【178】敵
一
場所はラルオペグガ帝国。
ローグデリカ帝国との国境線近くにて。
「はあ……。まさか最前線に配置されるなんてなぁ……」
「おい。変なこと言うんじゃねえ。指揮官に聞こえたらどうすんだよ」
「大丈夫だろ。何たってあのラルオペグガ・ポートシア・フロスティア皇帝陛下がいらっしゃるんだ。指揮官だって下手に動けばその場で斬首刑だよ」
開戦の時を待つ兵士の一人は、気楽な様子で続けた。
「――――齢十四で王族を皆殺しにして皇帝の座に就き、幾度の戦場では負け知らず。不満を持った貴族が一滴で竜を殺すほどの猛毒を夕食に仕込んだそうだが、全て食べ切った後に不味いと言ってお抱えの料理人を処刑した……。いつ聞いても人間離れしてるとしか思えねえよな」
面白おかしく語る兵士の話に、もう一人の兵士は思わず乾いた笑いを漏らした。
「は……っ。それを聞かれたらお前が斬首刑だろ」
「へへ。違いねえ」
二
場所はラルオペグガ帝国。
ローグデリカ帝国との国境線近くにて。
ラルオペグガ皇帝――ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは、高台から自軍の兵士達を見下ろしながら、静かに開戦の時を待っていた。
(――――あのマリアが語った、戦争を止めるという秘策……。今のところ何も起きる様子は無いが……。さて、どのような“奇策”を見せてくれるというのか……)
「陛下。間も無く開戦時刻になります」
「……そうか」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは淡々とした様子でそう言うと、静かに息を吐いた。
瞬間、遥か向こうの上空で何かが出現したのを、ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは見逃さなかった。
(カバネと同じ、底知れぬ魔力の持ち主……。奴が戦争を止める秘策なのか……?)
丁度、これから戦場になると思われていた国境線の真上には、一人の女性が静かに浮かんでいた。
三
ラルオペグガ帝国とローグデリカ帝国との国境線の、その上空にて。
金髪を片側に結った可憐な女性――C・クリエイター・シャーロットクララは、ラルオペグガ帝国とローグデリカ帝国の両軍を静かに見下ろしていた。
そして、C・クリエイター・シャーロットクララは、ゆっくりと詠唱を完了させた。
「――――<召喚:巨人像/サモンズ・ジャイアントゴーレム>」
瞬間、C・クリエイター・シャーロットクララの真下の地面が大きく隆起すると、そこから何体もの巨大なゴーレムが姿を見せていた。
「何だあれは……!!」
「て、帝国の新兵器なのか……!?」
両軍の兵士達は、突然、巨大なゴーレムが出現したことに気が付くと、至るところからどよめきの声が上がった。
しかしながら、ゴーレムの出現を遠くから見守っていたラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは、特に驚いた様子を見せなかった。
(あれだけの数の“巨人像/ジャイアントゴーレム”を召喚するのは確かに凄いと言える。――――だが、この程度でローグデリカ帝国が止まるとは思えん。期待外れか?)
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアが冷ややかな視線を投げ掛ける中、C・クリエイター・シャーロットクララは再び詠唱を完了させた。
「――――<召喚:禁じられた巨人/サモンズ・アウルゲルミル>」
瞬間、大地が縦に大きく揺れた。
そして先程の“巨人像/ジャイアントゴーレム”と同様に、地面は大きく隆起し始めた。
しかしながら、その規模は比べ物にならなかった。
まるで山脈が突然出来上がったかのように大地は大きく盛り上がると、その頂点からは三体の巨人が地面から這い出るように姿を見せていた。
そしてその巨人は静かに立ち上がると、そのあまりにも大きさに、その巨大な影は何処までも続いていた。
「な、何なんだよ……。あれ……」
圧倒的な光景を前に、誰も動くことは出来なかった。
まるで矮小な人間の存在を笑うかのように、巨人達は両軍の兵士達を静かに見下ろしていた。
しかしながら、それで終わりではなかった。
C・クリエイター・シャーロットクララは兵士達の心を完全にへし折る為に、更に詠唱を開始した。
「――――<召喚:起源の大巨人/サモンズ・アースジャイアント>」
瞬間、空の一部が真っ黒に染まった。
しかしそれは、空が直接的に暗くなった訳ではなく、巨大な何かが太陽を覆い隠していたからだった。
そして程なく、巨大な何かは空から地面に落下した。
それは召喚された“禁じられた巨人/アウルゲルミル”よりも更に大きく、落下した衝撃によって大地は大きくヒビ割れ、暴風が吹き荒れていた。
「なるほど、これは壮観だ」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは笑みを浮かべながら、楽しそうにそう言った。
周辺に見えるどの山よりも巨大な存在は、静かに立ち上がると、その力を誇示するかのように、天に向かって咆哮した。
「――――両軍に告げます。剣を捨て、無意味な戦いを止めるのです。従わないのなら、神の裁きが下ることでしょう」
C・クリエイター・シャーロットクララは脳内に直接語り掛ける術式を発動させながら、淡々とした口調でそう言った。
世界の終わりを予感させる光景を前に、C・クリエイター・シャーロットクララの言葉に反発する者は一人も居なかった。
(――――これほどの相手を前に、身体が疼いて仕方が無いが……。大人しく引き下がれということか)
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは自身の闘争本能を何とか押さえ込むと、淡々とした様子で口を開いた。
「――――命令だ。敵軍の動向を注視しつつ、前線をザキトワ砦まで下げるぞ」
「か、畏まりました」
司令官の男は、声を震わせながらそう言った。
四
場所はローグデリカ帝国。
帝都ダルストンにある、王城にて。
鹿羽、楓、麻理亜の三人に加え、NPCであるB・ブレイカー・ブラックバレットとL・ラバー・ラウラリーネット、更にはローグデリカとリフルデリカを加えた計七人が、首脳会談襲撃を含めた一連の事件の黒幕を討伐する為に、ここローグデリカ帝国の王城に姿を見せていた。
「――――半径十メートル以内に生体反応はアリマセン」
「向こうに魔力の反応があるけれど、それだけみたいだね。位置的には玉座の間に居るのかな? どうやらそれ以外の人間は全く居ないようだ」
L・ラバー・ラウラリーネットとリフルデリカの二人が、周辺に誰も居ないことを確認すると、淡々とした様子でそう言った。
(誰も居ない……? どういうことなんだ……?)
鹿羽は、怪訝な表情を浮かべながら周囲を見渡したが、リフルデリカ達の報告通り、誰も居る気配はなかった。
「行きましょう。敵はすぐそこに居る筈だわ」
麻理亜は淡々とした様子でそう言うと、鹿羽達は静かに歩き出した。
五
場所はローグデリカ帝国。
帝都ダルストンにある王城の、玉座の間にて。
玉座には、暗殺された皇帝の娘であるサマリア・フォン・タレーツァが眠るように座っていた。
そしてその周りには、まるでサマリア・フォン・タレーツァを守るかのように、マークスを含めた三人の白金竜王が立ち塞がっていた。
鹿羽達は、いつでも戦闘を開始出来るように警戒態勢を整えていた。
しかしながら、魔術師である鹿羽は、目の前の光景に確かな違和感を覚えていた。
(魔力が、無い……?)
生きとし生けるもの全てに存在する筈の魔力が、目の前に立つ三人の白金竜王には殆ど残っていなかった。
瞬間、三人の白金竜王は、まるで糸が切れた人形にように静かに倒れ込んだ。
そしてそのまま、再び動き出すことはなかった。
「――――ようこそ。帝都ダルストンへ。お待ちしておりました」
そして次の瞬間、まばゆい光と共に、白いタキシードを身に纏った一人の青年が姿を見せていた。
(コイツが黒幕……? それにしては、あまりにも魔力が弱々しいな……)
鹿羽は、邪悪な雰囲気を放つこの青年が黒幕なのではないかと推測したが、各国を混乱の渦に叩き込んだ黒幕にしてはあまりにも魔力が少なかった。
まるで、既にその力を使い切ったかのように、青年の魔力はあまりにも弱々しかった。
すると、B・ブレイカー・ブラックバレットが前に出て、静かに斧を構えた。
「マリー様」
「うん。やっちゃっていいよ」
「畏まりました」
「――――カバネ氏。気を付けるんだ。嫌な予感がする」
「ああ。分かってる」
瞬間、B・ブレイカー・ブラックバレットは一人飛び出すと、その手に握り締めた斧を思い切り振るった。
対する青年は何もせず、ただB・ブレイカー・ブラックバレットの動きを静かに見守っていた。
そして、一撃が、青年の胸を貫いた。
「――――はは……っ。お強い、ですね……っ」
「……貴様が弱いだけだ。――――何をしようとしていたのかは知らんが、貴様の企みもここまでと言わせてもらおう」
B・ブレイカー・ブラックバレットは吐き捨てるようにそう言うと、対する青年は鮮血を吐きながら口を開いた。
「――――私の役目は貴女方をここへ集めること……っ。帝国も竜王国もその為に利用致しました……っ」
「何が目的だ」
「は……っ。目的……っ? 私はただ命令に従うのみ……っ。それこそが私の目的であり……っ、存在意義なのです……っ。彼女の為ならば……っ、この命……っ、躊躇いなく差し出しましょう……っ」
青年はハッキリとした口調でそう言った。
そしてそのまま、青年は静かに絶命した。
(これで終わり、なのか……?)
青年は、あまりにも呆気なくその命を落としていた。
場合によっては激戦になることも覚悟していた鹿羽であったが、青年は一切抵抗することなく、B・ブレイカー・ブラックバレットが放った一撃によって簡単に葬られてしまっていた。
その瞬間。
「――――あーあ。死んじゃったー。可哀想」
その瞬間、麻理亜によく似た女性の声が響き渡った。
「……っ!?」
そして次の瞬間には、麻理亜によく似た女性の両手が、鹿羽と楓の心臓を後ろから貫いていた。
「か、は……っ」
「あはは。この二人が“本物”かなー? どうなんだろ。心なしか懐かしい感じ?」
女性は、気楽な様子でそう言った。
瞬間、誰よりも早く、ローグデリカが剣を握り締め、女性に向かって飛び出していた。
「はあああああああああ!!!!」
「あら。こっちも“本物”? いや、ちょっぴり違和感を覚えるわね。偶然の産物とでも言うべきかな?」
女性は、鹿羽と楓の身体から両手を引き抜くと、軽く右手を振るった。
「く……っ」
瞬間、ローグデリカは何か強い力に弾かれたように、大きく吹き飛ばされていた。
「――――<軛すなわち剣/ヨーク>!!」
「ふふ。凄い顔。怒ってるの?」
「直ぐに二人から離れたまえ!!」
リフルデリカは叫ぶようにそう言うと、光の剣を握り締め、女性に肉薄した。
対する女性は特に焦った様子を見せずに、先程と同じように腕を振るった。
しかしながら、リフルデリカの勢いが止まることはなかった。
「――――あら。魔法が効かない感じ? 面白い能力ねー」
「……っ」
「でも、流石に万能ではないって感じかなー?」
女性は見えない力によってリフルデリカの剣を受け止めると、そのまま蹴りを入れる形でリフルデリカの身体を吹き飛ばした。
瞬間、麻理亜の剣が、女性の心臓を背中から貫いていた。
「――――貴女も“本物”? 羨ましい」
女性は、心臓を貫かれたことを気にする様子もなく、気楽な様子でそう言った。
「……何のこと?」
「あは。とぼけちゃってー。私“も”、嘘が分かるのよー?」
「……手を出したことを後悔させてあげるわ。――――欠片も残さず、殺してやる」
麻理亜の口調には、明確な殺意が宿っていた。




