【182】遊びの目的
一
真っ白な地面と、満天の星空が広がる、不思議な空間にて。
「……」
「……」
そこで、鹿羽と楓とクイントゥリアの三人は、“すごろく”をして遊んでいた。
「……四、であるな。ふむ。投資したゲーム会社が大儲け……。百万もらう、であるか」
「はい。どーぞ。カエデちゃんは運が良いね」
「う、うむ」
楓は、少しぎこちない動きでクイントゥリアからオモチャの紙幣を受け取っていた。
「それじゃあ次は私の番ね。――――あー。旅行している間に空き巣だって。戸締りぐらい確認しなかったのかしら?」
クイントゥリアは手元にあった紙幣を脇に置くと、楽しそうにクスクスと笑った。
((どうしてこうなった……))
鹿羽と楓は、心の中でそう呟いた。
二
気が付けば、鹿羽と楓の二人は、真っ白な地面と満天の星空が広がるこの不思議な空間に立っていた。
そして、そこにはクイントゥリアの姿もあった。
ローグデリカ帝国の王城に居た筈だった鹿羽達は、直ぐに警戒態勢を整えていたが、対するクイントゥリアは極めて友好的であった。
「あはは。負けちゃった。ちょっぴり運が悪かったかもね」
「……これで満足か? そろそろ元の世界に帰してくれるとありがたいんだが……」
「なんで?」
「いや、そんなこと言われてもな……」
この不思議な空間に閉じ込められているという事実を除いて、鹿羽達は普通にクイントゥリアと接していた。
(――――邪神クイントゥリア、か……。まさか迷宮探索の時に聞いたあの名前が飛び出すとは思わなかったが、一体何者なんだろうな……。見た目は麻理亜にそっくりだし……)
「それじゃあ次はこのゲームをしましょう? きっと楽しいわ」
「スマッシュバスターズであるな! 我は得意であるぞ!」
「おい。楓。いつまでもこんなところで遊んでいる場合じゃ……」
「スマバスで遊んでからである」
「自分の命とゲーム、どっちが大事なんだよ……」
鹿羽は呆れた様子でそう言ったが、楓とクイントゥリアはコントローラーを握り締めると、テレビゲームで対戦を始めていた。
(――――魔力を放ったところで、完全に封じられている、か。本気で抵抗すれば脱出出来るのかもしれないが、下手に敵対的な行動を起こすのもリスクがあるからな……)
「――――なあ。お前の目的は何なんだ?」
「……? 世界を滅亡させることだよ」
「……そうか」
クイントゥリアの答えが冗談なのか、そうではないのか、今の鹿羽には判断が付かなかった。
(見た目こそは大人びた麻理亜にしか見えないが、中身はまるで遊ぶことしか頭に無い子供だな……)
瞬間、派手な効果音と共に、楓がガッツポーズを決めた。
「あーあ。上から爆弾が降って来ちゃった。もう少しで勝てそうだったのに」
「わはは!! 運も実力の内である!!」
(しかし、可哀想に思えるレベルで、本当に運が悪いな……)
鹿羽達は、クイントゥリアとボードゲームをしたりして遊んでいたが、クイントゥリアはこれでもかというレベルで運が無く、殆どのゲームで負け越していた。
「ありゃ。もう時間切れか。一日ぐらいは遊べるかなーって思ってたのに」
クイントゥリアは少し残念そうにそう呟いた。
鹿羽はクイントゥリアに視線を向けると、クイントゥリアの身体は淡く光を放ち、そして少し透明になっていた。
(――――リフルデリカ達が上手くやったみたいだな)
鹿羽は自身の内側にある魔力が共鳴するのを感じると、リフルデリカが何かしら魔法を唱えたことを悟った。
「――――く、クイントゥリア殿。なにゆえ我らとこのような遊戯をしたのだ?」
「んー? 遊びたかったからだよ? だって楽しいじゃない」
「……色んな人に迷惑を掛けたのも、遊びたかったからって言うつもりか?」
「うん。だって相手の邪魔をするのがゲームの基本でしょう? 違う?」
「程度の問題だ。お前は明らかにやり過ぎてる」
「だって邪神なんて呼ばれちゃうんだもーん。張り切っちゃうよね」
クイントゥリアはテレビゲームのコントローラーを放り投げると、気楽な口調で続けた。
「――――邪魔されるのが嫌なら、戦うしかなくない? 手札を揃えて、相手の出方を窺って、それで相手を滅ぼし尽くすの。ふふ。考えるだけでもゾクゾクしちゃう」
楽しそうに語るクイントゥリアの瞳には、確かな狂気が宿っていた。
鹿羽は複雑な表情を浮かべると、再び口を開いた。
「俺らが定期的に遊んでやるから、もう一切悪いことはしないって約束は出来ないのか?」
「魅力的な提案だけど、それは無理ね。せっかく“舞台”を整えたんですもの。今更無かったことになんて出来ないわ」
「“舞台”って何だよ。何を企んでいるんだ」
「ふふ。ふふふ。何だろうねー」
クイントゥリアは明言を避けた様子でそう言った。
そして、その時には既に、クイントゥリアの身体は殆ど見えなくなっていた。
「――――それじゃあ、しばらくお別れね。三人で遊べて、すっごく楽しかったわ」
鹿羽の目には何故か、消えゆくクイントゥリアの姿が麻理亜と重なった。
二
場所はローグデリカ帝国。
帝都ダルストンにある王城の、玉座の間にて。
「――――やあ。気分はどうだい? 何か気になることがあるなら、直ぐに言うんだよ。些細なことが後になって大事に繋がることは多々ある。そもそも相手は邪神を自称する相手だったからね。何が起きてもおかしくないよ」
「あ、ああ。俺は大丈夫だから。くっ付くな」
眠りから目覚めた鹿羽は、自身の身体をベタベタと触るリフルデリカを押し退けると、周りに目を向けた。
どうやら楓は先に目覚めていたようで、ローグデリカと一緒に鹿羽のことを覗き込んでいた。
(楓も無事みたいだな……。麻理亜は……)
そして鹿羽は、壁に寄り掛かりながら静かに座り込む麻理亜の姿を発見した。
「……っ! 麻理亜!!」
「カバネ氏。少し落ち着くんだ。マリア氏は無事だよ。少し疲れているだけだ」
麻理亜は鹿羽が目覚めたことに気が付くと、笑顔を浮かべながらピースをした。
「そ、そうか……。なら良い……」
楓と麻理亜が無事であることを知った鹿羽は、安堵した様子で息を吐いた。
瞬間、玉座の間の中央に魔法陣が浮かび上がると、G・ゲーマー・グローリーグラディスが他のNPCを連れて姿を見せていた。
「み、皆様……。ご無事でしょうか……」
「見ての通り、何とかなったよ。僕のおかげでね」
「貴女には聞いてないです……」
「普通に酷くないかい!?」
G・ゲーマー・グローリーグラディスの冷たい反応に、リフルデリカは不満げにそう叫んだ。
「――――とりあえず、そこでおねんねしてるローグデリカ皇帝を起こして、戦争を阻止しなきゃ。グローリーグラディスちゃん。悪いけど丸投げしても良いかしら?」
「か、畏まりました……」
「一旦ギルド拠点に戻りましょう。私も疲れちゃったし。色々情報共有も必要みたいだしねー」
麻理亜は少し疲れた様子でそう言うと、ローグデリカとリフルデリカに視線を投げ掛けた。
対するローグデリカは複雑な表情を浮かべていたが、一方、リフルデリカは麻理亜の視線を完全に無視していた。
「――――カバネ氏。大丈夫かい? 異変を感じたら、直ぐに言うんだよ」
「いつにも増して過保護だな。どうした?」
「……いや、少し気になることがあってね。後で話すよ」
リフルデリカはそう言うと、ニコリと笑みを浮かべた。




