【179】邪神との邂逅
一
「……手を出したことを後悔させてあげるわ。――――欠片も残さず、殺してやる」
麻理亜は、明確な殺意を込めてそう言った。
瞬間、銃声がけたたましく鳴り響くと、大量の銃弾が女性に向かって撃ち込まれた。
しかしながら、撃ち込まれた大量の銃弾は、まるで見えない力によって受け止められたかのように女性のすぐそばでピタリと静止すると、そのまま地面へと落下していた。
「チ……ッ」
手持ちのガトリング砲によってありったけの銃弾を叩き込んだL・ラバー・ラウラリーネットだったが、女性には全く通用していなかった。
「はあああああああああ!!!!」
瞬間、B・ブレイカー・ブラックバレットが女性に向かって飛び出していた。
「――――“創造”と対をなす、“破壊”の力……。まだその本質たる能力には目覚めていないようだけど、脅威的ね」
「御方を傷付けた罪!! その身を以って償うがいい!!」
「ふふ。暴力的ね。――――いつか、その暴力性が大切な誰かを傷付けるんじゃないかしら? ふふふ」
女性はそう言うと、ゆっくりと動き出した。
そして女性は、後ろから突き刺されていた剣の拘束から抜け出すと、腕を振るい、見えない力によってB・ブレイカー・ブラックバレットを吹き飛ばした。
そして女性は、胸から鮮血をポタポタとこぼしながら、静かに麻理亜と睨み合った。
「――――ラウラちゃんとローグデリカちゃんは二人をお願い。私とブラックバレットちゃんとリフルデリカちゃんで、この人を倒す。良いわね?」
「……彼女は無詠唱で念動力を使うみたいだ。他にも得体の知れない能力を持っていると思うよ。――――ハッキリ言って、かなり強いよ。勝てる見込みはあるのかい?」
「うん。大丈夫だよ」
リフルデリカの問い掛けに対し、麻理亜は気楽な様子で続けた。
「――――だって私、世界で一番強いから」
麻理亜はまるで当たり前のことのように、淡々とした様子でそう言った。
一方、ローグデリカとL・ラバー・ラウラリーネットは、倒れた鹿羽と楓の元に駆け寄っていた。
「二人の容体はどうなっている」
「外傷はアリマセン。バッドステータスは確認出来ませんガ、どうやら精神に干渉する術式を埋め込まれているようデス」
「……治るのか?」
「残念ながら、少なくとも私では治療出来ませン」
「ち……っ」
ローグデリカは女性の動きを注視しながら、吐き捨てるようにそう言った。
「リフルデリカちゃん。とりあえず、一人で突っ込んでくれる?」
「……たとえそれが最も合理的な判断だったとしても、言葉で聞くと全く酷い命令だよね」
リフルデリカは吐き捨てるようにそう言うと、光の剣を強く握り締め、女性に向かって飛び出した。
「――――それって魔法の剣? 中々興味深いわね」
「……君の目的は何なんだい? 世界を混乱に陥れ、その先に何を望んでいるのか……。教えてくれるとありがたいかな」
「目的? そんなものは無いよー。――――私は今、この瞬間を楽しみたいだけ。強いて言えば、遊ぶことが目的かなー?」
「その力の割には、随分と幼稚な考えだね……。――――君は一体何者なんだ。それだけの力を持ちながら、全く無名の人間ということは有り得ない」
「ふふ。そうねー」
女性はリフルデリカの剣を巧みに回避しながら、気楽な様子で続けた。
「それじゃあ、自己紹介をしましょうか。私の名前はクイントゥリア。聞いたことある?」
麻理亜によく似た女性――クイントゥリアは、ニヤニヤと笑いながらそう言った。
「……なるほどね」
対するリフルデリカは、納得した様子でそう言った。
瞬間、クイントゥリアはリフルデリカの右腕を掴むと、ハンマー投げのように振り回し、そのまま壁に向かって投げ飛ばした。
超高速で投げ飛ばされたリフルデリカだったが、予め移動していたB・ブレイカー・ブラックバレットによって何とかキャッチされていた。
「――――おい。奴のことを知っているなら、簡潔に説明しろ」
「邪神クイントゥリアは有名だよ。おとぎ話の悪役としてよく出てくるんだ。――――邪神クイントゥリアは確かに実在して、古の賢者ポタージュに討たれたという話なんだけれども……。――――少なくとも、クイントゥリアを自称する人間にロクな人は居ないんじゃないかな」
「おとぎ話の悪役気取りか。確かにロクな相手ではなさそうだ」
B・ブレイカー・ブラックバレットは吐き捨てるようにそう言った。
「――――ねえ。貴女は遊んでくれないの? 見ているだけじゃつまらないでしょう?」
「……そうね。見ているだけじゃ状況は良くならないから、そろそろ終わりにしましょうか」
麻理亜は冷ややかな視線をクイントゥリアに投げ掛けながら、淡々とした様子でそう言った。
「――――<武器生成/ウェポンクリエイト>」
クイントゥリアは詠唱を完了させると、その手には一本の鉄剣が握られていた。
麻理亜とクイントゥリアは、しばらくの間、互いの実力を推し量るかのように睨み合った。
瞬間、麻理亜とクイントゥリアは一斉に飛び出すと、剣が交錯した。
「……っ!」
クイントゥリアは剣先で麻理亜の剣を弾くと、麻理亜の顔面を目掛けて突きを繰り出した。
対する麻理亜は上体を大きく反らすことによってそれを回避すると、そのまま後ろに手をつけて後転し、クイントゥリアから距離を取った。
「あら。いつの間に」
クイントゥリアは何かに気付いた様子で顔に手を当てると、頬からは僅かに鮮血がしたたっていた。
ただ攻撃を回避しているように見えた麻理亜だったが、一瞬の攻防の中で、麻理亜は巧みに剣を振るっていた。
クイントゥリアと麻理亜は互いに睨み合うと、再び一斉に飛び出した。
「マリー様!!」
「ブラックバレット氏。むやみに突っ込むべきじゃない」
「なら黙って見ていろと言うのか!」
「……“ちゃんす”を見逃さないようにってことだよ。――――<呪縛/カース>」
リフルデリカは詠唱を完了させると、黒い霧がクイントゥリアを包み込み、その動きを僅かに鈍くさせた。
「あら」
瞬間、魔法を“抵抗/レジスト”されそうになった時に感じられる特有の負荷が、リフルデリカの全身を襲った。
(ぐ……っ。絶対に“抵抗/レジスト”出来ない魔法の筈なんだけれども……っ。一瞬でも気を抜けば解除されてしまうね……っ)
リフルデリカは神経が焼けていくような不快感を抱きつつも、クイントゥリアの動きを制限することに成功していた。
「――――ねえ。貴女の名前は何て言うの?」
「貴女に語る名前なんて無いわ。ごめんなさいね」
「あら。そう。言いたくないなら別に良いけれど」
金属同士がぶつかり合うような甲高い音が鳴り響く中、クイントゥリアは気楽な口調で続けた。
「――――ところで、貴女と私って似ていないかしら? 見た目は勿論、性格も」
「……心外ね。私はむやみに他人を傷付けたりしないわ」
「私はその他人の中に入っていないの? 傷付けてもいい対象なのかしら? ふふ」
「友達を傷付ける他人なんて要らないでしょう? それに邪神って言うくらいだから、きっと世界も、貴女の存在なんて望んでいないわ」
「……悲しいわ。私は嫌われたい訳じゃないのに」
クイントゥリアはあからさまに悲しそうな表情を浮かべたその瞬間、麻理亜はその顔面に向かって回し蹴りを繰り出した。
対するクイントゥリアはその回し蹴りを肩で受け止めると、不安定な姿勢の麻理亜に向かって剣を振り下ろした。
しかしながら、麻理亜は巧みに剣を振るうと、振り下ろされた剣を受け流していた。
「――――それにしても凄い殺意ね。一刻でも早く私を消し去ってやりたいというのがビンビン伝わってくるわ。どうして? あの二人を傷付けたから? 本当にそれだけかしら?」
「何が言いたいの?」
「ふふ。他にも理由があるんじゃないかなーって思ってね。まあ、どうでもいいや」
瞬間、麻理亜の剣が、クイントゥリアの剣を弾き飛ばした。
「――――それじゃ、また会いましょう? 今度は友達と一緒に。きっと楽しくなるわね」
「お生憎様。貴女なんかとは遊ぶつもりなんてないの。――――じゃあね」
麻理亜は再びクイントゥリアの心臓に剣を突き立てると、クイントゥリアは霧のように掻き消えてしまった。
そしてそのまま、クイントゥリアはこの場から消失していた。
「――――ふう……。少し、疲れたわね……」
麻理亜は膝を突くと、くたびれた様子でそう言った。
「マリー様!!」
B・ブレイカー・ブラックバレットは叫ぶようにそう言うと、慌てた様子で麻理亜に駆け寄った。
「あはは……。思ったより強かったねー」
「大丈夫でしょうか……。何処かお怪我は……」
「――――私のことは良いから、鹿羽君達をお願い。良いわね?」
「か、畏まりました……」
一方、リフルデリカは鹿羽達の元へ駆け寄っていた。
「――――カバネ氏の容体は?」
「精神に干渉する術式が仕組まれているようデス」
「……その通りみたいだね。それも内側から侵食していく厄介なもののようだ。早く治療しないと、記憶や人格に悪影響を及ぼす可能性がある」
リフルデリカは淡々とした様子でそう言うと、座り込む麻理亜に視線を移した。
(本当はマリア氏の力を借りたいところだけれど、明らかに消耗しているから無理か……。シャーロットクララ氏がここへ来るには少し時間が掛かるだろうし……。僕がやるしかない、か……)
リフルデリカは静かに息を吐くと、真剣な表情を浮かべながら、口を開いた。
「ラウラリーネット氏。早急に他の皆をここに集めておくれ。今の状態で敵に襲撃されるのは流石に不味いからね」
「……了解デス」
「ローグデリカ。今から君をカエデ氏の精神世界に意識を転移させる。カエデ氏のことを頼んだよ」
「どういう意味だ。分かるように話せ」
「そんなことを言われても困るよ。とにかく不審なものがあったら破壊してくれればいい。君の得意分野だろう?」
「……分かった。従おう」
「ブラックバレット氏。君は敵が来ないかここで見張ってておくれ。今から僕とローグデリカは二人の治療に移る。全くもって動けなくなるものだと考えておくれ」
「……っ。分かった」
リフルデリカは、有無を言わさない雰囲気で次々と指示を飛ばした。
「時間が無い。ローグデリカ。いくよ?」
「ああ。早くしろ」
「はいはい」
リフルデリカは、ローグデリカと楓に手を置くと、二人の魔力を連結させた。
そして、リフルデリカはローグデリカの意識を半ば強引に楓の中に捻じ込むと、静かに手を離した。
(ふう。さて、次は……)
リフルデリカは間髪置かずに、鹿羽の額に手を当てた。
(――――カバネ氏。形はどうであれ、君は僕に勝ったんだ。こんなところで負けないでおくれよ)
そしてリフルデリカは、自身の魔力を鹿羽に連結させた。




