【176】見えない敵の目的
一
場所は統一国家ユーエス。
フィリル村という小さな集落にて。
マークスとの戦いで深手を負ったプラームは、仲間であるダンパインと共に、フィリル村に身を寄せていた。
「ダンパイン。ユーエスと竜王国が戦争するって話は本当だと思うか?」
「……白金竜王サエモ操ラレテイタ。何ガ起キテモ不思議デハナイ」
「だよなあ……」
ダンパインの言葉に対し、プラームは少し投げやりな様子でそう言った。
エシャデリカ竜王国は外交において中立の立場を貫いており、軍事においても専守防衛を掲げるなど、その在り方は、戦争をして利権を勝ち取るという帝国主義とは程遠いものであった。
しかしながら、エシャデリカ竜王国において絶大な影響力を持つマークスは正気を失っていた為、その在り方が今後どのように変化しても決しておかしな話ではなかった。
「――――関係無い民が戦争に巻き込まれるぐらいなら、俺が不甲斐ない竜王共をぶっ殺してでも、この戦争を止めなきゃいけねえのかもな」
プラームは、気楽な様子でそう言った。
「……止メタトコロデドウスルノダ。仮ニマークス達ヲ止メタトコロデ、民ガ付イテ来ルトハ限ラナイ。王ノ居ナイ国ガドウナルカ、分カラナイ訳デハナイダロウ?」
「じゃあこの無意味な戦争を黙って見てろって言うのかよ」
「黒幕ヲ倒サナケレバイケナイ、トイウコトダ」
ダンパインは淡々とした様子でそう言った。
対するプラームは、その肝心の黒幕が誰だか分からないから困ってるんだろうと反論したくなったが、そんなことをしても無意味だということを悟ると、そのまま喉から出かかった言葉を飲み込んだ。
(はあ……。これからどうしろって言うんだよ……っ。竜王を潰せば戦争は止まるが、竜王国も終わる……。だからといって戦争が終わるのを待てってか……?)
いずれにせよ、プラームは無駄な戦争が大嫌いだった。
「――――私ハ統一国家ユーエスヲ信用シテイナイ。我々竜王国ガ混乱シテ得ヲスルノハ間違イナク隣国デアルユーエスダ。我々ガ乗セラレテイル可能性ダッテアルノダゾ」
「それじゃあカバネが黒幕ってことになるな。あいつ今、ユーエスに所属してるって言ってたし」
「アリエナイ話デハナイ」
「……」
プラームは鹿羽に対し、共に城塞都市イオミューキャの混乱を鎮めた仲間という印象を抱いていた。
はたから見ても、鹿羽は比較的落ち着いた性格であり、戦争を引き起こしてやろうという野心や復讐心を持つ人物には思えなかった。
しかしながら、プラームは鹿羽の部下と見られる人物に襲撃され、殺されかけた過去があった。
加えて鹿羽自身も素性が知れない人物であり、絶対に悪人ではないという証拠がある訳でもなかった。
(あんだけの魔術師なら、白金竜王を操ることも出来なくはない……、ってことになるのかよ……)
瞬間、ドアを叩く音がプラーム達の居た部屋に響き渡った。
「――――誰ダ」
「……鹿羽だ。今、大丈夫か?」
フィリル村を離れていた筈の鹿羽の声に、プラームとダンパインは思わず身構えた。
「……? 入っても大丈夫か?」
「お、おう。入れ。変な気を遣わなくたって良いんだぜ?」
プラームは取り繕った様子でそう言うと、鹿羽は特に気に留める様子を見せずに部屋のドアを開けた。
「伝えたいことがあって来たんだ。大事な話だ」
「何だよ。改まって」
「……エシャデリカ竜王国で首脳会談が行われたんだが、そこで竜王国の兵士達が暗殺を試みたらしい。何処の国も大変な騒ぎになっている」
鹿羽は複雑そうな表情を浮かべながら、淡々とそう言った。
「――――んで、どうなったんだ」
「……驚かないのか?」
「今更何が起きたって不思議じゃねえよ。こちとら仲間に斬られてんだからよ」
「……そうか」
鹿羽はプラーム達が驚くものとばかり考えていたが、鹿羽の予想以上にプラーム達は冷静だった。
「統一国家ユーエスの精鋭部隊がエシャデリカ竜王国の王都を制圧して、事態は収まったそうだ。――――今は洗脳から解放された竜王達が統治を行っている。クラリーネという人が頑張っているみたいだ」
「……アイツか」
「――――すまない。抵抗する際、多くの竜王、竜騎士を殺してしまったらしい。統一国家ユーエスとエシャデリカ竜王国が戦争する事態は何とか避けられそうだが、竜王国の混乱は酷いものだそうだ」
「マークスはどうした。死んだか?」
「……白金竜王は一人も居なかったそうだ」
「そうかい」
プラームは気楽な様子でそう言った。
すると突然、ダンパインは鹿羽の方へと近付き、ただならぬ雰囲気で口を開いた。
「――――カバネ。ココデ貴様ガ敵デハナイト証明シテクレ」
「……俺を疑っているのか?」
「疑イタクハナイ。ダガ、ソウモ言ッテイラレナイノダ」
鹿羽は、一瞬だけ不愉快そうな表情を浮かべた。
「……ローグデリカ帝国も皇帝が殺害され、似たような状況になっている。どちらも俺達の仕業と言われればそれまでだが、わざわざ大国二つを同時に相手取るなんて普通はしない筈だ」
「黒幕の目星は付いてねーのかよ」
「分からない。とにかく敵はもう動いている。ギルド連合も派手に襲撃されたみたいだしな」
鹿羽は淡々とした様子でそう言うと、プラーム達は複雑そうな表情を浮かべた。
「本音を言えば、竜王国に戻って混乱を収めてきて欲しい。国の仕組みがどうなっているのかは知らないが、お前達も竜王なんだろ?」
「おう。確かに俺達は竜王だ。国に戻れば、少しは混乱を鎮められるかもな」
「なら、転移魔法で直ぐに向かうことも出来る。そうすれば……」
鹿羽の言葉を遮る形で、プラームは口を開いた。
「なあ。カバネ。敵の狙いは何なんだ?」
「……分からない。ただ、中々厄介な相手みたいだな」
「似たような状況になってるって言うローグデリカ帝国も、簡単に皇帝の暗殺を許すような国じゃねえ筈だ。竜王国は言うまでもねえ。――――どうして統一国家ユーエスは何も起きてねえんだろうな」
鹿羽は、プラームの言葉に黙って耳を傾けていた。
「カバネ。もしテメーが黒幕だったら、俺は絶対にテメーを殺すからな」
瞬間、鹿羽は、ある種の殺意のようなものをぶつけられていることに何となく気が付いた。
「……俺は黒幕じゃない。統一国家ユーエスにも黒幕は居ない筈だ」
鹿羽はプラームの考えが全く理解出来ない訳ではなかった。
確かにプラームの言った通り、大国である筈のローグデリカ帝国やエシャデリカ竜王国の指導者達が暗殺されたり、もしくは操られている中、統一国家ユーエスだけはそういった被害が殆ど無かった。
しかしながら、だからといって、その疑いを否定しない訳にはいかなかった。
鹿羽は何となく、国家同士の関係を分断させることこそが敵の狙いなのではないかと思い始めていた。
「言いたいことは分かる。――――ただ、俺達の敵になるなら、俺は絶対に容赦はしない。変なことは考えないでくれ」
鹿羽は、感情の読めない視線をプラームとダンパインの二人に投げ掛けた。




