先の魔術師の件は問題無いだろうか」
「あれはコッチが訴えたいところだ。明らかに向こうが悪いだろうよ」
「……そうか」
鹿羽は、入口と見られている巨大な門に目を向けると、厳しい目つきの兵士と目が合った。
三
「名前は」
「ニームレス」
「身分を証明出来るものは」
「無い」
「……出身は」
「遠い辺境だ」
「…………犯罪歴は。誤魔化すと良いことないぞ」
「無いと誓おう」
「……仮面を外せ」
「外さないと駄目か?」
「回れ右するんなら構わないけどな」
「分かった」
鹿羽は仮面に手を掛け、僅かに素顔を晒した。
「……女か?」
「違う」
「いずれにせよ、人相書きには無いからどっちでも良いけどな。通れ」
「……」
鹿羽は肩に届きそうな自身の髪を触ると、何とも言えない気分になった。
「名前は」
「カエーテである! 覚えておくと良い!」
「……身分を証明出来るものは」
「無いぞ!」
「…………出身は」
「遥か遠く、それを語るには一体どこから話せば良いものか……」
「俺と同じだ」
「………………犯罪歴は」
「無いぞ!」
「……仮面を外せ」
「我が真実に踏み込もうというのか!?」
鹿羽は、乱暴に楓の仮面を取り上げた。
「あう」
「問題は無いな?」
「ニームレス殿!」
「質問ぐらい真面目に答えろ」
鹿羽達は特に怪しまれることもなく、無事にギルド連合の審査を突破したのだった。




